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【横浜市長リコールへの道】一発リコールと二段階方式の比較

(2020/1/15追記)
本記事は2019年9月時点の情報で掲載しています。
2020年1月時点の最新情報に基づいた記事は下記リンクを参照してください。


2019年8月22日、横浜市の林文子市長は突如としてカジノを含むIRの誘致を正式に表明。これまでの「IR誘致は白紙」発言は市長選挙に勝つための方便だったと判断せざるを得ない言動が続き、横浜市民からは林市長に対するリコール(解職請求)の動きも出始めている。しかし、政令指定都市である横浜市の場合、市長のリコールに必要な署名数は約49万筆(横浜市の有権者 約300万人に対して、6人に1人に)と多い上、その膨大な数の署名(名前だけではなく、住所、生年月日、押印なども含む)たった2ヶ月で集めなくてはならず、ハードルが高い。

そこで、れいわ新選組・大西つねき氏(横浜市在住)はいきなりリコール(市長の解職請求)するのではなく、二段階方式(住民投票条例の制定→市長の解職請求)を提案している。本記事では2つの案(一発リコール、二段階方式)を可能な限り、客観的に比較して、それぞれのメリットとデメリットを整理していきたい。

前提知識

・住民投票条例の制定、市長の解職請求(=リコール)はともに直接請求である。「直接請求」とだけ記載すると、どちらを指しているか曖昧になるため、本記事では「住民投票条例の制定」、「市長の解職請求」と明記する。

・住民投票条例の制定の必要署名数は有権者総数の50分の1以上。横浜市の2019年7月の有権者数に基づくと62446筆以上

・市長の解職請求の必要署名数は、権者総数が80万を超える場合、80万を超える数の8分の1 + 40万の6分の1 + 40万の3分の1の合計以上。横浜市の2019年7月の有権者数に基づくと490285筆以上

一発リコールの流れ

まず、一発リコール(=いきなり市長の解職請求をする)の手続きを図解した結果を下記に示す。厳密には、さらに細かい手続きがいくつも存在するが、二段階方式との比較に必要な手続きを中心に抜粋する。

画像1

リコール(解職請求)は必要な署名が多いだけあって、署名が集まった後の解職に至る流れがスムーズなのが大きな特徴だ。この手続きの中で、後に説明する二段階方式と比較した場合のメリット、デメリットは以下のようになる。丸数字は図解の順序と同一。

<メリット>
③市長や議会の妨害を受けずに解職投票を確実に実施できる
→後に説明する二段階方式の第一弾(住民投票条例の制定)は、市長や議会によって時間稼ぎが可能なタイミングが複数ある。それに比べて、解職請求は署名の必要数が多い分、署名を集めた場合の実行力も段違いに大きく、有無を言わさず解職投票に進める

④解職投票で賛成が過半数を越えれば即日、市長は解職される
→後に説明する二段階方式の第一弾(住民投票条例の制定)は、住民投票結果に法的拘束力はない。事実、今年2月の辺野古埋め立てに反対する沖縄住民投票結果は9割以上が反対したが、国に無視され、埋め立て工事は続いている。それに比べて、解職投票の結果は法的拘束力があり、絶対的
<デメリット>
①必要署名数は有権者の約6人に1人に相当するため、2ヶ月以内に集まらない恐れがある
→後に説明する二段階方式の第一弾(住民投票条例の制定)の必要署名数(約6万筆)より8倍近くも多い

②市長をクビにするため署名の心理的ハードルが高い
→後に説明する二段階方式の第一弾(住民投票条例の制定)は、カジノ誘致の賛否を問う住民投票をしたいという要望。それに比べて、1人の人間のクビを要求するのだから、署名するかどうかのハードルは高い

二段階方式の流れ

次に、二段階方式の手続きを図解した結果を下記に示す。これは第1弾として住民投票条例の制定の直接請求を行う。だが、現在の市議会の議席数を考慮すると、この住民投票の実施は否決されることが予想される。その後に第2弾として市長の解職請求の直接請求を行う。こちらも厳密には、さらに細かい手続きがいくつも存在するが、一発リコールとの比較に必要な手続きのみを抜粋する。
また、第2弾の中の流れは一発リコールと同じだが、スペースの関係で省略して記載している。メリット、デメリットについても、一発リコールと同じものは省略する。

画像2

この手続きの中で、先に説明した一発リコールと比較した場合のメリット、デメリットは以下のようになる。丸数字は図解の順序と同一。

<メリット>
第2弾を見据えて、約49万筆の署名を集める予行練習の場にできる
→住民投票条例の制定の場合、必要署名は約6万筆だが、ここで約49万筆を集めるつもりで活動する。そうすることで、約49万筆に届いた場合は、第2弾の署名集めも成功できるという確信を得られる。もし約49万筆に届かなかった場合は反省点を第2弾の署名集めに活かすことができる。

②住民の意見を聞くことを求めるだけのため、解職請求よりは署名の心理的ハードルが低い

⑦住民投票の実施すらも拒否されたことで市長解職請求の気運が市民に高まり第2弾で約49万筆の署名が集まる可能性が高まる
ここが二段階方式の最大のポイント。市民がカジノ誘致の賛否について意見を伝える(=住民投票する)機会すら奪われたことで、市民の怒りが爆発することが予想される。これまでカジノ問題に関心が薄かった層も巻き込んだ署名が可能になる。

⑧第1弾で得たノウハウと反省を活かして、署名集めに取り組める
<デメリット>
③請求を受理した後の「20日以内」は努力規定で法律上の義務がない。市長が時間稼ぎをする恐れあり

市長が反対意見を「付議」する恐れあり
→原発稼働の是非を問う2011年東京都の住民投票では都知事が反対意見を付議した事例あり

議決までの期限が定められてないため、市長およびカジノ賛成派と見られる自民・公明の市議によって延々と「議論中」と時間稼ぎされる恐れあり

⑥横浜市議会はカジノ賛成派の自民・公明が過半数を占めているため否決される見込み
→現状の議会構成を踏まえると、住民投票が実施される可能性は限りなくゼロに近い。つまり、第一弾は否決されると分かった上での署名集めになる

⑨活動が長期化するため、解職前に市長がカジノ誘致を既成事実化する恐れあり
→8月22日の市長記者会見では2021年6月の市議会で区域整備計画認定を申請して国の承認を受けると見られたが、9月に入ってからの報道では1年近くも前倒し(承認は2020年)されており、時間的余裕はさらに無くなっている

一発リコールと二段階方式の比較

これまで紹介してきたメリットとデメリットを踏まえて、一発リコールと二段階方式を3つの観点(リコールの成功確率、リコールまでの時間の短さ、署名集めの労力)で比較した結果を下記に示す。両者を相対的に比べた結果、解職を望む市民の立場に立って優れている方を「○」、劣っている方を「×」とする。
*優劣の判断はあくまで筆者の主観

一発リコールと二段階方式の比較.003

結論としては、リコールの成功確率を少しでも上げるならば二段階方式。
カジノ誘致が既成事実化される前に少しでも早くリコールするならば一発リコールを選ぶべきと言えるのではないか。

参考:無効となる署名

住民投票条例の制定、市長の解職請求に共通して、署名が無効となる主なケースを紹介する。書くべき個人情報が多い上、細かい注意事項も多く、署名集めは決して楽では無いことがうかがえる。

<無効となる署名の例>
・署名簿の記載事項を欠く署名
署名年月日、住所、生年月日のうちのいずれか1 つの記載を全く欠くことがあれば、その記載は無効(昭和28 年6 月22 日福島地裁判決)

・選挙人名簿に登録されていない者の署名
・自署でない署名
・押印のない署名
・法定の収集期間、方法が守られてない署名

・署名収集の権限のない者が収集した署名
署名収集は受任者(請求代表者から委任された者)しかできない。しかも、受任者は自身が居住する区の住民からしか署名を収集できない等の制約がある。代表者であれば居住区の制限はなくなり、代表者には人数制限は無い

・何人であるか確認しがたい署名(判読できないものなど)
→家族で続けて署名した際、住所が「〃」と省略された署名も無効になった事例あり(平成22年10月 鹿児島県阿久根市の市長解職請求)

参考:注目すべき事例(首長による反対意見の付議)

首長が反対意見を付議したという意味で注目すべき事例を紹介する。

原子力発電所の稼働の是非を問う住民投票条例の制定を求めた直接請求(東京都)

東京電力福島第一原子力発電所事故により原子力発電所の危険性が明確になったので、その稼動の是非を住民投票で問うべきであるとして、「東京電力管内の原子力発電所の稼動に関する東京都民投票条例」の制定を求め、平成23 年12 月に市民グループが署名の収集を開始したところ、法定署名収集期間中に34 万5,491 人分の署名が集まりました。市民グループは、収集した署名を都内各市区町村の選挙管理委員会に提出し、選挙管理委員会における審査の結果、最終的な有効署名数は、32 万3,076 人分となり、直接請求に必要な法定数(有権者の50 分の1)21 万4,236 人を上回ることとなりました。そこで、署名の縦覧を経た後、市民グループから東京都知事に対し、原発住民投票条例の制定を求める直接請求がなされました。

請求を受けた知事は、この条例の制定に対して反対意見を付して議会に付議しました。

議会においては、請求代表者の意見陳述がなされ、総務委員会における質疑においては、賛否様々な意見が述べられました。原発住民投票条例の案については、複数会派から修正案も提出されるなどしましたが、最終的には総務委員会で否決され、本会議においても否決されました。議会における反対の理由としては、知事の意見と同じく、原子力発電所の稼働の是非については、安全保障も含めた国のエネルギー戦略、電力の安定供給、電気料金への影響、立地地域への配慮、地球温暖化対策など多様で複合的に考慮すべき事項であり、国が決めるものであるという意見が主なものでした。

【経過】
平成23 年12 月10 日 署名収集開始
平成24 年 2月10 日 署名収集期間終了
※八王子市、小金井市及び三宅村では、期間中に選挙が行われたため、最終的な署名期間終了日は平成24 年3月24 日
平成24 年 5月10 日 都知事へ直接請求
平成24 年 6月 5日 議会へ付議
平成24 年 6月14 日 総務委員会で請求代表者による意見陳述
平成24 年 6月18 日 総務委員会において否決
平成24 年 6月20 日 本会議において否決

出典:横浜市 市会ジャーナル 平成26年度 Vol.11 P13〜14

参考:注目すべき事例(政令指定都市でのリコール成功)

政令指定都市でリコールが成立したという意味で注目すべき事例を紹介する。ただし、これは首長ではなく議会のリコールである

市長と対立する議会の解散を求めた直接請求(名古屋市)

市民税の恒久減税など、河村たかし名古屋市長の公約実現をめぐって対立する議会を解散させるため、平成22 年8月、議会の解散を求めて市長の支援団体が署名の収集を開始したところ、1か月の法定署名収集期間(当時)に、解散の請求に必要な署名35 万5,795 人分を大幅に上回る46 万5,594 人(後に46 万5,602 人に訂正)分の署名が集まりました。
署名の審査に当たった市の選挙管理委員会は、「回覧板など対面以外で署名を集めている」など指摘が相次ぎ、実際に、約11 万人分の署名が記載された署名簿が、署名集めを担ったはずの「受任者」名の欄が空欄で提出されたことから、署名を集めることのできる請求代表者及び受任者以外の者が署名を集めた可能性も否定できないとして、慎重な審査をすべく20 日間という法定の審査期間を延長しました。そして、「氏名や住所に一部でも誤りがある署名は無効」とする厳格な審査基準による審査により、11 万1,811 人分もの署名が無効とされた結果、有効署名数が35 万3,791 人分となり、解散の請求は不可能となったと思われました。
しかし、約3万4千人分もの異議申立てがなされ、不適切な収集方法により無効とされた署名でも、署名者自らが署名した事実を証明すれば有効な署名として扱う方針で再審査がされた結果、1万5,217 人分有効な署名が増え、最終的には、36 万9,008 人分の有効署名をもって、議会の解散を求める直接請求が可能となりました。
この結果、平成22 年12 月17 日、署名の収集に当たった市長の支援団体から市選挙管理委員会に対し、議会の解散を求めて、直接請求がなされました。これを受け、令第104 条の規定のとおり、議会から弁明書が徴され、平成23 年2月6日、指定都市としては初めて、議会の解散の是非を問う住民投票が実施されました。

住民投票では、解散を賛成とするものが7 割を占めたため、議会は解散されました。

<投票結果>
賛成 696,146 (得票率73.35%)
反対 252,921 (得票率26.65%)
無効 13,156
当日有権者数 1,776,399人
投票率 54.17%

【経過】
平成22 年 8月27 日 署名収集開始
9月27 日 署名収集期間終了
10 月 4日 審査を求め、市選挙管理委員会へ約46 万5千人分の署名が提出された。
10 月24 日 市選挙管理委員会が審査期間を延長
11 月24 日 約11 万人分の署名が無効とされ、有効署名数が35 万3,791 人となる。
11 月25 日から 署名簿の縦覧、異議の申立てが約3万4千人分
12 月 1日まで なされる。
12 月15 日 市選挙管理委員会の再審査の結果、有効署名数が36 万9,008 人となる。
12 月17 日 市選挙管理委員会へ直接請求
平成23 年 2月 6日 解散の是非を問う住民投票

【課題】
指定都市では初めて成立した名古屋市の議会の解散を求める直接請求では、その署名運動の過程で大きな問題点が表面化しました。

(1)大都市では署名集めの期間が短い。
(2)大都市では必要な署名数が多い。
(3)選挙管理委員会での署名審査に明確な基準がない。

当時の法は、署名収集期間は都市の大小にかかわらず都道府県は2か月、市町村は1か月と規定し、必要署名数は、人口40万人を目安に定めていました。例えば、有権者数が約48万6千人の鳥取県では署名期間2か月ですが、約180万人の名古屋市は1か月しかないことになります。平成22 年10 月に市長の解職の直接請求が行われた鹿児島県阿久根市の必要な署名数は名古屋市の約2%にもかかわらず、両市の署名収集期間は同じ1か月間という状況でした。
また、署名の審査基準について、市の選挙管理委員会は「署名に1字でも誤字があれば無効」という基準を打ち出し、家族で署名した際に住所欄に「同じ」を示す「〃」と記入しているケースなどでも無効な署名となりました。法では、無効の基準について「何人(なんぴと)であるかを確認し難い署名」としているだけで、明確な基準はない点が審査基準の曖昧さを生じさせ、署名審査に混乱と労力を要する結果となりました。

(1)(2)の問題については、総務省地方行財政検討会議でも以前から議論されていたこともあり、平成24 年に法を改正し、必要な署名数の要件を緩和しました(法第76 条)。また、平成25 年には令を改正し、指定都市における署名収集期間を、2か月と改めました(令第92 条第3項)。
(3)の問題については、現在でも法には署名の審査に関する細かな規定は設けられていません。

出典:横浜市 市会ジャーナル 平成26年度 Vol.11 P12〜25

参考文献

横浜市 市会ジャーナル 平成26年度Vol.11
https://www.city.yokohama.lg.jp/shikai/gikaikyoku/journal.files/0081_20180809.pdf

更新履歴

2019/9/9 22:43 新規作成
2019/9/11 22:37 比較表の項目名を修正
2019/9/12 23:14 目次1点目に前提知識を追加
2020/1/15 21:39 冒頭に最新情報に基づく記事へのリンクを追記

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