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英国の放送制度改革

 英国では、テレビのデジタル化以来の放送制度改革をめざす動きが進んでいる。主要な論点は以下の2つ。1)「公共サービス放送」をネット時代にどう対応させるか。2)Netflix等ネット配信サービス事業者も放送事業者と同様の規制の対象とするか。

 英日の放送制度の違い 

 BBCがNHKのモデルとされることから、英日の放送制度の違いが十分意識されないまま、英国の放送制度について語られることが多いように思うが以下の点を最初に確認しておこう。1)英国では「公共サービス放送」(以下PSB:Public Service Broadcasting)はBBCだけではなく、アナログ時代から免許を受けているITVやChannel5の民放も含んだ概念。2)デジタル化に際して送信免許と放送事業免許は切り離された。3)PSBの放送事業免許は全国ネットワークを前提。4)PSBは、地上波、衛星、ケーブル、インターネットで放送・配信(同時配信も)。5)「政府から独立し国会に対し責任を持つ」Ofcom(Office of Communications)がコンテンツも含め広範な規制権限を持つ。

「公共サービス放送」

 デジタル化で、英国では全国的に地上波で最低SD70チャンネル、HD15チャンネルが視聴できるようになった。日本の地デジとのチャンネル数の違いに驚かれるかもしれないが、米国・日本とは異なるデジタル化の方法を取ったことによる。米国や日本でケーブルテレビで放送されているようなチャンネルが含まれている。デジタル多チャンネル化に際し、アナログ時代から免許を受けていたBBC、ITV(スコットランドはSTV)、Channel4(国所有だが広告を収入源)、S4C(ウェールズ)、Channel5(現在は米ViacomCBSの傘下)は「公共サービス放送」として番組・広告の内容、ニュースの放送など多様な義務が課せられる一方で地上波での放送が確保され、衛星、ケーブルなどすべてのプラットフォームで再送信されるべきこと、電子番組ガイド(EPG)で目立つ扱いをすることなどの有利な扱いを受ける特別の地位が与えられた。PSBのほかに、地上波で放送するための免許、ケーブル、衛星等で放送・配信するための免許、届出制のオンデマンド配信事業者(英国に本部又は編集権が所在するもののみ)の制度が存在している。

制度改革の必要性

 今回の制度改革の動きは、PSBがNetflixなど興隆するネット配信サービスにどう対抗していくか、との観点で進んできた。Ofcomや議会、政府、ヒューグラントといった俳優も含めた業界関係者が意見を表明してきたが、PSBのコンテンツはBBC、Channel4の公共放送、ITVなど民放いずれも成功を収めており、そこで育まれた制作能力はNetflixのThe Crownなど世界的に評価される作品も生み出し、英国のクリエーティブな経済に貢献している、という見方で一致している。実際、先日のエミー賞授賞式でThe Crownなど英国作品が主要な賞を総なめにして英国テレビ界の実力を示すことになった。しかし、ネット配信サービスとの競争でPSBの視聴者が減少傾向となり、自らネット配信に積極的に取り組まざるを得なくなっている中で、制度改革が必要だというのだ。

「公共サービス放送から公共サービスメディアへ」

 Ofcomの提案を中心に、制度改革の方向性を見てみよう。1)PSBを放送とネット配信を行う「公共サービスメディア」(以下PSM:Public Service Media)と位置づけ直す。2)PSMにAmazonなどネット配信プラットフォームにコンテンツ提供を義務付け。プラットフォーム側にはPSMのコンテンツを目立つ扱いをすることを義務付け。3)放送コンテンツ制作会社支援のスキームをネット配信コンテンツ制作会社にも等しく適用。

政府の方針ーネット配信サービス事業者に放送事業者と同様の規制も

 各方面の提案を受け、政府側も秋には改革の内容を明らかにする白書を発表し、法改正案も示すとしているが、その中で出てきたのが、Netflixなどネット配信サービス事業者に放送事業者と同様の規制を課すべきか検討するとの方針だ。これはNetflixのThe Crownの内容に不適切なものがあったとの指摘があったが、Netfixがオランダ籍のため、すでに存在する届出制のオンデマンド配信事業者向けの規制さえ適用できなかったことが背景にある。競争関係にある放送事業者とのイコールフッティング、フェイクニュース、フェイク情報への対応を理由としている。

日本の放送制度への示唆

 英国では放送についてソフト・ハードの分離が徹底し、独立規制機関がコンテンツを含む広範な規制権限を持っているという根本的な違いを踏まえた上で、日本の放送制度について考えるときに何かヒントになることはあるだろうか。何も確信的に思うところはないが、こんなテーマで議論することができるだろう、ということを列挙してみる。1)日本の放送事業者の国際競争力? 2)無線局免許と放送事業免許の分離? 3)コンテンツ規制の深化? 4)ネット配信サービスの規制? 5)独立規制機関?

 Netflixに加え米国主要メディア企業はネット配信サービスへの投資を強化している。もしかすると日本語の強固な壁もあって、わが国ではまだ脅威と受け取られるには至っていないのかもしれないが、アニメへの投資や「嵐」のコンサートの独占配信などNetflixの存在は日本でも日増しに大きくなっている。放送法は「健全な民主主義の発達」を謳う数少ない法律の一つ、その観点からも放送制度ついて国民的議論を行うべき時は近づいているのかもしれない。








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