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子供の頃を振り返る

「なぜ、そんなに自然に疑いもなく、神さまや目に見えない世界のことを信じられるの?」

と、不思議がられたことがある。けっこう度々不思議がられた。

自分にとっては、それが自然だったので疑問に思ったことはなかったが、他人からみると不思議に思えるらしい。

私は、なにか特定の宗教や信仰をもっているわけではないし、人にそれを勧めたりする人間でもない。実家がお寺や神社、教会ってわけでもない。

そこで、自分の歩いてきた道を振り返り、私なりの信心や学び、気づきみたいなものがどんな過程だったのか、それらをまとめてみようと思い、手記を書くことにした。


振り返ると、自分にとっての原体験といえるものは、いくつかある。
まず、祖父母の影響だ。

祖母は京都生まれの人で、関西出身ということもあったか、拝み屋さんや占い師、縁起の良い事が大好きで、当時いくつかあった新興宗教もかじったことがあったらしい。

その中の一つのM会というのが、あって、ゆるやかな教義で真理を説くその団体に共鳴したらしく、私が物心ついたころには、M会の会員になっていた。

東京道場という支部があって、定期的にお清めといって、その道場に孫もつれていった。

特別な資格をもった導師のような人が出てきて、柏手と口笛でお清めをしてくれる。それがどんな意味か、よくわからなかったけど、祖父母が毎朝そのようなテープを聴きながら、お祈りの言葉を言ったり、瞑想をしていたので、そんなものだと思っていた。

子供にとっては、それできれいになるとか、ならないとかは、よくわからなかった。

でも、お祈りの言葉はいつしか自然と覚え、怖い事があったり、何か不安になったら、その言葉をつぶやけば守られると云われ、心の中でつぶやいたりしていた。

守護霊守護神という存在が、人間一人一人に必ずついているという考えも、M会の子供向け絵本や漫画から学んだ。私はとても怖がりな子供だったので、守護霊守護神がいつでも守ってくれてると思えば怖くないので、それを信じることにした。

ただ、おもしろいことに、祖父母の信心もいろんなものがごちゃ混ぜだった。阪東八十八か所をめぐって観音の霊場巡りをしたかと思えば、マリア様の絵姿も額にいれて飾ってあるような。神仏であればなんだってありがたい、といった風だった。

M会の会員といっても、熱心に人にすすめるような信者でもなく、ただ自分がいいと思っているからしているといった感じだった。そして、M会自体もゆるやかな組織だった。そして晩年、活動に参加できなくなると、祖父母はあっさり退会してしまった。

このM会の本は、祖父母の部屋にたんまりあって、中学~高校と進むにつれ、私は大人向けの本も読むようになっていた。誰に勧められたわけでもない。祖父母は年を取り、読むのが億劫で放置されていたのを、私が借りてきて、その時その時読んでいた。

成長するにつれて、精神年齢や知識や頭脳の発達で、そういうものと距離をおくと思いきや、逆にそこに書かれていることを理解するようになっていった。


しかし、ただ本を読んでいたから、祖父母という存在がいたから、私がそれらに共鳴するようになったかといえば、それだけじゃないと思う。

一番大きかったのは、そういう本に書かれていた通り、お祈りの言葉をつぶやいたり、心の中で神様や守護霊さま守護神さまに話しかける、問いかけるという行為を、自分でしていたことだと思う。

子供心に不思議だったのは、どんなことでも語り掛けると、かならず何らかの形でその答えは返ってくるという事だった。

例えば、なにかとても嫌なことがあって、「神さま、なんでこんなひどいことをするのですか!神様なんて大嫌いです」と、怒りをぶつけたとする。心の中で、悪態をついたとする。

しかし、しばらくして、数時間後、数日後くらいに、なにか出来事が起こったり、何かを知ることになって、自分の間違いや浅はかさに気づき、「神様、ごめんなさい、あんなことを言って。私が間違っていました」と思うような状態になる。

そういうことが多かった。

なので、神様って本当にいるんだなって思うようになった。


また、幼少期の私は、人にNOと云えない子だった。「これがいいでしょ」って言われたら、相手に合わせて、そうしてしまうような子。いじめられても、「いやだ」って言えないし、対処策といえばその子を避けることくらいだった。親も含めて、周囲の大人や家族も自己主張がはげしいので、自分の意見や考えをいうより、他人の意見に合わせている方が「いい子」といわれ、楽な気がしていた。

たとえば、お土産に、同じ形の色違いのものをプレゼントされたとする。すると、姉がまっさきに自分のすきなものを選ぶ。そして、選ばなかった方を、私がもらうのだ。
・・・そこで終わればいいが、姉は人が持っている方をうらやましくおもうタイプで、さらに「やっぱり、そっちがいい」と、私がもらったほうを寄越せといってくる人だった。昔、少女漫画で「アサリちゃん」というのがあって、壮絶な姉妹ケンカをするコメディだったけど、アサリちゃんのお姉ちゃんがとても意地悪で、うちの姉にそっくりだなとよく思っていた。

しかも、姉は思い通りにいかないと、すぐに手が出る。叩いたり、奪ったりもあった。

私が母に泣きついて、それを伝えると、「ほんとにどうしようもないお姉ちゃんだね。でも、あの子はそういう子なんだよ、お母さんが何を言っても、言うことをきかないの。だから、かわいそうだけど、あなたが我慢しないとどうしようもない。」

いまやお互い中年になって、すっかり友達のような関係になっているが、家庭内のそんな姉妹関係の影響もわたしの性格形成には影響したと思っている。とにかく、人に本音をいうより、自分が我慢した方がいいという性格になってしまった。

そんなこんなで、人一倍傷つきやすく、気にしやすく、鬱屈した性格でずっといた。親にも大人にも、誰にも言えない気持ちというのを抱えていた。

そんな時に、心の中で神様に話しかけた。また、神様だけは私の味方だと、思うことで、心が慰められた。

神様は、親と違って、いつだって私たちのことはお見通し。大人がいないところで、私がいじわるされていても、神様は全部知っているって。

そして、何があっても、神様だけは私がどんな子でも愛してくれる。

この「神様は、どんな子(人間)でも愛してくれる、愛している」という考えは、M会の教えを作った霊覚者の影響がかなり大きい。

その人の説く神の愛は、キリスト教のイエスの愛や、親鸞の悪人正機みたいな、なにか宇宙的な大きな大きな愛であり、太陽のように暖かい愛であり、絶対的な無条件、無償の愛であり、光である・・・・そんなイメージだった。

人間が天に唾を吐いてけなしても、どんな悪さをしても、神様は決して人間を見捨てないという。その人間が救われ、魂が救済されることが、神様の願いだから。ならば、私みたいな人間でも、すべて包み込むように愛してくれるだろう。神様が、本当の親かもしれない。そう思った。

こうやって書いていて気づいたのだが、小学生にしてすでに、大人社会の本音と建前に気づいていたし、老若男女がもつエゴイズムや攻撃性を知ってて、それらの前で自分は無力である悲しみも知っていたのかもしれない。

だから、逆に神様へ近づくことが出来たし、孤独の中で神様と対話することが出来た。それが、今の私にそのままつながっている。






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