102 ラウワンのクレーンゲーム

 何の為にやっているのか分からないまま、また五百円玉が溶けた。目の前に鎮座している巨大な熊のぬいぐるみはこちらに瞳を向けているものの視線は一向に合わない。まるで最近の有海みたいだ。
 好きなアイドルグループについて熱く語っていたかと思えば突然「ごめん」と言って口をつぐむ。視線をスマホから正面に移し彼女の様子をチラチラと伺ってみても笑みは無く、むしろ口角は徐々に下がっていった。その間ずっと視線は学食の白い机に落とされていて、俺は一人で電車に乗っている様な気分に陥る。ざわついた車内で正面に知り合いがいるのに話しかけるのも違う気がして、またスマホに視線を戻す様なむず痒い不快感を有海といる時に味わうなんて思いもしなかった。
「チヤぽんがインスタに載せてたぬいぐるみ、ラウワンにあったけど」
「そうなんだ」
 まるで熱の無い返事にぎょっとして再度スマホから彼女に視線を向けると白い机に両肘をついて頭を抱えていた。細くて真っ白な腕にあるハンコ注射の痕がなんだかいやらしかった。彼女じゃ無いのにそういう類の想像をしている自分が不思議だ。女優にもアイドルにも性的なものは感じないのに、有海の肌に触れるイメージは簡単に浮かんでしまった。この前ゼミの飲み会終わり、酔った勢いでキスはした。
「講義終わったら行かん?」
「行かん、帰って寝る」
 相変わらず顔を上げずに、左の腕だけがゆっくり上がってきた。ひらひらと左右に揺れる手のひらを思わず握ってしまっても有海から反応は無かった。ただ、ペタペタとしているお互いの手汗だけがリアルだ。周囲はざわついたままなのに、何一つ入ってこなかった。このまま彼女の肌に触れて、髪の毛を撫でたい。汗のにおいの染み付いたTシャツを着て、一緒のベッドに沈みこんでいきたかった。
「チヤぽんは、ああいうの自分で獲ったりしないんだよ」
「そうだろうね」
「そうなんだよ」
 学食の椅子を大袈裟に引いた。正面で鈍い音が響いたとしても、やっぱり有海は顔を上げなかった。ハンコ注射の痕を押してやりたい。引っ掻き擦って血でも滲めば良いのだ。思うだけで結局、椅子を押すことしかできなかった。俺の足は着実にラウワンのクレーンゲームへ向かっている。

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