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地域探究学習とまち歩きスゴロクの価値/ポリフォニックミュージアム記録集寄稿文

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地域の意味を考えることは、高校教育関係者にとって注目の話題です。令和4年度施行の新学習指導要領を象徴する科目「総合的な探究の時間」。この科目では、地方の公立高校の多くで地域課題の解決と、生徒自身の課題解決を同時に目指す、という目標が掲げられています。新学習指導要領解説の「目標の趣旨」の説明文には、地域と関わる高校生の学びのあり方が示されています。生徒の姿を4つのステップで示している当該箇所を、下記に引用してみようと思います。

「生徒は、①日常生活や社会に目を向けた時に湧き上がってくる疑問や関心に基づいて自ら課題を見付け、②そこにある具体的な問題について情報を収集し、③その情報を整理・分析したり、知識や技能に結び付けたり、考えを出し合ったりしながら問題の解決に取り組み、④明らかになった考えや意見などをまとめ・表現し、そこからまた新たな課題を見付け、更なる問題の解決を始めるといった学習活動を発展的に繰り返していく。」
高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 「目標の趣旨」

「①日常生活や社会に目を向けた時に湧き上がってくる疑問や関心」は、自分の血縁者に囲まれる家庭でもなく、自分の同世代とだけ関わる学校でもない、地域の中での経験から生まれる可能性が高いものです。自分と同質性の高い人間関係の中で、それを批評的に捉え、変化を与えようとすることは難しい。2000年代生まれの高校生にとって、異質な時代や世代に触れる機会があることで、新しい疑問や関心が浮かび上がってくるはずです。

しかし、ステップ③の「問題の解決」や、ステップ④であげられる「新たな課題を見付け」ることが、授業の目的として一足飛びに掲げられると、疑問や関心を持つ契機が失われることがままあります。問題・課題ありきで地域を語りはじめる時、その語り方は一辺倒になりがちです。少子高齢人口減少、宿泊客数の少なさ、中心市街地の空洞化など。それは、地域を語る目的を「課題を発見し解決すること」と矮小化してしまうがゆえに生まれる画一性です。矮小化された目的が設定された語りの時間は、回答のための口頭試問の時間に変わってしまう恐れがあるのです。

問題や課題は人の数だけあり、正解はありません。ある世代では課題ではないことも、他の世代にとっては課題になりえます。生まれ持つ価値観やルーツによっても、問題であると感じられる場面は異なるでしょう。地域の課題とは何かという問いは、何を言っても正解になりえるし、何を言っても否定されうる。時に評価される立場である高校生は、失点しない合理的な答え方を選びます。結果的として、既に多くの人が課題として挙げている事象を説明することが、「わたしにとっての地域とは」という語りとして選択されてしまうのです。

そうして語られる地域らしさと地域の課題は、それがもし地域固有のランドマークーー白河であれば小峰城や南湖公園、白河の関に白河だるまーーを取り上げていたとしても、郊外のロードサイドの景色のように画一的です。本来一人ひとり自由な語りをしてよいはずの地域というテーマで、無個性な回答が連続されるとき、地域はもはや若者にとってアイデンティティになり得ないのかもしれない、地域を若者に語らせるのは早すぎたかもしれないという結論を導きたくもなります。

わたしは、地域は一人ひとりの若者にとってアイデンティティの源泉足り得えること、また多様な個人を受け止めてくれる可能性があり、それは早すぎることも遅すぎることもない、と考えています。事実、「まち歩きスゴロク」で展開された参加者の地域の語りは、多様で些細な経験の語りの連続でした。どの看板が魅力的か、その裏側にどんなストーリーがあるのか想像した上で、その面白さを伝えたい。白菜をお裾分けしている夫妻が町にいて、それを目の当たりにしたことを伝えたい。これらのエピソードはあまりに些細だと思われるかもしれませんが、ここに私は、地域がもう一度若者のよすがとなる可能性を見出したいのです。

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スゴロクに選ばれた写真は、有名でもなく保全されているわけでもない地域の記憶が、町を自分の足で歩いた高校生に出会った瞬間の記録です。そこから湧き上がる率直な態度と語りが、写真の共有を通じてテーブルの上で繰り広げられました。地域という空間の中で、自分だけが立ち会ったかもしれないという瞬間を持つこと。そして、どんな語りでもスゴロクの貴重な一コマとして、地域にまつわるわたしたちの物語になっていくこと。個人の体験が、全員が共有する物語に変化していく過程が、この「まち歩きスゴロク」最大の特徴だと思います。今回のワークショップから発信されている、どんな些細な経験であってもそれをふりだしにして、自分と自分たちにとっての地域の意味を考え始めてよいのだ、というメッセージ。これが、地域との関係に悩むどこかのまちの高校生のヒントになることを期待しています。

一般社団法人 未来の準備室 代表 青砥和希【令和3年度 文化庁地域と共働した博物館創造活動支援事業 ポリフォニックミュージアム記録集(2021) 寄稿文】

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このテキストは、ポリフォニックミュージアム(ライフミュージアムネットワーク実行委員会)のプロジェクトの一環で行った
- 2021年12月5日 ワークショップ「白河まち歩きスゴロクを作ろう!
- 2022年1月7日 ラウンドテーブル「白河まち歩きスゴロクを考える、振り返る」を通じて考えたことを記録集への寄稿文としてまとめたものです。

白河に幾度となく訪れ、白河の歴史と地域を考え続けてくださった陸奥賢さん、ポリフォニックミュージアム実行委員会・事務局のみなさん、そして一緒にスゴロクをつくった高校生・大学生、ラウンドテーブルにご参加いただいた地域の方々に感謝申し上げます。

『福島白河バージョン まち歩きフォトスゴロクノート』はポリフォニックミュージアム事務局で配布しているほか、コミュニティ・カフェ EMANONでも閲覧できます。今後PDFでも公開の予定があるとのことです。

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