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諦観と、18歳選挙権

都知事選が終わりましたね。都立大卒としては福島にいながらも気になる選挙でしたが、結果はともかく、今夜は18歳選挙権について記事をシェア。

なぜ若者は選挙に行かないのか。風化した「18歳選挙バブル」 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73824

仏では、校長と生徒の代表が校則や予算について対等に議論するという。一方「最終的には、職員会議で決まる」と諦観させられる日本の10代の声が記事には書かれています。

たかまつなな
@nanatakamatsu さんの記事は、自分のことを相対化して考える機会になると思うので、高校生にも読んでほしいな。

記事中にある「最終的には、職員会議で決まる」という高校生のつぶやき。

ここには、どうせ無理という無力感が詰まっている。どうせ無理という諦観は、自分ができる感覚・自己効力感を奪う。

自己効力感が低ければ、社会に参加して、何かを変えようとも思わない。自分が投票して、何かが変わるとも思えない。

中教審の資料にも、
"「努力をすれば成果は変わる、やればできる」と自らの力を信じる自己効力感が大切であり、これが社会参加の土台"とある。
https://t.co/Qs0gu3g48i
(このH27年中教審の議事録の発言主は誰だろう、ご存知の方いたら教えてください)

しかし現実では、自己効力感と政治参加や主権者教育が、合せて語られることは少ない。本来、子どもをとりまく環境全体で、自己効力感を育んでいかないと、社会参加(地域社会参画)は叶わないと思う。投票やまちづくりへの参画は、自己効力感や知識や行動力の総体で生まれる結果だからだ。

こんなとき、現在地を確認するためにいつも見返すのは、日本財団「18歳意識調査」第20回 「国や社会に対する意識」9カ国調査。

「自分で国や社会を変えられると思う」日本の18歳は5人に1人(18.3%)。残る8カ国で最も低い韓国39.6%の半数以下。アメリカ65.7%、インド83.4%。
https://www.nippon-foundation.or.jp/who/news/pr/2019/20191130-38555.html



ここまで有意な数値差を見せつけられると、日本の10代は、誰かに自己効力感を奪われているとしか思えないんだ。

すぐに社会は変わらない。効力感の傷ついているすべての高校生も救えない。でも地域は、それを元通りにしてあげる役割を目指して行ったらいいんじゃないかなと思っています。地域にできることってなんだろう。いつも考えながら、学校と家庭の間にある、高校生びいきのサードプレイスを運営しています。

さて、高校生は期末テスト直前。
明日はオンライン自習室開設してます、よかったらどうぞ!
https://emanon.fukushima.jp/onlinestudyjuly/

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