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DJみそしるとMCごはん with 矢舟テツロートリオ @ARK HiLLS CAFE(20240511)

 ヤミ―なラップとヒップなジャズで彩る、歌のランチプレート。

 ジャズ・トリオとくいしんぼうヒップホッパーがどのような経緯で邂逅したのかは想像もつかなかいが、面白い組み合わせとは感じていた。“おいしいものは人類の奇跡だ!”をモットーに、料理と音楽のコラボレーションで楽曲制作からアートワークなどまでを手掛ける、“おみそはん”や“DMMG”の愛称で知られるヒップホップ・アーティストの“DJみそしるとMCごはん”が、シンガー・ソングライター/ジャズ・ピアニストの矢舟テツロー率いるジャズ・トリオ“矢舟テツロートリオ”を迎えて送る自主企画イヴェント〈SATURDAY LUNCH COMBO ~DJみそしるとMCごはん with 矢舟テツロートリオ〜〉に「面白そう」という理由だけで駆けつけてしまった。会場は六本木一丁目駅にほど近いARK HiLLS CAFE。どうやらDJみそしるとMCごはんのファンはキッズやファミリーが多いようで、自分のように一人で来場したのはレアな部類だと思われる。「だいぶアウェイ感あるシチュエーションでライヴを観ることになったな……」と頭をもたげていたが、時にはぐずって泣き出すキッズやベビーもいたとはいえ、思ったほど気になることもなく、音楽が鳴り出すと家族やカップルが演者とともに楽しげに揺れる姿が微笑ましい、アットホームな雰囲気でのミュージック・ランチタイムとなった。

 まずは、矢舟テツロートリオがオープナーを務め、続いて、DJみそしるとMCごはん、最後にDJみそしるとMCごはん with 矢舟テツロートリオという3部構成。2部と3部では沙田瑞紀(マスダミズキ)がゲスト・ギタリストとして参加。沙田はガールズ・バンド“ねごと”のギタリストを経て、ソロ・プロジェクト“miida”としても活動。昨年来日した仏ファンク・バンドのファンクインダストリー(記事→「Funkindustry / パジャマで海なんかいかない @O-nest〈colors〉(20230627)」」の「ユー・ゴット・トゥ・ラヴ・ミー」のリミックス曲「You Got To Love Me (miida and The Department Remix)」を手掛けるほか、80~90年代を中心とした楽曲をカヴァーするプロジェクト・ユニット“Tokimeki Records”ではmiida名義でVaundyのカヴァー「灯火」に客演していたりもする。ちなみに、名字・地名フリークとしては、「沙田」が「すなた」ならまだしも「ますだ」と読むのは日本全国でもかなり少ないため(東北に多いイメージ)、本名かどうかは分からないが、そちらも気になってしまった。

〈SATURDAY LUNCH COMBO  ~DJみそしるとMCごはん with 矢舟テツロートリオ~〉

 ファミリー&キッズ層が多く占めるフロアでどのようなジャズを披露するのかと興味を抱きながら、ランチを頬張り終えて開演を待っていると、定刻より5分ほど遅れて矢舟テツロートリオが登場。“くいしんぼうヒップホッパー”とのランチタイム共演ということで、「ハニーチャイは恋の味」「冷たいスープ」といった矢舟が活動初期によく作っていたという食べ物に関する楽曲や、“跳ね”の多いリズミカルな楽曲などをチョイス。明るく朗らかな曲調で、洒落たカフェのデザートとなるかのごとく、スタイリッシュ&ジョイフルに演奏を届けた。「ハニーチャイは恋の味」では後半に矢舟がマウストランペットを披露するなど、難解なイメージも持たれることも少なくないジャズのさまざまな魅力を採り入れた演出も。

 そもそも矢舟自身はポップ・シンガーとしての才を有し、ジャズ、ワールド・ミュージック、ソウルなどからアイドル楽曲まで幅広い間口を持っている人だから、キッズ&ファミリー層のニーズに応えうるのも当然か。矢舟テツロー・セクションのラストはキャッチーな楽曲をメドレーで。「会えない時はいつだって」から山下達郎のカヴァー「あまく危険な香り」、桐原ユリとも歌った「君は虹ガール」から(季節的にはミスマッチだが)仮谷せいらとのプロジェクトでも歌った「Winter Collection」へ。アウトロではミュージカル映画『オズの魔法使い』の劇中歌で、ジュデー・ガーランドがヒットさせた「オーヴァー・ザ・レインボー」(邦題「虹の彼方へ」)のフレーズで締めてみせた。

 2部はDJみそしるとMCごはんが沙田を招いたデュオ・セット。“DJみそしるとMCごはん”というコンビのようで1人という名前のアーティストを知ったのは、「栄大(女子栄養大学)の卒業研究としてラップ作品を作ったという人がメジャー・デビュー」というニュースを聞いた2013年頃か。その後、NHK Eテレの音楽・料理番組『ごちそんぐDJ』出演や「きゅうりのキューちゃん」とのコラボレーションなどでよく目にしたのを覚えている。

 翌2015年にリリースしたメジャー1stアルバム『ジャスタジスイ』は、オリコンチャートで100位以内(61位)にランクインしたこともあって、そのタイトル曲「ジャスタジスイ」などはよく耳にしていた。
 それ以上に印象に残っているのは、2014年のサッカーワールドカップ・ブラジル大会を記念した英BBCによる音楽企画で、同大会に出場する32ヵ国のヒップホップ・アーティストが32小節のラップを披露するという「BBC RADIO 1EXTRA, WORLD CUP FREESTYLE」の日本代表に選出されたことだ。DJみそしるとMCごはんは「RICE BALL」という楽曲のミュージック・ヴィデオにて、ノリ付きのおにぎりをサッカーボールに、その中の具に梅干しを入れて“日の丸”に、たくあんをスーパーサブに見立てたりして、サッカーと日本代表をリンクさせたアイディアが秀逸だった。

 それ以降は2017年の「ライスマイル」あたりの記憶が最後だったのだが、その後に結婚、出産を経て、くいしんぼう“ママ”ヒップホッパーとして活動を継続。イラストや絵本なども手掛けていて、キッズ&ファミリーの人気が高いのも納得だ。

 登場するやいなや早速フリースタイルをかますと、次々と食べ物ラップを披露していく。「スプーンガールのマイカレー」では「グーグーグー! AND YOU DON'T STOP」や“イエッセッショー”(YES YES Y'ALL)を「やっぱ家っしょー!」とフロウするなど、ヒップホップの定番フレーズも組み込み、「牛乳かん」では「牛乳かんの世界観、見せるMCごはんの価値観」とクセになるライミング。夏の清涼感と甘酸っぱさが薫る「夏とセンパイなんです」では、広末涼子の「大スキ!」をサンプリングし、アウトロで「アイアイアイアイ…愛してる~」のフレーズで楽しませる。

 「甘辛MCバトル~たまご焼き編~」では、DJみそしるMCごはんのファッションに寄せて、「Eテレ感がすごい」「のっぽさんみたい」と言われたオーヴァーオールに黄色のハット姿のMC8282(ヤフヤフ=矢舟テツロー)がゲストラッパーとして登場(個人的にはのっぽさんというよりも登下校中の小学生のコスプレの印象が強かった)。DJみそしるとMCごはんがしょっぱい卵焼きに、MC8282が甘い卵焼きにそれぞれ扮して、MCバトルを繰り広げる。MC8282のこもり気味のソフトなラップに「ぬるま湯みたいなそんなラップじゃ温泉卵も固まんないなぁ!」とディスったり、だし巻き卵役を加えて一人二役を演じて、MC8282とともに3MCのサイファーを繰り広げるなど、DJみそしるとMCごはんの芸達者ぶりがうかがえた(しょっぱい卵焼き、甘い卵焼き、出し巻き卵が並ぶ食卓をサイファーになぞらえた感性も見事)。

 DJみそしるとMCごはんの単独ラスト2曲「CITY RiCE」「下北沢 yoiyoi cruising」は、歌モノ曲。「CITY RiCE」は祭りの後や夏の終わりを想起させるノスタルジックなポップ、「下北沢 yoiyoi cruising」は文字通り下北沢を舞台にしたほのぼのとしたリラクシンなナンバー。アコースティックギターへ持ち替えた沙田のギターが、テクテクと心地よくあるく足取りにも聴こえるほろ酔い感を描出していた。

 3部はDJみそしるとMCごはんの楽曲を矢舟テツロートリオのバンド・サウンドで披露するというスペシャル・ステージ。矢舟テツロートリオがTV番組『今日の料理』のテーマソングを和やかに響かせるなか、DJみそしるとMCごはんが再登場。「エプロンボーイ」(2018年リリース『エプロンボーイのさしすせそ』に収録)は初めて聴いたが、どことなくソロのNOKKOが作りそうなスウィートなメロディが琴線に触れる。

 「どんまい」は、米米CLUBの楽曲をDMMG流にリメイクし、「どんまい r.t.m. 米米CLUB」として2017年のアルバム『コメニケーション』に収録された曲。矢舟テツローは石井竜也のヴォーカルパートを担当するほか、矢舟自身がカヴァーした「Smile In Your Face」のイントロを導入に用いるなど、このセッションならではのアレンジを施して、華を添える。
 キッズ&ファミリー層が集うフロアにはピッタリな、日本でのシングル・セールスの金字塔「およげ!たいやきくん」は、ドラマティックなイントロを用いながら再“調理”。男女デュエットで趣きあるタイヤキ・ソングにしつらえていた。

DJみそしるとMCごはん / MC8282

 「イタリアン・トラットリア」からは沙田のギターを迎えたフル・セットで、次第に音鳴りもゴージャスとなり、DJみそしるとMCごはん、矢舟テツロー双方に持つスパゲッティ・ソングの“饗宴”へ突入。沙田のキレのあるギターソロをはじめ、メンバーのソロパート回しをアクセントにした矢舟テツロー曲「イタリアン・トラットリア」から「パスタ・ブルース」へのメドレーで、フロアに弾むような“アルデンテ”な活力をもたらすと、DJみそしるとMCごはん曲「スパゲッティのうた」では“チュルリラッパ、チュルリラッパッパ”のコーラスや人差し指をスパゲッティに見立てた振り付け、カッカッカッと乾いたドラムが、元気と胸が躍る空間を創り上げていった。 

 “ジャ、ジャ、ジャスタジスイ!”の声から始まった「ジャスタジスイ」が本編のラスト。自分の記憶では、DJみそしるとMCごはんといえば「ジャスタジスイ」のイメージが強いこともあって、懐かしさが込み上げる反面、純粋に明るく楽しめる楽曲だけに古臭さも感じず。特にキッズ・ソングとして作った訳ではなくても、見て聴いて愉しさが沸いてくる歌は、ある意味時代に左右されないパワーをもっているのかもしれないとも感じた。

 アンコールは、DJみそしるとMCごはんのフェイヴァリット曲で、矢舟テツローが小西康陽との関係も深いという結びつきもあってか、ピチカート・ファイヴの「陽の当たる大通り」のカヴァーと、DJみそしるとMCごはんの「あの素晴しい味をもう一度」の2曲を。「あの素晴しい味をもう一度」はタイトルからも分かるとおり、北山修と加藤和彦の「あの素晴しい愛をもう一度」のリメイク。オリジナルはどこかほろ苦い、切なさも募る楽曲だが、DMMG版はフックはそのままに、ラップで畳み掛けるヴァースを加えたことによって能動的な、快活な楽曲にチェンジ。さらにこの日ならではのバンド・アレンジによって、チアフルでハピネスなヴァイブスを生み出していった。

 DJみそしるとMCごはんは、人懐っこい声色と明るく陽気な曲調が多いゆえ、キッズ・ソングとしても十分有用性が高そうな作風ではある。もちろん、ほんわかしたキャラクターで、肌当たりがソフトなこともあり、ヒップホップというよりラップ・スタイルなだけではと揶揄する人もいるかもしれない。しかしながら、実際は、ヒップホップの上っ面をなぞっている訳では全くなくて、ビートやフロウもヒップホップのそれ。たとえば、以前、一時期雨後の筍のように現れたゆるふわラップ界隈などとは一線を画した、爽快なグルーヴを刻むスキルが魅力的だった。そしてヴォーカリストとしても可憐なポップネスを持っていて、何より耳にストレスを与えないのがいい。朗らかな口当たりと食欲をそそるリリックを繰り出す姿は、“kindness yummy style”(優しく美味しいスタイル)とでも称したくなるアティテュードだ。

 相性の良さも窺えた初のセッションは大成功。矢舟テツロートリオと沙田瑞紀は絵心ある音の盛り付けで、メインの具材となる楽曲を巧みに調理。皿の上に賑わいをもたらして、週末のランチタイムならではのリラクシンな光景を演出していた。
 互いに好感触を抱いたであろうランチ・コンボ。続編も期待出来そうだ。

◇◇◇
<SET LIST>
《矢舟テツロー・トリオ Section》
01 バールに灯ともる頃
02 ドレミ
03 ハニーチャイは恋の味
04 冷たいスープ
05 しっぽのブルース
06 会えない時はいつだって~あまく危険な香り(original by 山下達郎)~君は虹ガール~Winter Collection(include phrase of "Over the Rainbow" from musical film "The Wizard of Oz")

《DJみそしるとMCごはん with マスダミズキ Section》
00 INTRODUCTION
01 スプーンガールのマイカレー
02 牛乳かん
03 夏とセンパイなんです(sampling & include phrase of "大スキ!" by 広末涼子)
04 甘辛MCバトル~たまご焼き編~(guest with MC 8282 a.k.a. Yafune Tetsuro)
05 CITY RiCE (original by DJみそしるとMCごはん r.t.m. mabanua)
06 下北沢 yoiyoi cruising

《DJみそしるとMCごはん with 矢舟テツロートリオ Section》
00 INTRODUCTION~きょうの料理(original by 冨田勲)
01 エプロンボーイ
02 どんまい (original by DJみそしるとMCごはん r.t.m. 米米CLUB)
03 およげ!たいやきくん (original by 子門真人)
04 イタリアン・トラットリア~パスタ・ブルース (with マスダミズキ)
05 スパゲッティのうた (with マスダミズキ)
06 ジャスタジスイ (with マスダミズキ)
《ENCORE》
07 陽の当たる大通り(original by PIZZICATO FIVE)(with マスダミズキ)
08 あの素晴らしい味をもう一度 (with マスダミズキ)

<MEMBERS>
DJみそしるとMCごはん(mc)
沙田瑞紀/マスダミズキ(g)
矢舟テツロー(vo,p)
鈴木克人(b)
柿澤龍介(ds)

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