見出し画像

「知育」とボードゲームの親和性

「面白さ」の本質を「知育」の観点から考察し、知育とボードゲームの親和性について考えてみます。

知育玩具、知育ゲーム

「知育玩具」「知育ゲーム」という言葉を聞いた事があるでしょうか。
知育を目的とする、または知育効果があるという触れ込みの、玩具やゲームのことなのですが、ボードゲームについても「コミュニケーション能力が高まる」「計算能力向上に役立つ」などのキャッチフレーズと共に「知育」という視点で取り上げられる事があります。

しかし、こういうボードゲームの取り上げられ方に抵抗感がある方も一定数、いらっしゃるようです。よくあるのは「ゲームは面白い事が全てであり、知育などという切り口で興味を持ったりするのは純粋ではなく、邪道である」というようなご意見です。邪道であるとまでは言わないまでも、「面白さではなく別の目的の為にゲームをやるのは抵抗・違和感がある」と感じている人も多いようです。

どれぐらいの方が、どういう意識でいるのかについて興味があった為、少しアンケートを取ってみました。

アンケート:ボードゲームが好きな皆様に質問です。ボドゲに「知育」というキーワードが使われる事についてどう感じますか?(2018/10/9 18:00~10/10 10:00の16時間で653人の方が回答)
55% 特に何も思わない。お好きにどうぞ。
24% ポジティブな印象。どんどんやればいい。
17% 抵抗がある。他人が使うのは構わない。
4% ボドゲに対して害悪なのでやめて欲しい。

私自身は「ポジティブな印象。どんどんやればいい」という考えです。別に知育関係者でもなんでもありませんが、子供の頃より「勉強はもっと楽しくやらないと意味がない。楽しくない勉強は勉強ではなく作業だ」とずっと思っていましたので、「知育+ゲーム」とか「知育+玩具」という考え方は、非常にしっくりきています。それこそが教育のあるべき姿だと思います。

「知育」とは

ここで、「知育」という言葉の意味について再確認しておきます。

知育
知的な能力を育てる教育を意味する。普通は、徳育、体育、美育と並んで、教育の全体のなかの一側面と考えられる。他の側面と区別するために便宜的に分けたもので、本来他の側面と調和し結合されねばならない。
(日本大百科全書より引用)

端的に言えば、「知能を上げる教育」です。
では「知能」とは何かというと、以下のような話のようです。

知能
知能には,いろいろな定義があるが,3種類に大別できる。第1は,適応力とみる定義で,新しい場面や困難な問題に直面したとき,本能的な方法によらずに,適切かつ有効なしかたで,順応したり解決したりする能力を知能とみなす。第2は,抽象的思考力,推理力,洞察力などの高等な知的能力とみる定義で,言語や記号などを用いて,概念のレベルで思考を進める能力を知能とみなす。第3は,学習能力とみる定義で,知識や技能を経験によって獲得することを可能にする能力を知能とみなす。
(世界大百科事典 第2版より引用)

ここまでくると、なんとなく「ボードゲーム」との関係が見えてきたと思います。

「面白い」の正体

私は以前より、「面白い」とは何かについて考え続けています。未だに明確な結論は出ていませんが、今のところ自分の中で最も有力な答えは、「面白いとは、自分が成長できたと思えた時に生じる感情」です。

例えば本を読んだり、スポーツをしたり、それこそゲームをしたりした時に「面白い」と思える瞬間があると思います。物語で驚くような展開に出会った時、テニスで上手に球を打ち返せた時、ボドゲで痺れるような一手を打てた時…それらは全て、自分の中での「成長の実感」に繋がっているように思います。

「上手くいかなかったけど、面白いと感じた」という事もあるでしょう。そういう時、人は「次やればうまくいく気がする」と思っています。つまり、上手くはいかなかったが、自分の中で何かしらの成長があったので、「面白い」と感じたのではないでしょうか。

面白い=成長の実感」。恐らく人間は、自らを成長させる為の正のフィードバックを与える為に、成長の実感を「面白い」という快感として感じられるよう、進化してきたのではないでしょうか。「面白い」という感情が、人を成長させていくと言い換えても良いかもしれません。

中には、スマホゲームの「ガチャ」のように、何かを揃えさせていくことで「成長している」と実感させ、でも実際には何も成長していないので刹那的な快感しか得られず、次々とお金をつぎ込んでしまう…といった悪用も見られますが、それらは「栄養を取っていると錯覚させて次々と食べてしまうジャンクフード」のようなもので、人間の認識能力の隙をついたバグのようなものかもしれません。

そういう悪用はあるものの、概ね人間は、自身の成長を快感として感じる能力(=面白いという感情)によって成長してきた側面があると思います。

知育とゲームはほぼ、同じもの

ここで改めて、知育とゲームの関係を振り返ってみたいと思います。

知育とは、適応力・抽象的子国力・推理力・洞察力・学習能力等、様々な知能を高める教育です。それらを「成長」させる事が知育です。

そして「面白い」とは、「成長の実感」そのものです。それは単に私の定義ですので、異論・反論もあるかとは思いますが、少なくとも、「成長」と「面白さ」に密接な関係があるという意見については賛同して下さる方も多いのではないかと思います。

そう考えると、「ゲームは面白い事が全てであり、知育などという切り口で興味を持ったリするのは純粋ではなく、邪道である」という意見が、少し違って見えてくるのではないでしょうか。

人は、成長を実感すると「面白い」と感じるわけですから、知育はまさに「面白い」と感じることそのものが最終目的と言い換えることもできると思います。

つまり、知育もゲーム、どちらも「面白い」ことがゴールなのであり、相反する概念どころか、それらはほぼ、同じものなのです。

「知育」への違和感

「そうは言っても、やっぱりゲームを知育と言われるのは違和感があるよ。"算数能力をアップさせる為にゲームをしよう"とか言われたら、白けるでしょ?」

その意見は私も同感です。確かに自分もなんだかちょっと嫌な気分になります。

ただ、この「嫌な気分」の正体はなんだろうと考えてみると、これがもし「今から健康の為にバドミントンをしよう」なら、別に嫌な気分にならないな、と思いました。「バドミントンの気分じゃない」ということはあるかもしれませんが、別に「健康の為に」と言われたからといって嫌な気分にはなりません。

「歴史の勉強になるからあの映画を観よう」も、同様です。興味が無ければ「別に」ですし、多少その映画に興味があって、今歴史の勉強がしたいと思ってるなら、「なるほど、見てみるか」というきっかけになります。「美容の為にハーブティーを飲もう」も同様です。

この違いはなんだろうと考えると、恐らく「自分がそのジャンルのコアなファンかどうか」になるかと思います。私はボードゲームを「面白いから」好きになったのであって、「算数能力がアップするから」好きになったのではありません。

これからボードゲームを好きになる人にも、「面白いから」好きになって欲しいのです。自分と同じように考え、同じように感じて欲しいのです。これがあの「嫌な気分」の正体ではないでしょうか。なんということでしょう、これは単なる私のエゴではないですか。

もし私が熱狂的な映画ファン、熱狂的なバドミントンファンだったら、同様に「そんな理由で来こないで欲しいなぁ。どうせそういう人達は、ちょっとやったらすぐ離れていくしね。純粋に"面白そう"という理由で入ってきて欲しい」と思ったかもしれません。

これは恐ろしいな、と思いました。そのジャンルの外部から見れば、そのジャンルに入るただのきっかけでしかなく、その後そのジャンルにどっぷりハマる事になる(その時はもう、最初のきっかけはどうでも良くなっている)可能性があります。そこに何か「邪な考え」は(ジャンル外の人間としての感覚では)存在しませんし、単なる気軽な気持ちです。

ところが、そのジャンルの中から見ると、同じ行為が「邪な考え」に見えてしまい、拒絶する行動や発言に発展してしまうのです。

自分でもうっかりするとそういう考えに陥っている事に気づけました。

「ボードゲームって最近流行ってるんですね。知育にも良さそう」と、せっかく興味を持って近づいてくれた人に、「知育とか関係ありません。面白いことが全てです」のように突っぱねてしまったりしないよう、気を付けたいと思います。「そうそう、いろいろ学べて面白いですよ。むしろ面白いから学べるんですよ」のように、うまく興味を持ってくれた人を引き込んでいきたいところです。

まぁ、中には単に「知育効果があるかどうか厳密には分からないのに、ありますよと答えるとウソになるから言えない」という真面目な方もいらっしゃいそうですけども。気持ちは分かるのですが、恐らく相手はそこまで厳密な気持ちで言っているのではないので、もう少し気軽に考えても良いかもしれません。突っぱねずに、「知育効果があるかどうかは厳密には分かりませんけど、計算したりコミュニケーションを取ったりするゲームはありますね」等と、嘘をつかない範囲で応対するのもアリなんじゃないでしょうか。

「教育」を連想させるネガティブイメージ

知育という言葉が、知識詰込み型の教育を連想するから抵抗がある」というご意見もありました。日本の教育現場は古い体質をずっと引きずっていますから、そういう考えの人もまだまだ多いのかもしれません。ただ、私には、知育玩具や知育ゲームを探している親御さん達が、「知識詰込み型の教育」をしようとしているようにはあまり思えません。「楽しく学ぶ」を志向されている方が多いように思います。あまり身構えず、そういう親御さんと繋がるキーワードとして利用していければ良いのではと思います。

そもそもの話、教育シーンがこれまでずっと、ゲームを「敵」扱いしてきた歴史があり、その被害者は「ゲーム大好きな子供や大人達」でした。教育は苦しいものであり、娯楽と対極に位置するものである、という考え方が根強くあります。そういう背景がある為、ゲームファンからも教育を「敵」だと認識しており、「神聖なゲームの場に教育が入り込んでくるとは…」という拒絶反応が出てしまうのも、致し方ないのかもしれません。

そういうゲームファンの拒絶反応が、「知育」という言葉への拒否として表れている側面もあるように思います。

しかし、前述の通り、本来教育とゲームは近いところにあり、分断されている現状はもったいないと感じます。一度植え付けられた「教育へのネガティブイメージ」を払拭するのはなかなか難しいと思いますが、少しずつでも変わっていくと良いなと思います。

あと、「知育というキーワードに釣られた親が、子供に知育目的でボードゲームを遊ばせ、子供がボードゲーム嫌いになるので良くない」という意見も拝見しました。しかしこれは、「健康づくりになる」と聞いて、嫌がる子供にマラソンを強要した結果、子供がマラソンどころかスポーツ全般が嫌いになる、みたいな話だと思います。「マラソンは健康づくりになる」という触れ込みが悪いわけでもなんでもなく、単に親が悪いです。それをきっかけに、普通に家族でマラソンを楽しむ人達も大勢いると思います。

知育ゲームはつまらない?

つまらない知育ゲームを遊ばされてがっかりした事がある」というご意見もいくつか拝見しました。

確かに、「知育ゲーム」と呼ばれているものの中には、「能力向上」に拘るあまり、学びの本質である「面白いこと」を置いてけぼりにしてしまったようなものも見受けられます。先に書いた通り、人は「成長の実感」の時に「面白い」と感じるわけですから、逆に言えば、面白いと感じれないものは成長に繋がりにくいのです(絶対に繋がらないとは言いません。無理やりやらされた反復行動が成長につながる事もあると思います。それが良いか悪いかは別として)。ですから、そういう知育ゲームは「ダメなゲーム」と言えるかもしれません。

ですが、知育ゲームの中にも面白いものはたくさんありますし、何よりも、これまで「勉強の敵」と言われてきたゲームを教育に取り入れようとする動きは、我々ゲーマーにとって福音であり、心強い味方でもあります。そもそも、知育ゲームに限らず、ダメなゲームはいっぱいありますからね。ダメなゲームではなく、面白いゲームを探していければと思います。

どんなボードゲームでも何らかの知育効果はあるんだろうから、別に知育とかカテゴライズしなくてもいいじゃん。逆に胡散臭い」とか言わずに、ニュートラルな目で見て、面白いものは面白いと評価できれば良いなと思います。「知育」を悪用する人も確かにいるのでしょうが、だからこそ、正義の心を持ったボードゲーマーの皆さんが、良いボードゲームを「知育」を求める方に紹介していけたら、と思うのです。

本当に効果があるか検証もしていないのに◯◯効果があると謳うのは危険だ」というご意見もありました。これについては仰る通りだと思います。ただ、例えば「コミュニケーション能力向上」等のように、エビデンスを示しづらいもののの、直感的にその効果があると容易に推測できるようなケースも多くあります。そのゲームで計算能力が向上するかは実測していなくても、ゲーム中に計算を多くするのなら、計算能力の向上を期待するのは間違ってはいないでしょうし、親自身、そこまで厳密なエビデンスや確実な効果を求めていないようにも思います。「子供が楽しみながら何か身に着けられれば儲けもの」ぐらいの考えです。

「知育」は子育て世代の親に興味を持ってもらえる単語ですし、そこから入った人がボードゲームにどっぷりハマる事もたくさんあるでしょう(実際、知育から入ってボドゲにハマった人のツイートをいくつかお見掛けしました)。ですので、そういう「窓口」もボドゲ業界にはあるのだと考え、ゲーマーの方から閉ざしたりしないようにしたいと思います。

最後に、「知育ゲームってどんなのがあるの?」という方に、私のお勧めをいくつかご紹介します。もちろん、「知育」を謳っていなくとも、多くのボードゲームに知育効果があると思いますが、「知育ゲームなんてつまらないんでしょ?」というご意見もありましたので。noteがどういうリンクコードを生成するか知りませんが、私のアフィリエイトコードでは無い事を明記しておきます。

また、幻冬舎エデュケーションから、様々な知育系ゲームが本屋などを通して販売されています。あの名作カードゲーム「ラブレター」も、このシリーズとして「和風版」が発売予定です。こういう窓口から入る人も、きっとたくさんいます。

知育系ゲームは、知育というシーンで「面白い」を体験する為のゲームですから、一般のゲーム会等では合わない事もあるかもしれません。結局は道具でしかありませんから、皆さんも、うまく活用する方法を自分なりに考えてみてください。

ボードゲームがきっかけとなり、「学び」がもっと「面白い」ものになると良いなと思います。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

21
ちゃがちゃがゲームズのゲームデザイナーの1人。「うずまきスイッチ」というブランドで「スタンプグラフィティ」「くだものあつめ」「おさわり人狼」といったゲームを作り、販売している。本業はプログラマー。スイーツとお酒とかわいいものに目がない。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。