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通り過ぎるまちのゲストハウスで。

ゲストハウスを運営している。

ここは白河、東北の玄関口と言われる街。しかし、宿泊をしてまで見たい観光地があるかというと、正直、厳しいものがある。松平定信が治めたお城も、作った人造湖も、歌枕の関所もあるのだ。しかし那須や軽井沢や裏磐梯や日光のように、賑やかなお土産屋さんがあったり、体験型着地型のイケてるプログラムが用意されているわけでもなく、宿代ん万円をかけて訪れたい、プレミアムなホスピタリティがあるかというと、無いんである。今のところ。

そんな感じなので、市内を訪れる観光客の90%が日帰り客だというデータを、市役所が出しているくらいなんである。

関所のまちは、国道と新幹線がある、通り過ぎるための町。確かにみちのくに入っていくための関所がある町だから、ここに長くは立ち止まらないという観光客の姿勢は、ある種伝統的な姿勢を守っている。通り過ぎるための町、そんなアイデンティティが根付いて(しまって)いるのかもしれない。

だから、駅前で営んでいるゲストハウスに来てくれる人も、いまのところ「通り過ぎるために」逗留してくれる人が多い。仕事で立ち寄った、会津に行きたい、仕事を休んで旅をしに来た、山形と宇都宮の間にあったから、などなど。

今夜のお客様も、そうだった。

予約が入り、どんな人だろうと待っていると、ずぶ濡れになって自転車を押してきた。曰く、大学生で、今夜は宇都宮から白河まで来たらしい。なんだそれすごいな。宇都宮から白河85km。一気にこの学生さんを、応援したい気持ちになった。

その学生さんが予約を入れてくれた夜、僕は偶々、自炊がしたい気分だった。ちょうどチェックインしてくれたタイミングで、仕込んでいたビーフシチューが煮えた。シチューをよそって振る舞った。9月のみちのく白河は既に秋の風が吹いていて、シチューをすすりたくなる肌寒い夜だった。

食事と飲み物がテーブルの真ん中にそろうと、人間、身の上話が始まる。

彼女曰く、人とは違うことをしてる人に会いたくて、一人旅をはじめた。就活ではメディア系を探してて、メディアに行くからには、人と違うことが必要なんじゃないか。

だから先週、自転車屋で自転車を借りて、はじめての一人旅に出たのだという。平泉を目指して、東京からみちのくを辿る旅。だから、の理屈はよくわからなかったけど、理屈が通ってるかどうかより、自分で考えた結論を行動に移す姿を、かっこいいと思った。

思ったことを行動に移せること、結果がどうなるかわからないことに挑めること、正直にその過程をありのまま話せること。

なんて気持ちのいい人なんだろうと思って、私の身の上話をしたくなった。なぜカフェやっているんですか、どうしてゲストハウスなんですか。

前の宿泊者の置土産が残っていて(オーストリア産のぶどうジュース、ゲストハウスでは誰かのお土産が誰か次の宿泊者に繋がっていくということがよくあることを最近感じている)それをみんなで飲みながら、話を聞く。

話していくうち、話題は福島のことに移った。私自身もインタビューが好きで、大学生のときに上田や弘前や郡山を訪れていたこと。原発事故があったことで、国家レベルの大きな出来事と、ひとりの人間の人生が交錯することに強く興味を覚えたこと。

そんな過去の自分の姿を、普段はあまり話さない。いまは高校生がこのまちの主役だと思っていて、29歳の自分よりも、高校生が話す場を作ることに重きを置いている。過去の栄光の話より、今を楽しむ話をする大人になりたいと思っている。そんなこんなで過去の話はあんまりしない。

でも、他でもない、10年前のぼくと同じように学部生で、根拠も未来予測も無くとも、そのとき思ったことを行動に移す人が泊まりに来てくれた。だから過去の自分の姿を彼女にみて、過去の話をしたくなった。

ゲストハウスの面白さは、その夜限りの一期一会にあると思う。

偶発性(誤配)の面白さは、それがまったく根拠のないきっかけでありながら、それが起こってからというもの、そうあるべき一日だったと納得してしまうことだと思う。偶発が起こったその次の日は、偶発があった明日という明日しか来ないこと。白河を目的に旅をしているわけでもない東京の大学生と、シチューとぶどうジュースを飲みながら、白河で互いの身の上話をする夜が訪れて、明日はそこで聞いた話を元に旅や日常を続けること。

そして、こんな偶発は求めたくてもやって来ない。たまたま通り過ぎる町で、たまたま安宿をやっていただけの話。そしてたまたまチェックインのあと、話を聞く時間があっただけの話。

昔ばなしをしたので、少し古い本をいくつか開来たくなった。東浩紀と開沼博の福島第一原発観光地化計画。村越としやと新井卓の写真が載っている国立近代美術館の図録。丹野清志の常磐炭鉱の写真集。福島から哲学や写真が生まれる2010年代初頭の空気が、ゲストハウスの談話室に蘇った。いまは目の前の仕事で精一杯だ。だけど、福島は日本の課題先進地で、ここで生まれる未来が、日本全体を明るく照らすかもしれない、そんな感覚にあふれていた震災直後。そんな気持ちを、ゲストハウスに泊まりに来てくれた学生さんのおかげで開いた本から思い出した。また明日からここ福島で、何を考えて過ごそうかという気持ちが訪れた。

通りすがりとの出会いが、過去の自分を引っ張りだしたり、考えることを提供してくれたりする。

ついつい単調な毎日を送ってしまう世の中で、通り過ぎる町にあるゲストハウス。偶然の出会いが僕をまた未来のために頑張ろうという気持ちにさせてくた。通りすがりがたくさんくるまち、通りすがりとの偶然の夜が訪れるまち。そんな出会いがここにくるなら、通り過ぎるまちのゲストハウスも悪くないなと、そう思った夜だった。

そんな夜をくれて、奥の細道をチャリで旅する大学生、このゲストハウスを選んでくれてありがとう。いつかメディアを通じて、あなたの仕事に出会える日を楽しみにしています。

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