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台湾有事における財政・金融・経済面の課題について

0.あらかじめ概要

台湾有事を想定したシミュレーションに財務大臣役として参加した経験から、現状では以下のような財政・金融・経済面での課題があると考えられる。
(財政面)
・補正予算等によってあらかじめ相応の予備費を確保しておく必要
・外貨準備を為替介入や金融機関の外貨資金繰りへ活用する可能性は限定的
・日銀による国債引き受けはできる限り回避すべきであり、そのために代替となる手段を平時から準備しておく必要
(金融・経済面の課題)
・IMFや国連安全保障会議等に代わる国際的な経済安全保障の枠組みを整備することが望ましい
・サプライチェーンの見直しや在留邦人の国外退避計画の策定など、民間においても平時から有事を想定して準備しておくことが望ましい

なお、今回のシナリオでは2026年末〜2027年前半にかけて台湾有事の発生を想定していたが、最近の中国経済の低迷・回復遅延の様子等を勘案すると、それよりも1〜2年、台湾有事が早まることも念頭におきながら準備を進める必要があるのではないか。

1.はじめに

7月15日(土)、16日(日)の二日間にわたり、都内の某ホテルにて、民間のシンクタンク「日本戦略研究フォーラム」が主催する「第3回台湾海峡危機政策シミュレーション」が行われた。
これは、現役の国会議員10名が総理大臣をはじめとする閣僚役等を務め、それを補佐する役職に各省庁の幹部OBが就いたうえで、実際に想定される「中国による台湾侵攻」にわが国も巻き込まれるというシナリオに沿って、とるべき政策を検討し、その過程で政策的な課題を抽出していこうという取り組みである。
今回が3回目になるが、私は昨年行われた第2回に「オブザーバー」として参加(見学)させていただき、大変勉強させていただいた。
その後の1年間、毎月1回、3時間にわたって行われる勉強会にも参加させていただき、今回は「財務大臣」という役職を務めさせていただくことになった。
実際には、1日目(7月15日)に地元でどうしても参加しなければならない会合等があり、シミュレーションへの参加は2日目だけとなったが、それでも、2026年〜2027年に想定される厳しいシナリオのもとで、さまざまな議論があり、去年以上に政策的な学びが多かった。
詳しいシナリオや議論の内容は、別途、メディアなどで報じられる予定のほか、書籍としても発売されることが想定されているため割愛するが、ここでは、私が担当した「財政、金融、経済」に関する分野について、今後の政策的な課題と認識されたことを整理しておきたい。

(参考)閣僚役等の顔ぶれ(2日目)

・総理大臣役:小野寺五典・衆議院議員(8期、元防衛大臣)
・総務大臣役:細野豪志・衆議院議員(8期、元環境大臣、原子力行政担当大臣)
・外務大臣役:和田義明・衆議院議員(3期、内閣府副大臣)
・財務大臣役:神田潤一・衆議院議員(1期、党金融調査会事務局次長)
・経済産業大臣役:鈴木英敬・衆議院議員(1期、内閣府大臣政務官、前三重県知事)
・国土交通大臣役:有村治子・参議院議員(4期、元女性活躍・少子化対策担当大臣)
・防衛大臣役:木原稔・衆議院議員(5期、元財務副大臣、元総理大臣補佐官)
・内閣官房長官役:長島昭久・衆議院議員(7期、元防衛副大臣、元総理大臣補佐官)
・内閣官房副長官役:尾崎正直・衆議院議員(1期、デジタル大臣政務官、前高知県知事)
・米国国務長官役:松川るい・参議院議員(2期、前防衛政務官)
・米国国防長官役:大塚拓・衆議院議員(5期、元財務副大臣、前国防部会長)

シミュレーションにおける閣僚役等の顔ぶれ

2.財政面の課題

(1)補正予算等による予備費の確保

予備費は通常、当初予算などで5000億円程度は積んでおくことが多いと考えられるが、今回のように台湾有事となると、自衛隊の部隊再編や移動、装備の充実、在留邦人の退避などにかかる費用のため、5000億円では心許ない。
補正予算の組成のためには、予算内容の確定から国会での採決まで、急いでも1ヶ月〜1.5ヶ月はかかると考えておくべき。
こうした点を勘案すると、台湾海峡での緊張が高まるような場合には、あらかじめ当初予算や秋の補正予算などで数兆円を予備費などの名目で積んでおくことが望ましいと考えられる。

(2)外貨準備の活用可能性は限定的

今回のシミュレーションでは、「大幅な円安局面での介入資金」と「一部金融機関の外貨資金繰りの支援」という2つの目的で、外貨準備の活用が検討されたが、いずれも「活用には制約があり、なかなか難しい」という結論となった。

「大幅な円安局面での介入資金」として、例えば2022年秋には大規模なドル売り・円買い介入が外貨準備を活用して行われたが、その結果、1兆ドル規模の外貨準備の15%程度が減少したと言われている。
台湾危機に日本が本格的に巻き込まれた場合には、1ドル=200円を超えていく場面も予想され、こうした場合には、外貨準備を利用した日本単独での介入では、外貨準備の残高が底をつく可能性が意識され、効果は限定的と考えられる。
急激な円安を止めるための介入は、単独ではなく、欧米主要国(特に米FRB)との協調介入が有効であると考えられることから、実際にこうした事態になる前から、米国・FRBとは協調介入について理解を得られるよう平時から努めるべきと考えられる。

また、「一部金融機関の外貨資金繰りの支援」という目的でも、やはり効果は限定的であろう。
過去の金融危機の際に、他国で外貨準備を金融機関の外貨資金繰りに活用した事例では、政府がこのような対応を発表した途端に各金融機関は独自の外貨獲得の努力を放棄し、外貨準備に完全に依存してしまい、外貨準備の急減を招いたと言われている。
まずは各金融機関が単独での資金獲得の努力を継続すること、それと並行して、G7財務大臣・中央銀行総裁会合などで、各国の主要金融機関が、邦銀に対するクレジットラインを維持することを呼びかけることが現実的な対応となろう。
さらに、日銀は米国FRBや欧州ECBと「通貨スワップ協定」を結んでおり、これは金融危機などの際の主要金融機関の外貨資金繰りを融通し合う目的で締結されているものであるため、いざという時は各国に呼びかけて、この協定を発動することが有効と考えられる。
なお、この「通貨スワップ協定」は、為替介入資金として使われることは想定されていないことは留意すべきである。

(3)日銀による国債引き受けはできる限り回避すべき

数兆円規模の財政支出であれば、補正予算で積み上げた予備費でなんとかなるかもしれないが、本格的に中国の台湾侵攻に日本も巻き込まれ、継戦費用や発電所などの破壊されたインフラの回復、在留邦人の国内退避、国内経済対策などのために10兆円以上の財政支出が必要となる場合には、補正予算を組成した上で、(時間がかかる増税ではなく)国債の発行で資金を調達する必要があろう。
その場合に、上記のように金融機関自身も厳しい状況にあることも想定され、通常のルートである民間金融機関による国債引き受けでは円滑な発行が困難となる可能性があり、「日銀による国債引き受け」の可否が議論される可能性がある。
ただし、財政法第5条では、明確に日銀による国債引受けを禁止しているため、財政法を改正しなければ日銀による国債引受けは実行できない。
また、第二次世界大戦後、主要国では例のない中央銀行による国債引き受けを行った場合には、日本の財政や円に対する信用が急激に毀損し、大幅な円安(1ドル250円や300円を超えてフリーフォールとなる可能性)や金利上昇(5%では止まらず、10%を超える可能性)を招き、大きな経済的な代償を払うことになる。
円安がそれだけ進んでしまえば、海外からの外貨での装備の調達が困難となり、継戦能力にも疑問符が付くことから、日銀による国債引き受けは極力行うべきではない(ということをシミュレーション中に財務大臣役としてはっきりと申し上げた)。

それではどうやって財源を確保するか。
例えば、1988年以降発行実績のない外国人向けの外貨建て国債の発行は有効であろう。
そもそも力による現状変更を認めないという国際社会の共通理解の重要性を改めて訴え、米国と日本が強い連携と台湾に対するサポートのもとで必ず勝利することなどを強く主張し、まさに日露戦争の時の高橋是清のように各国でロードショーを行って外貨を調達することは、継戦能力の向上にも直結するため、非常に有効な手段となりうる。
ただしそのためには、外貨建ての国債の投資家を発掘しておく必要があるため、平時から少しずつ外貨建て国債を発行しておくという先を見据えた対応を行なっておくことが望ましい。
また、国民の愛国的な意識に訴える個人向け国債の発行なども、有事の際には有効な手段となるだろう。
いずれにしても、日銀による国債引受けは活用できないことを前提に、それ以外の手段を想定し、平時から準備しておくことが必要である。

3.金融・経済面の課題

(1)国際的な経済安全保障の枠組みの必要性

中国が台湾に武力侵攻した場合には、ウクライナ侵略時のロシアに対して行なったような経済制裁が検討されるだろう。
ただし、ロシアに比べて台湾という地理的な遠さを考えた時に、欧州主要国における危機感はそれほど高まらない可能性がある。
さらに、欧州の一部主要国と中国との経済的な結びつきはロシアよりも強いことを踏まえると、欧州経済界からの反発も非常に強いことが予想される。
まずはG7サミット緊急会合などで経済制裁を議論することになると考えられるが、主要国の合意はスムーズにはいかない可能性がある。
また、ウクライナ侵略におけるロシアと同様、常任理事国である中国が当事者であるため、国連安全保障理事会も機能しないであろう。
さらに、IMFなどの既存の国際金融支援の枠組みは、主要国の通貨の急激な下落などを想定した規模や機能を有していないため、シミュレーションのようなケースではやはり機能しないと考えられる。
こうした事態が予想されることから、志を同じくする主要国で、IMFや国連安全保障理事会に代わる国際的な経済・金融安全保障の枠組みを構築しておくことが望ましいと考えられる。
その際に、新たな枠組みに求められる機能としては以下のようなものであろう。
・武力による現状変更などが行われた際には速やかに経済制裁を発動できるような平時からの合意形成。
・一部の主要金融機関の外貨資金繰りに困難が生じた場合の通貨スワップ等の迅速な実行。
・主要国通貨の為替レートが大幅に下落したような場合の協調介入の実施。
・議論の過程で、「台湾問題は中国の国内問題ではない」といった理解も共有しておくことが望ましい。
こうした点を平時から、志を同じくする主要国で議論し、共通の理解を結んでおけば、有事の際には迅速に対応できるし、何よりも有事を招かないための「抑止力」になりうるのではないか。

(2)有事を想定したサプライチェーンの見直しと国外退避計画の策定

ロシアによるウクライナ侵略でも、今回のシミュレーションでも認識されたことは、一度侵攻が始まると事態の進展が非常に早いということである。
そうなると、サプライチェーンの見直しや在留邦人の退避のための時間はかなり短いし、手段も限られると考えるべきである。
普段から、有事を想定してサプライチェーンの縮小や変更をどのように進めるのか、現地駐在員など在留邦人の退避をどのような順番でどういった手段で進めるのか、まずは民間企業などが頭の体操を進め、計画をまとめておき、さらに政府としてどのようなことを準備すべきかを整理しておくことが望ましい。
さらには、緊張感が高まっていくことが想定される場合には、迅速に当該地域に対して経済的な依存度を低下させること、現地に駐在する関係者を最小限の人員へと減らしておくことなども、前もって進めておくことも必要かもしれない。
いずれにしても、有事の際に、経済や国民を実質的な「人質」に取られてしまい、政府の選択肢が狭められるようなことにならないよう、平時から計画し、準備しておくことが必要である。

4.むすびに(台湾有事はいつ起こるのか?)

今回のシミュレーションでは、2026年末〜2027年前半を想定したシナリオとなっていた。
これは、2022年12月に始まった習近平の3期目の任期(5年)が2027年末で切れることと、それまでに歴史的な成果を挙げて終身国家主席としての立場を固めるために2027年前半までに台湾侵攻する可能性が高い、ということが暗黙のうちに想定されているものと考えられる。
もっとも、2023年の1月に、大規模なデモや国民運動を受けてゼロコロナ政策を解除した後も、中国経済の回復は鈍いと言われている。
今年の経済成長は3%台まで落ち込むという指摘や、不動産バブルの崩壊、通常は90%を超えている大学卒業者の就職内定率も60%程度まで低下しているといった指摘もきかれている。
ゼロコロナ解除の際に、デモなどの国民的な運動によって政策が変えられるという手応えをつかんだ中国国民は、こうした経済的な困窮に対して、さらに大きな国民運動を起こす可能性がある。
こうした動きが強まるような場合には、経済面を短期で好転させるカンフル剤はなかなか見つからず、外交・軍事面で強硬手段に訴える可能性が高まるものと考えられる。
さらに、ロシアによるウクライナ侵攻によって、欧米の軍備・弾薬は急速に損耗していると言われている。
一方で、中国の軍備・弾薬はほぼ無傷であり、軍事的な中国の優位性は高まっている可能性があり、中国もそうした状況を意識している可能性が高い。
こうした中国経済の状況、国民意識の変化、ロシアによるウクライナ侵攻の影響などを踏まえると、台湾有事は今回のシミュレーションよりも1〜2年、早まる可能性があるのではないか。
そうした可能性も念頭におきながら、我が国の有事を想定した準備を、これまで以上に早めに進めておく必要があるのではないだろうか。


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