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矢舟テツロー・トリオ @曼荼羅(20240711)

 サプライズがさらなる昂揚を生んだ、モダンでファンキーな夜の宴。

 ジャズに明るくない人たちにも気軽にジャズを楽しんでもらうことを企図した矢舟テツロー・トリオの定期イヴェント〈JAZZ NIGHTLY〉が、第6弾を迎えた。矢舟が以前から世話になっている東京・吉祥寺の老舗ライヴハウス「曼荼羅」にて、休日仕様の2ステージとは異なる平日仕様の1ステージで、オリジナル楽曲を混ぜながら、スタンダードジャズと親しむ音空間を創出した。

 おもむろにピアノの前に座り、滑らかに鍵盤を滑らせながら奏でるのは、ジョアン・ドナートのサンバ・ジャズの名曲「ムイート・ア・ヴォンターヂ」。“喜んで”という意味のメロウな楽曲は、近日暑い日が続く中、避暑にぴったりとの計らいから。ジョアン・ドナートはジョアン・ジルベルト、アントニオ・カルロス・ジョビンらと共にボサ・ノヴァ草創期から活躍する作・編曲家で、1959年にブラジルを離れてアメリカに移っていたが、1963年に一時帰国した際に遺したアルバムのタイトル曲で、セルジオ・メンデスの演奏でも著名だ。
 ブラジル音楽はジャズ・ミュージシャンもよく採り上げ、近しい立ち位置にあるが、矢舟も多分に洩れず、よくボッサをはじめ、ブラジル音楽に少なくない影響を受けているようだ。以前、“座って聴ける大人のアイドル・プロジェクト”というコンセプトで始動させたバンド、MILLI MILLI BAR(ミリミリバール)でもセルジオ・メンデスの演奏でも知られるラテンの名曲「トリステーザ」などを取り扱ったりしていたのを思い出した。

 ジャズに全く明るくない自分でもよく耳にしてきた、1958年にジャズ・ドラマーのアート・ブレイキーが発表した「モーニン」、ダイナ・ショアが歌う1944年の映画『ユーコンの女王ベル』のために書かれ、翌年にはビング・クロスビーがヒットさせた「ライク・サムワン・イン・ラヴ」と、「ムイート・ア・ヴォンターヂ」からジャズ・スタンダードを3曲続けて演奏。「モーニン」はピアニストのボビー・ティモンズが作曲したファンキー・ジャズの名曲で、早速鈴木克人のウッドベース、柿澤龍介のドラムとそれぞれのソロパートで小粋な音空間を演出。ジャズ・トランぺッター/ヴォーカリストのチェット・ベイカーの演奏でも知られる「ライク・サムワン・イン・ラヴ」では、矢舟がベイカーになりきってのグイグイとノる鍵盤捌きとグルーヴで楽しませる。

 スペイン語で“ラード”を意味する「マンテカ」は、ビバップを創生した一人で、ラテンジャズを推進させた名トランぺッターのディジー・ガレスピーが作曲したアフロ・キューバン曲。初期には良く食べ物をテーマにした曲を作っていたという矢舟だが、ここでも食べ物系の楽曲を。オリジナルはトランペットはじめホーンが加わり、明確にファンクネスが伝わる楽曲だが(ブラバン/吹奏楽演奏でも時々聴く)、トリオでは跳躍力のあるピアノのメロディに覆いかぶさるように、グイグイと地を這うように進むベースと、潮騒というには優しすぎる気もするざわめきたつようなドラムが同時に迫ってきて、胸騒ぎを呼び起こす。

 ファンキーな「マンテカ」を受けて、日本のファンキー曲として繰り出したのが「およげ!たいやきくん」。言わずと知れた450万超の日本の最多セールス・(フィジカル)シングルで、1975年にフジテレビ系キッズ番組『ひらけ!ポンキッキ』の楽曲として発表された。同曲は5月に行なわれたDJみそしるとMCごはん(DMMG)とのイヴェント〈SATURDAY LUNCH COMBO〉(記事→「DJみそしるとMCごはん with 矢舟テツロートリオ @ARK HiLLS CAFE(20240511)」)で披露した際に聴いていたが、ここではDJみそしるとMCごはんとの掛け合いではなく、矢舟オンリーのヴォーカル・ヴァージョンで。ズズチャッというリズムとともに、ほんのりうねるような、斜に構えた風の歌い口で、ダーク・ファンキーなテイストをもたらす。DMMGとはまた異なる、シュールな詞世界をより際立たせたような、渋い大人の“たいやきソング”となった。
 なお、同曲は、今秋にオリジナルの新曲とともに何かしらのサプライズがあるとのこと。8月10日に矢舟の出身地・町田のまほろ座にて〈SATURDAY LUNCH COMBO〉の第2弾が行なわれるが、そこでも披露されるようだ。

 (思い付きで)このイヴェントではジャズ・ジャイアンツのセロニアス・モンクの楽曲を披露していきたいとの矢舟の意向から「モンクス・ドリーム」を打ち出すと、パララッ、パララッという軽やかなフレーズが耳に残る、マイルス・デイヴィス作曲のシックなジャズ/ファンク「フォア」、個人的にはビング・クロスビーよりもナット・キング・コールの歌唱の方が印象深い「スターダスト」と、ジャズ・スタンダードの名曲を重ねていく。テクニカルなことは分からないが、押しつけがましいアレンジは一切なく、シャッフルするグルーヴのなかで、心地よい音の“転がり”に身を委ねたようなセッションは、清々しさも覚える心地よさだ。

 後半は矢舟自身のオリジナルから、2015年リリースの6thアルバム『ロマンチスト宣言』収録のメロウ・ソウル「ロマンチストふたり」と“スパゲッティの歌”こと「イタリアン・トラットリア」をセレクト。イントロのメロウ感覚がフリーソウルのアティテュードを彷彿とさせる「ロマンチストふたり」は、タイトルよろしく矢舟のシンガー・ソングライターとしてのロマンティシズムを体現しているように、彩りが華やいでいた。

 曼荼羅をはじめ、複数のライヴハウスを経営している藤崎博治氏に、シンガー・ソングライターを始めた頃からライヴ・ブッキングなど長きにわたり世話してもらっているという矢舟。矢舟のライヴを観る度に「矢舟くんのライヴに来ると、お腹が空いちゃう」と言ったことから、曼荼羅系列を会場とするライヴでは積極的にスパゲッティの曲=「イタリアン・トラットリア」を演奏してきたというが、この日は藤崎氏がここまで会場に現れないことに「これまでは僅かな時間でも観に来てくれたのですが、とうとう1秒も来なくなってしまったので、今日で〈イタリアン・トラットリア〉を演奏するのもこれで最後ですかね」と自虐モードに。「また来てくれるまでやります」と気を取り直して、ピアノを弾き、スキャットをし始め、ベースとドラムがリズムを繰り出し始めた矢先に、フロア後方からリズムに合わせてクラップしながら藤崎氏が登場。「え、これ仕込み?」と思わず発するほどのサプライズに驚きながらも喜びが満ちて、唸るようなスキャットや昂揚を隠さずに歌唱や鍵盤捌きに入れ込んだ、いつもとは力の入れようが違うファンキーな「イタリアン・トラットリア」へ。その感情に釣られてか、鈴木のベースや柿澤のドラムも抑揚の大きなグルーヴも重なり合い、喜悦に満ちた音のディナーとなってフロアを沸かせたのだった。

 その盛り上がりから雪崩れ込むように、カエルかはたまたカラスの鳴き声かと思わせるフレーズで勢いよく始まったのが「ワック・ワック」。ラムゼイ・ルイス・トリオのメンバーだったアイザック・ホルトとエルディ・ヤングによるシカゴ出身のインストゥルメンタル・ソウル/ジャズ・バンド、ヤング・ホルト・アンリミテッドが、ドン・ウォーカーとのヤング・ホルト・トリオ時代の1966年に発表し、全米40位のヒットを記録した、タメを利かせた“ワック・ワック”のだみ声フレーズのブレイクが印象的なモッドなナンバーだ。藤崎氏の登場が火をつけた……訳ではないが、長尺のインプロヴィゼーションを繰り出す楽曲を終盤に配置したことも奏功してか、ハイテンションとそのモダニズムを携えたまま、クライマックスへ。レスター・ヤングが作曲し、チャーリー・パーカーやスタン・ゲッツの演奏でも知られる「ジャンピング・ウィズ・シンフォニー・シッド」で本編ラストを迎えた。

 すぐにフロアからのクラップと藤崎氏の「お腹空いちゃったよ!」の声を受けて、「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」からアンコールに突入。同曲は詞をナンシー・ハミルトン、曲をモーガン・ルイスが手掛け、1940年にブロードウェイで上演された『トゥー・フォー・ザ・ショウ』で採り上げられて以来、ジャズ・スタンダードとして歌い継がれてきた曲とのこと。極端なことを言えば、ポップなジャズ・スタンダードはだいたい「A列車で行こう」や「茶色の小瓶」っぽいアレンジでだいたい纏められる(超暴論)などと考える、演奏技術や楽曲背景、聴きどころなども分からない(ジャズ愛好家は面倒で厄介というステレオタイプをそこそこ真に受けてる)人間でも、純粋にトリオが放つ音の華やかさや躍動するグルーヴが楽しめるのは、嬉しい限りだ。

 矢舟テツロー・トリオのライヴのカーテンコール曲としてはおなじみになるのか、ナット・キング・コールで有名な「ラヴ」を英語・日本語と混ぜた歌唱で披露してエンディング。平日仕様のワンステージではあったが、藤崎氏の登場の偶然のサプライズもあって、賑やかで微笑ましいヴァイブスに包まれたまま、ファンキーでモダンなジャズ・ナイトは幕を閉じた。

◇◇◇
<SET LIST>
01 Muito A Vontade
02 Moanin'
03 Like Someone in Love
04 Manteca
05 およげ!たいやきくん
06 Monk's Dream
07 Four
08 Stardust
09 ロマンチストふたり
10 イタリアン・トラットリア
11 Wack Wack
12 Jumpin' with Symphony Sid
《ENCORE》
13 How High the Moon
14 L-O-V-E

<MEMBERS>
矢舟テツロー(vo,p)
鈴木克人(b)
柿澤龍介(ds)

矢舟テツロー・トリオ〈JAZZ NIGHTLY〉vol.6

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