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創作大賞2022応募作品 「立てこもり」10・11章

10.9月22日00:20

  山下たちは、意外な展開に戸惑っていた。群衆は、明らかにパトカーの音に驚いて後先考えずに入って来たに違いない。罪もない彼らを巻き込んだことに山下は、少し後悔していた。手出しはするなと山口に伝えておいたから、群衆を取り巻いている機動隊員たちは手をこまねいて見ているだけのようだ。それでも、不測の事態が起きることに一抹の不安を覚えていた。先ほど官邸から数十人の人間が出て行ったようだが、まだ相当数の人間が官邸の中にいるようだ。機動隊の説得にも、耳を貸さない。彼らは、政府の仕打ちに対して怒っているのだろう。それは、山下にも理解できた。それでも我々は、最後までやり遂げなければならない。
「下にいる人たちに会っておこう」
 山下は、傍らに控えている中村に言った。
「罠かもしれません」
 中村は、山下の言葉に危惧を感じた。
「君は、群衆の中に機動隊員たちが混じっていると思っているようだが、そんな事はないだろう」
 山下の言葉に、中村は従うしかなかった。

 チンと、エレベーターのドアが開く音がした。
 長谷部は、その時初めて三階に正面玄関があることを思い出した。防火扉が閉まっていることを考えると…。機動隊員たちなら、防火扉を開けて階段を使って一気になだれ込むだろう。呑気に乗員が限られているエレベーターで降りてくるはずはない。覚悟を決めながらも、困惑した顔でエレベータのドアを眺めた。長谷部は、正面玄関の騒ぎは知らず機動隊が正面玄関からが駆けつけてきたと考えた。
 エレベーターのドアが開き、中から電動車椅子に乗った老人が一人の男を従えて出てきた。
「山下さん、ですか?」
 長谷部は、意外な展開に驚いて老人に声を掛けた。群衆は、車椅子に乗っている老人を一斉に見た。
「はい。私が、山下です」
 山下は、そう言うと、「責任者は、あなたですか?」と、長谷部に尋ねた。
「はい。私が、主犯の長谷部治夫と申します」
「主犯?」
 山下は、一瞬呆気に取られてから、「私は、立てこもり犯の主犯山下大輔です」と言うと、右手を差し出した。この男は、自分の立場が判っている。いくら、正しいと思っていても犯罪には違いない。
 長谷部は、山下の手を握ると、「光栄です」と言った。
「私は、単なる犯罪者に過ぎません」
「私だって、あなたには負けていませんよ。前科だってある」
 長谷部は、笑って見せた。
「前科? ひょっとして学生運動のときですか?」
 細谷は、群衆が動揺しないように少し大きめな声で尋ねた。
「はい。あの時は、正しいと思ってやっていました。しかし、過激すぎた。それに、どこかの官僚のように独りよがりでした」
 長谷部は、遠い昔を見る眼で淡々と語った。

11.9月16日00:25 

 関東テレビの特別番組は続いていた。他のテレビ局も政府の発表を受けて、総理拉致の特別番組を流していた。関東テレビの報道を機に、報道協定が吹っ飛んだ格好になった。警視庁が、最初から事件を報道機関に発表して報道協定を申し出ていれば、報道は控えられたはずだ。警視庁、いや、事件を隠ぺいしようとした政府の後手後手の対応が招いた失態と言っていい。
「ただいま、試案を執筆した男性。プライバシーの関係で仮にAさんと呼ぶことにしますが、Aさんと電話が繋がっています」
 関東テレビのアナウンサー川辺は、なんとか間に合ったと胸を撫で下ろした。それだけではない。本当に執筆した本人の存在は、他のテレビ局は知らない。知っているとしても、日々の忙しさに忘れているのだろう。一般視聴者にはAの存在は驚きであったが、テレビを見ていた山下や首相たちには、Aなる人物が野村修一であることは分かっていた。山下は、これで目的の一つが達成できたとほっとした。 

「君は、これが目的だったのか?」
 総理は、嬉しそうにテレビを見ている山下に尋ねた。
「個人的には、彼を応援したかった。しかし、彼を知っていたからではなく、彼の考えが素晴らしいと思ったからです。埋もれた日本の宝の一部を、掘り出しただけです。まだ、彼のようないや彼以上の考えや能力を持った多くの国民が、チャンスさえ与えられず埋もれていると考えています。それを掘り起こせば、日本はもっと素晴らしい国になると考えませんか?」
 山下は、逆に総理に質問した。
「それはそうだが…。簡単に、解決できることではない」
 総理は、他に答える術を持ち合わせてはいなかった。
 様々な考えや提案を政府も受け付けてはいるが、審査する側は官僚たちである。官僚たちに都合が悪いと思われれば、素晴らしい提案であっても日の目を見ることはない。誰にも知られることもなく、葬り去られる。
 一般にしても、審査する側の匙加減ひとつで切り捨てられる。会社の提案制度、出版社の原稿募集、ありとあらゆることが主観的に行われるのだ。政府や会社のトップが愚かであれば、まともな考えや提案も退けられ政府や会社の都合のいい考えだけが受け入れられる。特に、野村修一の場合はもっと複雑になる。考え方だけではなく、文章という壁が立ちはだかっているのだ。文章力がないと、考え方や発想だけでは物にならない。
 若い会社や伸びている会社は、進んで様々な提案を採用している。それで、会社が大きくなると途端に保守的になり官僚組織のように硬直してくる。

「どういう事ですか?」
 川辺の言葉に宅間は、鋭い視線を川辺に投げかけた。スタジオは、一瞬どよめいた。
「一年前に、一般の視聴者からこの試案が送られたのを思い出しました。やっと探し出しました」
 川辺はそう言うと、試案を自分の前に置いて、「試案の内容が、犯人の要求と酷似していました。野村さんに確認したところ、彼の甥御さんが書かれた物だと判明しました」
 川辺は、淡々とした口調で説明した。川辺が説明している間に、出演者全員にコピーされた試案が配られた。試案の骨子が、手書きでパネルに貼られてコメンテーターの横に置かれていた。 

 試案の骨子 
 1.基本理念
   国民を守る。
   国民を守り国民が豊かになれば、経済は後からついてくる。 
   ①セーフティーネットの充実
   ②小さな政府にして、税金の無駄遣いをなくす
   ③産業の育成
  2.ベーシックインカムの導入。
   ①ベーシックインカムは、家族単位。
     一家族、5万円。家族一人あたり、小学生以上は、5万円。
     未満は、3万円。
     ベーシックインカムの一家族合計に消費税分を加算。
   ②年金・雇用保険・生活保護・農家の戸別補償の廃止。
     農家は、ベーシックインカムで守る。農業は、事業費で守る。
   ③財源 ベーシックインカム税の導入。
     税率一律収入の50%。(税率の簡素化)所得税・住民税の廃止 
 3.健康保険の一本化
   ①健康保険料 収入の5%程度。(保険料の上限は無し) 
 4.社会保障以外の、国・地方の財源
  (消費税・法人税・相続税・たばこ税・酒税など)
   ①国債の返済を最優先
   ②人件費
   ③事業費(上限は、税収。新たな国債は発行しない)
   ※優先順位を決め、必要最小限の事業を行う。
     例:農業・インフラの保守
    (新規インフラと不急な公共事業は、行わない)
 5.ベーシックインカムの導入に伴う、議会のボランティア化。
   公務員給与の見直し。
   ①議会(ベーシックインカムに、議会手当を付ける)
     手当 月額5~30万円。(税金からの出る手当のため非課税)
     年収180~1000万円相当。
     例:市区町村議員 月額5~8万円
       (年収180~300万円相当)
       地方議員 月額10~15万円
       (年収360~500万円相当)
       国会議員 月額25~30万円
       (年収800~1000万円相当)
   ②公務員給与
     日本でフルタイム労働している人の平均給与。
    ※日本の景気が良くならないと公務員の給与も上がらない仕組み。
 6.その他
   ①道州制導入。(地方分権・統治機構の簡素化省力化)
     権限の一部を道州に移譲する。
     道州制導入に伴う国会議員の削減。(現在の半数)
   ②選挙制度。供託金の廃止もしくは、事務手数料(1~3万円)程度 

「あなたの甥御さんが?」
 宅間は、試案に目を落とした後に、複雑な顔で野村を見た。
「はい」
 野村は、控え目に答えた。
「なぜこんな事が起こる前に、発表しなかったのですか」
 宅間は、厳しい顔で睨みつけるように野村を見た。
「テレビ局や政党、それに出版社に送ったり持って行ったりしたそうです。しかし、どこも相手にはしてくれなかった…」
 野村は、その時のことを思い出したのか目を伏せて、「認めてくれたのは、隊長だけでした」と付け加えてから肩を落とした。
「そうでしたか」
 川辺は、野村の言葉に複雑な顔をした。自分たちにも責任の一端がある? しかし、無名の人間の主張が通るような日本ではないのも事実であった。川辺は気を取り直して、「では、Aさんにお話を伺います。Aさん。夜分遅くにすいません」と、Aに呼びかけた。
(いえ)
「早速ですが、今回の事件をどう思われますか」
 川辺は、本題に入った。
(悲しいです。残念です。こんな形でしか政府にものが言えない国は、民主主義国家とはいえません)
 Aは、そう言って、(私を認めてくれたのは、隊長だけでした。これが日の目を見るように私が約束する、と言ってくれました。しかし、こんな形になるとは…)と言って肩を落とした。
「後悔しているのですか?」
 川辺は、Aの心中を図りかねた。
(いえ。隊長が選んだ事ですから、正しいと思います。あなた方が来なければ、私も官邸に行くつもりでいました。いくら罪に問われようとも、人の命より道路が大事だと思っているような政治家や官僚に、日本を任せる訳には行きません)
 Aは、きっぱりとした声になった。(しかし、もう十分です。本音はどうあれ、これ以上隊長達に罪を重ねさせる訳にはいきません。先ほど、警察に連絡しました。これから、警察に出頭します。もうすぐ、警察から迎えが来るそうです)と続けて、現在のAの状況を伝えた。
「警察に出頭する前に、少し話をお聞かせください」
(はい)
 Aは、川辺の問いかけに戸惑いながら返事をした。
「Aさんは、日本をどうしたいと思っているのですか?」
 川辺は、Aの本心を聞きたくなった。さきほど文章を読み返したが、どう見ても野望をむき出しにした山師には、思えなかったからだ。
(はい。試案にも書きましたが、北欧のような福祉国家です。それから乱暴なようですが、経済より国民生活重視です。新しい産業を興して、農政をちゃんとすれば、国民生活は良くなるはずです。食料自給率だって上がります。そうすれば、経済は後からついてきます)
 野村は、これが最大のチャンスだと思って、細かいことは言わず、基本的なことだけに絞った。誰かが興味を示せば、チャンスはいずれ巡ってくる筈だと。
「つまり、今の政治は間違っていると仰りたいのですか?」
(私に言わせれば、日本には、政治家も、公僕も存在しません。愚か者と、自分たちの事しか考えない民主主義の皮を被った独裁国家です。官僚がおためごかしをして愚か者の政治家はごまかせても、国民はごまかせないことを肝に銘じることです)
「おためごかしですか?」
(はい。後期高齢者医療制度のホームページを見れば判ります。いいことのように書かれていますが、実情は反対です。国は、まず政治家が既得権益を放棄し官僚にも放棄させる。それから、もったいない税金の使い方をやめて、それでも財源がなければ国民に痛みを感じてもらう。率先垂範の気持ちがなければ、この国は生まれ変わらないと思っております)
「それが、この試案ですか?」
(はい)
「あなたは、上杉鷹山を引き合いに出していますが」
 宅間は、配られた試案を見ながら尋ねた。
(はい。為政者は、歴史を学ぶべきです。民主主義でない昔の方が、今より民衆のことを考えていた。今の日本は、その当時と似ています。自分の責任ではないのに鷹山公は、自分から率先垂範して倹約しています。
 私が思うに政治家は、現状を正直に国民に告げる責任があるはずです。このままでは、嘘に嘘を重ねて日本は取り返しのつかないことになります。それに追い討ちをかけるのが、無責任な国家の運営です)
「どうすべきだと?」
 宅間は、少し棘のある声で尋ねた。
(まず、今までの過ちを認めて、国民に謝罪します。
 次に、政治家と官僚の既得権益を全廃します。
 次に、今の官僚機構を見直すのではなく、一から必要なものだけを造ります。
 ベーシックインカムを導入すれば、生活保護よりまともに働いた方が生活に困窮するという、今までの矛盾も解決できます。国民の所得は、全部社会保障と医療、少子化対策それに教育に回します。他の税金で借金を返済し、余ったら道路を造ればいい)
 野村は、自分の案が妥当だというような言い方をした。自信はある。しかし、自分の考え方に揺らぎがでれば、官邸にいる隊長たちの立場がなくなる。との想いから、必要以上に自信を持った言い方となった。
「判りました。今日は時間がないので改めて時間を設けますから、ご協力いただけますか?」
(はい。いつでも結構です)
 Aは、これが外交辞令で終わる可能性が高いと思ったものの、自分の立場だけは判って欲しいとの想いから自然に出た言葉だった。
「ご協力ありがとうございました」
 川辺は、礼を述べて締めくくったがAという人物と政治家を並べて討論させることを考えはじめた。それに他の局は、今頃地団太を踏んでいることであろう。
「なぜ、彼の意見を取り上げなかったんですか?」
 宅間は、川辺を睨みつけた。
「どれだけメールや電話があると思っているんですか? ちょっとした間違えでも苦情や抗議の電話やメールが殺到するんですよ。我々には…」
 川辺は、宅間の眼を見ながらそう答えることしか出来なかった。様々な意見が寄せられる。それらを、いちいち取り上げていれば放送局はパンクする。いくら素晴らしい意見だと思っても、政府の方針と懸け離れすぎていれば単なる理想論として片付けられる。つまり、絵に描いた餅。絵に描いた餅を、食べようとしている老人たちがいることも現実である。
「無名の一市民からの荒唐無稽な、考え方によれば危険な試案など採用できなかったということですね」
 宅間は、そう決めつけていた。
「そう受け取られても、仕方ありません。我が局だけではなくどこも取り上げなかったということは、他にも問題があったのかも知れません」
 川辺は、その時のことを思い起こして少し間を置いてから、「しかし、今回の事件の発端となったことも事実のようです。試案の骨子を発表します。
 試案は、ベーシックインカムだけではなく外交を除いた内政面の多岐にわたっております。全文は時間の関係で無理ですが骨子をこれから説明します。
 なお、試案の全文はホームページに掲載しますので、興味のある方はミッドナイトニュースのホームページをご覧になってください」と言ってから立ち上がり、骨子が書かれてあるパネルの前に立って説明を始めた。

説明がひととおり終わると川辺は、「この試案を、どう思われますか?」と、コメンテーターたちに意見を求めた。
「ベーシックインカムは、全世界で議論されています。が、どの国も導入に踏み切れないでいます。そんな最中、スイスでベーシックインカムを導入するかの国民投票が取り沙汰されています。本来ならとっくに行い、国民投票で決まればセンセーションになったことでしょう。日本政府は、興味を持っていないようです。そんなことをすれば、労働意欲がそがれる。ただでさえ生活保護が増えているのに、ベーシックインカムが導入されればさらに働かない人間が増加する。そう思っているようです。この試案を見ていると、スイスのベーシックインカムより細かい配慮がなされているようです。しかも、一年前に作ったとは、先見の明があったのでしょう。それを、無名の人間だからといって取り上げなかったのは、日本ならではの硬直した権威主義としか言いようがない」
 宅間は、しみじみと言った。「ここで、ベーシックインカムについて少し言及していいでしょうか?」と言って宅間は、川辺に視線を向けた。
「そうですね。視聴者にも分かるように、説明をお願いします」
 川辺は、宅間の申し出を受け入れた。
「ベーシックインカムとは、国民の最低限度の生活を保障する制度で、乳幼児から老人までその権利を受けることができる。様々な保証を一括した配給制度であり、運用においても事務の簡素化をはかることができるため小さな政府を実現しやすいなどのメリットもあります。また、民間ベースでも、雇用の流動性を生むために新たな産業の創出など利点も大きいのです。
 ただしその一方では、給付金額しだいでは支給総額が膨大なものになる可能性や勤労意欲の低下などの懸念点も多く、導入された国はいまだにありません」
「そのベーシックインカムを導入するか、スイスが国民投票するのですね」
「はい。一応報道されましたが、国民の全てが見てはいないようです。スイスのベーシックインカムでは、国民成人一人あたりに月2500スイスフラン、日本円にして約28万円を支給することになっています。以前日本でも、一人あたり7万円のベーシックインカムに言及した政治家もいましたが、知らないうちに立ち消えました。この試案を見ると全国民と日本に合法的に住む外国人が対象になっています」
「なぜ、外国人も対象になるのだ!?」
 古川は、憮然とした顔で宅間の話を遮った。スイスでも国民が対象だ。なのに、この試案は、外国人も対象にしている。何を考えているのだ?
「二つ考えられます。一つは、この試案にも書いてある通り、外国人といっても全員が生活に困っているわけではない。会社の社長や、野球選手それにサッカー選手など多額の収入を得ている人もいます。外国人の共助という側面もあるのでしょう。もう一つは、この試案には書かれていませんが、恐らく外国人の犯罪抑止の側面もあるのでしょう」
 宅間は言ってから、古川の顔を見た。
 古川は慌てて試案のページをめくって、ベーシックインカムの項目のページを見て、「なるほど、そんな考え方もあるんだな。外国人の犯罪抑止については書かれていないが、外国人の犯罪が増加していることを考えれば頷ける」と、態度が少し変わった。
「それに、金額の設定が面白い。家族単位なんですね。一家族で月5万円。家族の人数によって、乳幼児は一人あたり3万円。就学児童以上は一人あたり5万円。これでは、生活するのが精一杯でしょう」
「この人物は、何を考えているんだ? 税金を大幅に上げて、健康保険も5%にする。これじゃ、国民が納得しない」
「それは、どうでしょうか? 現在でも国民負担率(国民全体の所得に占める税金と社会保障費の負担の割合)は、40%を超えています。一人一律7万円なら、単身者は生きることもままならないでしょう。
 この試案に書かれている通りにすれば、単身者は最低限生きていける可能性はあります。単身者以上に、妻帯者や子供が多い方が恵まれることになります。働ける人は、時給の安い職業についても生活はできる。雇用の流動化を、確保できる可能性も高い」
「貴方は、犯罪者の味方なんですか?」
 古川は、しびれを切らした。
「いえ。前代未聞の犯罪に、驚いています。どんな理由があるとしても、犯罪は許されるものではありません。しかし、犯罪と、この試案は分けて考える必要があると思われます」
 宅間は、古川の反論に答えた。
「そう言われればそうです。折角話が出たので、犯罪の原点となったこの試案の中身をもう少し話しませんか?」
 古川の提案で特別番組は、ベーシックインカムを議論する場と化した。

「どうやら、君の思惑通りになったようだな」
 総理は、特別番組を見ながら複雑な顔をした。
 山下の元部下たちは、意外な展開にただ驚いているだけだった。古賀は、国会のように目を瞑っていた。自分の愚かさを、これ以上認めたくない見識は持ち合わせていなかった。自分の知らないことが議論されていることに、口を挿むことができなかっただけだ。
 下手に口を挿むと、何を言われるか分かったものではない。ここはおとなしくしていた方が、自分の墓穴を掘らないで済む。これ以上総理に、自分の存在を疎まれたくないという想いもあった。
「いえ。ここまでのことは、考えていませんでした。私が一番驚いております」
 山下は、自分の本音を口にした。いいことではあるだろう。「しかし、ベーシックインカムだけが一人歩きをしてしまえば返って日本の未来がどうなるか?」と、新たな危惧を口にした。 
「どういうことだね?」
 総理は、山下の言葉に驚いた。報道番組まで山下を擁護するような雰囲気になって来た。それに、ベーシックインカムのことを話題にし始めた。それのどこが不満だというのだ?
「もうお忘れですか? ベーシックインカムは重要事項ではありますが、我々の要求はそれだけではありません」
「そうだったね。でもベーシックインカムだけを考えれば、ベーシックインカムを導入することにより君たちの言うとおり小さな政府にできるではないか。つまり、真水が増えることになる」
「そうでしょうか?」
 山下は、否定した。総理は、少し驚いた顔を山下に向けた。
「焼け太りですよ」
 山下は、言ってから総理に視線を移して、「ただで転ばない官僚たちは、ベーシックインカムを悪用しないように監視する組織が必要です。と、新しい組織を作ることでしょう。他にも様々な理由をつけて、自分たちの仕事を必要以上に増やすことでしょう」と総理のために付け加えた。


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