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第六十五号 完全版「令和の時代に司馬遼太郎を読む」第二部(全三部)

*完全版「令和の時代に司馬遼太郎を読む」第一部はこちらから

こんばんは。伊東潤です。


すっかり春めきましたが、
いまだコロナは世界で猛威を振るっています。
人類の英知を結集し、
この世界的困難を克服しましょう。
一人ひとりの自覚がコロナの蔓延を防ぎます。
これからも気を引き締めていきましょう。

さて今回は、
昨年の姫路での講演抄録の第二部です。
いよいよ司馬作品の核心部分に入っていきます。

〓〓今週の歴史奉行通信目次〓〓〓〓〓〓〓


1. 「令和の時代に司馬遼太郎を読む」第二部
〔歴史小説の歴史〕

2. 「令和の時代に司馬遼太郎を読む」第二部
〔司馬作品の日本人への影響〕

3. 「令和の時代に司馬遼太郎を読む」第二部
〔司馬さんの存在、何が画期的だったのか?〕

4. おわりに / 感想のお願い

5. お知らせ奉行通信
新刊情報 / オンラインイベント情報 / その他


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1. 「令和の時代に司馬遼太郎を読む」第二部
〔歴史小説の歴史〕

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司馬さんの作品について語る前に、
歴史小説の歴史について総括していきましょう。
そうすることで、司馬さんのポジションが
見えてくるはずです。


60年台から70年台にかけての歴史小説界は、
司馬遼太郎、吉川英治、山岡荘八、
海音寺潮五郎、新田次郎、吉村昭、南條範夫、早乙女貢といった錚々たる面々が
支えてきました。
まさにこの時代は歴史小説の黄金時代で、
大半の方が歴史小説から歴史に入り、
歴史を好きになり、歴史を学んでいったのではないかと思います。


80年代に入ると、
歴史小説から教訓を汲み取りたいという
読者が増えてきます。

皆さんは「プレジデント」という
雑誌があったのをご存知ですか
(今のプレジデント誌とは全く違う)。
電話帳より重い大判の雑誌で、
よく童門冬二先生らが記事を書かれていました。

「プレジデント」は月刊誌で、最盛期で
10万部前後も売れていたと言われていますが、なぜそれほど売れたのかというと、
歴史小説を読んできた読者たちが、
そこから何がしかの教訓を汲み取り、
自分のビジネスや生活に活かしていきたいと
思うようになったからです。

80年代は、高度成長期を生きてきた
若手ビジネスマンたちが成熟期を迎えることで、
「歴史から学ぶことで出世しよう」
と考えていた時代だったのかもしれません。


90年代に入ると、
童門冬二氏のみならず堺屋太一氏、
井沢元彦氏、加来耕三氏などが出現し、
文芸作品としての完成度や史実重視の姿勢よりも、
「歴史を書き換える」ことに主眼を置いた
歴史読み物(いわゆる俗流歴史本)が、
続々と刊行されました。

同時平行的に文芸としての歴史小説の系譜を
脈々と受け継いできた津本陽氏、池宮彰一郎氏、安部龍太郎氏、火坂雅志氏といった面々が、
頭角を現わしてきた時代でもあります。

司馬さんの作品は80年代に入る頃から
エッセイ的傾向が強くなり、
「読者を小説世界に引き込む」という
エンタメ小説本来の魅力よりも、
現実と架空世界を行き来させる
独特の手法が定着していきます。
そして1996年の死を迎えるわけですが、
司馬さんの死は、「戦後昭和」という
一つの時代の終わりを象徴するものだったのかもしれません。

その後、2007年に発売された
和田竜氏の『のぼうの城』の大ヒットまで、
歴史小説は低迷期を迎えます。



では、これからの歴史小説は、
どういう方向に向かっていくのでしょうか。

平成を経て令和になった今、
これまで地続きだった昭和が、
次第に歴史の彼方に遠ざかりつつあるような感覚を、私は抱いています。
大正や明治ともなれば、
もはや歴史小説で扱うべき時代です。
そんな中、徐々にではありますが、
西南戦争のあった明治十年以降、
戦後昭和までが歴史小説のブルーオーシャンになりつつあります。

司馬さんも『ひとびとの跫音』で
戦前から戦後昭和までを描きましたが、
司馬さんにプラス10年の寿命があったら、
きっと明治・大正・昭和史に
重心を移していったと思います。
それでも司馬さんの死から三十年近くを経て、
ようやく歴史小説というフレームワークで、
近現代を描ける時代が来たと思います。

私も『横浜1963』という戦後の日米関係を
背景にしたミステリーを皮切りに、
全学連と「よど号事件」を描いた
『ライトマイファイア』、
戦後のBC級戦犯裁判を描いた
『真実の航跡』を上梓しましたが、
今後も八甲田山遭難事件を舞台に
明治の軍部を告発する『囚われの山』、
戦後沖縄の諸問題を描いた『琉球警察』
といった作品を次々と発表していきます。


これらの作品によって、
若い方にも近現代史に興味を持っていただき、百人に一人でも参考文献を読んでもらえれば、
これほどの喜びはありません。
近現代史も、後世に伝えていかねばならない
日本人の足跡なのです。


『横浜1963』
http://fcew36.asp.cuenote.jp/c/bWw9aagmr4dT6GbE

『ライトマイファイア』
http://fcew36.asp.cuenote.jp/c/bWw9aagmr4dT6GbF

『真実の航跡』
http://fcew36.asp.cuenote.jp/c/bWw9aagmr4dT6GbG

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2. 「令和の時代に司馬遼太郎を読む」第二部
〔司馬作品の日本人への影響〕

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司馬作品が1950年代以降に生まれた世代に
与えた影響はあまりに大きく、
その一つ一つの言葉が「精神的背骨」になっている方々も多いのではないかと思います。
かくいう私もその例に漏れず、
司馬作品によって人間が形成されてきたと言っても過言ではありません。


それでは具体的に、
司馬作品の影響を見ていきましょう。

まず
「組織社会を生きるビジネスマンの人格形成に寄与」
した点です。
欧米ではキリスト教が大半の人々に信仰されていて、聖書の教えも浸透しています。
一方、日本ではそうした宗教が育たず、
生きる指針や規範となるものは、
その時の状況に合わせ、
指導者たちが作り出してきました。

戦後社会が成熟していくに従い、
とくにビジネスマンたちは特定の指針や
規範を必要としていました。
そこに登場したのが司馬作品です。
組織社会を生きるビジネスマンが
組織人としての人格形成をしていく上で、
これほど最良のテキストはありませんでした。


次に
「高所から物事を考える習慣を養った」
点が挙げられます。
人というのは、どうしても目先のことしか見えなくなります。
そのため思い悩み、
時には自殺まで考えてしまいます。
そんな時、司馬さんのような
天から見下ろすような発想ができれば、
自らの苦境や問題を客観視でき、
冷静に対処することができます。

私も若い頃は人間関係で悩みました。
そんな時、
「こんなことで竜馬はくよくよしない」
と思うことで、
どれだけ救われたか分かりません。


三つめは
「正しく生きることの大切さを説いた」
点です。
司馬さんの描いた『歳月』という作品では、
正義を体現した男として江藤新平が登場します。
江藤という男は無類の堅物で、
融通の利かない一面があるため、
征韓論論争の折も下野する羽目になりました。

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