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失恋レストラン

大学二年生の冬。
高三から一浪を経て三年付き合ってくれていた彼女に「別れたい」と切り出してお別れしました。

喧嘩をしたとか、嫌いになったとかでもなく、特に、これといった理由はありませんでした。
私の「中の人」が「別れろ」と言ってたのでそうしたのでした。

以後、大学卒業まで。
同じクラスの女子はもちろん、合コンで出会った他大学の女子にもほぼ興味が湧かなかったので、その場では適当に話を合わせて楽しくやるものの、会が終わるとそのまま帰宅。

一年の半分は、大手ゼネコンの開発本部でのバイトしつつトレーニング。
一年のもう半分は、ボート部の合宿所で共同生活を送りながら、練習とトレーニング、そして本番のレースを迎えるという生活でした。

卒業が間近に迫った大学四年の2月。
中学・高校からの友人と2人で、卒業旅行に行きました。

行き先はタイのプーケット島。
友人も私も初めての海外旅行。
パタヤのホテルに一泊してから向かう旅程です。

バンコクのドンムアン空港に降り立ち、湿った空気を纏いながら空港の外に出ると、事前に「地球の歩き方」で読んでいた通り、客引きのタクシー運転手が沢山寄ってきました。

どんなやり取りをしたかは忘れてしまいましたが、寄ってきた運転手と話し、一応相場と言われていた程度の価格で折り合いをつけ、タクシーに乗車。

予約していたホテルの名を告げましたが、連れて行かれたのはトップレスの女の子がサービスしてくれるお店。
「おい、ふざけんな!」
無理矢理入店させられた店を数分で出ようとしましたが、訳の分からないタイ語でまくしたてられて、結局30分くらい滞在。
その分のお金もふんだくられました。

お店で騒ぐと多勢に無勢。
なので大人しくお金も払いました。
でも、私たちはめちゃくちゃ情けなかったですし、何よりタクシーの運転手にムカついたので、店を出て再びタクシーに乗り込んだ私たちは、車内で報復。

訳わからない英語と日本語で「ありったけの遺憾の意」を大声でまくし立て、運転席のシートにバンバン蹴りを入れ続けながら運転させ、怒り狂いながらホテルに到着。
タクシー料金もさっきの店でふんだくられた分を差し引く感じで渡して、運転手を追い払いました。

そんな感じでかなりエキサイトしながら、やっとホテルに着いた私たち。
チェックインのために、フロントへ。

一目惚れでした。
女子に興味無く過ごしていた大学生が、卒業を間近に控えた初の海外旅行の1日目で、途中見たくもないトップレスを見て、金をふんだくられ、運転手に怒り狂いながら、たどり着いたフロントカウンターの先に待っていてくれたのは、めっちゃくちゃ綺麗な「あの子」。
まさに「必然の出逢い」(当社比)だったのでした。

翌朝、私たちはプーケットに向かいます。
チェックアウトの時にも「あの子」はまだフロントにいました。
頼み込んで一緒に写真を撮り、「しばしのお別れ」。
そう。友人には言ってませんでしたが、その時の私は既に、帰国前にもう一度このホテルに立ち寄って、「あの子」に気持ちを伝えて「なんとか日本に連れ出そう」と決めていたのでした。

プーケットでは、パトンビーチというところに8泊しました。
毎朝、腹が減って起きるとお湯が出たり出なかったりするシャワーを浴び、朝食。
その後はビーチで泳いだり、ウインドサーフィンをやったり、腹が減るとビーチで仲良くなったイッサレイという名前の物売りの子どもからチキンを買い、シンハーで流し込んで、また海で過ごす。
夕方になると部屋に戻り、シャワーを浴びて着替えて夕食を食べに行く毎日。

そんな毎日を過ごしながらも、もちろん「あの子」のことは頭を離れないままのプーケット滞在でした。

そして、再びパタヤ。
花屋で「あの子」に渡す花を買い、「お前正気かよ!?」と騒ぐ友人も引き連れ、いざホテルへ。

でも、非番なのか「あの子」はいませんでした。
致命的だったのは、「あの子」の名前を聞いていなかったこと。間抜けでした。
他のスタッフに聞こうにも名前がわからないので、なす術がありませんでした。

この旅で思い出すのは、「あの子」のこと。

そして、もう一つ。
店主とすぐに仲良くなり、毎日のように通ったプーケットの食堂のこと。
何を食べても美味しかったのですが、いつも食べていたのが「バミーナム」という麺料理。
テーブルに並んだ調味料を加えて、辛くして食べるのがお気に入りでした。

私の失恋レストラン。
そこは、一目惚れ状態で夢見心地の大学生を、毎日機嫌よく迎えてくれ、美味しいバミーナムを食べさせてくれたプーケットのあの食堂です。

追伸
今思い返すと、初日のタクシーの運転手さんにはちょっと申し訳ないことしてしまいました。
今さらだけど、あの時はごめんなさい。

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