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花ざかりの校庭 4『ジンジャーエール』

あらすじ…阪神淡路大震災で母親を失い、父の再婚で名古屋に来た麻里。しかし、彼女は自分の境遇に耐え難い違和感を感じていた。
そんななかで出会った田畑。
麻里はひそかに恋をしていた。

その前の晩、今度は智恵とひと悶着あった。

智恵は母と姉の麻里の間に立たされて終始、辛い立場にあった。

それは麻里にもわかっていた。

「とりあえず、伯父さんのことお母さんに謝っときなよ」

とりあえずで、いいから。

智恵はコンビニの前で言った。

妥協案だったろう。

しかし、そこが麻里からすれば嫌みに聞こえた。

「とりあえずって?」

麻里はジンジャーエールを口にして、不機嫌な声になった。

「それで、あの人来なくなるの?」

伯父のことだ。

そういうわけではない、と智恵は言った。

「お母さん、お姉ちゃんのこと意固地だって」

「嫌な言い方」

ここで姉のを悪者にしておけば、取り敢えずは事足りる。

祝祭の構図というわけだ。

そんな計算がまた、麻里を孤立させる。

「あの男に善意なんてこれっぽっちも無いんだから」

コンビニの駐輪場に麻里の赤い自転車が寂しく照らされている。

「わたしがあやまるなんて、お門違いよ」

「じゃ、どうしたらいいの?」

智恵は泣きそうになる。

何かが崩れ落ちるような気がする。

微かな余韻を感じる。

ジンジャーエールを飲み干す頃には、智恵は泣き崩れているだろうか。

私たちが抱えている問題は大きい。

それを一言の嘘で隠しとおせるとでも思っているのか?

偽善でしょう?と麻里は思った。

「また、お母さんは伯父さんにうやむやな態度とりつづけてるわけ?」

母方と自分は延々と不仲なのかも知れないと思った。

手口が陰湿だけに、麻里の憤激の度合いは水銀体温計を破裂させるくらいにふくれあがる。

「俺はお前の伯父さんにだぜ」

伯父は湿った笑いを皺にへばりつかせていた。

麻里は智恵に冷たく言い放つしかないのだ。

「じゃ、わたしが悪人になることで丸くおさまるわけ?」

皮肉たっぷりに麻里は言った。

「また来たのよ、あの人」

警察につきだせば?

「簡単にそうはいかないよ」

つきだしても、なかなか逮捕は出来ないし。

現行犯逮捕はよほどのことがない限りうまくいかない。

岡倉にかなり込み入った話を麻里は打ち明けていた。

「逃げる?」

智恵は恨みがましく言った。

伯父の意図しているのはマンションの謄本の書き換えである。

しかもそれは未遂だ。

「どうしようもないよ」

「忌々しいわよ」

麻里はその先を言おうとして、止めた。

もともと、麻里と伯父とは血がつながっていない。

本来、彼女は何ら関係がない……と言えばいいのだ。

そのために、智恵に切り出しづらい。

妹のことは傷つけたくない。

智恵もその事はうすうす察していた。

しかし、自分がもめ事の生け贄になるのはたまらない。

揚げ句、大阪に行くのが最もマシな選択だといえる。

コンビニの入り口で三十代ぐらいの男がしきりとタバコをふかしている。

ふいに、智恵が言った。

「探検部のミーティングって、いつ?」

智恵が尋ねた。

「お盆前かな」

「部長っているよね?」

「エンテツ?」

「そう」

麻里はジンジャーエールの空き瓶のキャップを閉めると、ゴミ箱に入れた。

「好きなんだ?」

「もう、本人に言った」

「誘われてる」

麻里は楽しそうに笑った。

「エンテツのこと、好きなんだ?」

智恵がもじもじしていた。

「ハートマークなんか送ってたりして」

「やめてよ」

智恵は怒った。

図星のようだった。

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