101 血豆

 また増えたと言われそうだ。チャームポイントでもなんでもない黒い点を視界に捉えても消えるわけは無く、かといって広がることも無かった。今日見た邦画に出てきた男女の台詞をなんとなく思い出す。必然的に行為も思い出す。俳優はどちらも有名な方で、特別ファンではないけれどアンチでもなかった。高すぎず低すぎず、聞き取りやすい声は不快ではなかった。奇麗な顔をしている。脚本も演出も声のトーンも小道具も、嫌味ではなかった。ただ、わたしの気持ちが高揚することはないらしかった。むしろ嫌な動悸がしていた。手のひらに、伸びた爪を食い込ませていた。まだまだ、駄目なのだ。彼があいつに重なるわけ無いし、同じ理由で彼女がわたしに重なるわけもない。しかし、行為自体は確実に重なってしまうのだった。膝の裏に汗をかいて、いるはずの無いあいつに胸がざわついてしまう。それからは照明がつくまで進んでいく映像をぼうっと見ていた。終わる頃、スクリーンの二人は前を向いていた。わたしは第一に周囲を見回し、見覚えのある背格好が無いことに安堵したのだ。
 エモかったねぇ、ちょっとエロかったねぇと言い合いながら先に館内から出て行った女性二人組の背中も思い出す。揃いのベージュ色のふわりとした髪の毛先一本一本にキャラメルポップコーンのコーティングでも施されてしまえ。そんな勝手なことを頭に巡らせたのが悪かったのだ。邦画のパンフレットをリングファイルに綴じようとしたら、左手の腹にとじ具が突き刺さった。
「また増えましたかぁ」
「違うんですよ。これ、血豆」
「あらぁ、それは痛い」
「でも人を呪わば穴二つだったのかも」
 シノミヤさんは意味も無く笑ったが、何も聞いてこなかった。意味の分からないものには、わらうしかないのだ。業務の一環として今日も約一時間優しい相槌と、励ましの言葉が飛んでくるだろう。もう痛くなくなった左手のそれに視線を落とす。黒くて、不自然なほど丸い。わたしは「予告編ってちょっと騙してきますよね」と努めてコミカルな人間を演じてみる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?