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【試し読み】夜桜さんちの大作戦 おるすばん大作戦編

『夜桜さんちの大作戦 おるすばん大作戦編』発売を記念して、本編冒頭の試し読みを公開させていただきます。


あらすじ

「週刊少年ジャンプ」の大人気諜報家族コメディ、小説版第2弾!
太陽と六美が世界一周クイズ大会に参加したり、嫌五が猫を拾ったり、四怨が探偵になったり......今回も小説でしか読めないエピソードを5編収録!

それでは物語をお楽しみください。

七悪とりんねの文化祭

 ブゥーン……。
 ガサ。ゴソ。
 シィィィィィ。
 ポンプの駆動音。何かがうごめく音。鳴き声。
 喧噪けんそうは遠く、薄暗い部屋に響くのはそんな音ばかりだった。
 黒板には大きく「生き物たちが驚くので、静かに見てください」と書かれている。
「……お客さん、落ち着いてきたね」
 長机を置いただけの簡易受付に座る七悪ななおが言った。変異を抑えた「学校モード」の彼は、普段のバケツをかぶった大男の姿でなく、同年齢の平均身長よりだいぶ小柄な少年の姿をしている。薬で組織を変化させているその身体からだは不安定で、青い瞳を囲む白目は右目だけ黒く染まり、サイズの安定しない身体は、学ランの袖を余らせていた。
「うん」
 一方その七悪の隣、首に巨大なニシキヘビのバジリスクを巻き付けた普通(?)の女子高生、北里きたさとりんねは短く答えた。彼女は受付に座りながらも、その目線は展示された生き物に油断なく注がれており、生返事は通常運転だ。
 生物部では二人きりの彼らだが、今日はいつもと少しだけ違った。心なしか、足が軽くなったようなそんな空気は、遠くの笑い声が運んできたものだろうか。いや、七悪自身にも、胸が高鳴るような気持ちがあった。
 何を隠そう、今日は七悪、そして太陽たいよう六美むつみも通う高校の文化祭。
 在校生や卒業生、保護者はもちろん、近隣住民や他校の生徒も入場可能で、「祭」というにふさわしい盛り上がりを見せている。あちこちで活気あふれる展示やステージが行われ、特別な雰囲気に包まれていた。
 スパイの身分や変異してしまう身体のリスクを押して高校に通う七悪にとって、目立つようなことはできなかったが、それでもこの空気を楽しんでいた。
 そんな七悪が行うのは生物展示。りんねと二人、生物部で飼育している生き物を公開するものだ。部室をそのまま使用しているため、他の主要な展示からは離れた場所にある。そんな立地ながら、客入りはまずまずで、家族連れを中心に、開場から絶え間なく人が入っていた。
 生き物たちのために書いた「お静かに」の注意書きが効果を発揮し、展示室は静かだったが、入場者たちの表情を見れば、楽しんでいることは明らかだった。
 りんねと二人で受付をする時間は、七悪にとって穏やかな時間だった。身体や仕事のこともあり、いつか通えなくなるかもしれないこの学校の、このありふれた非日常を、七悪は満喫していた。
 七悪とりんねは時折生き物についての質問に答えながら、午前の客を二人でさばき切る。そうしてお昼時になり、食事系の出し物に向かう人が増えると、やっと人の波も落ち着いた。
 部屋には他校の生徒らしい一組のカップルと、受付に座る七悪とりんねだけ……いや、それとたくさんの生き物たちとなった。
 小声で話しながら楽しそうにしていた彼らが、一通り見終えて出入り口の方へやってきた。
「ありがとうございましたー!」
 七悪が人好きのする笑顔で挨拶をし、りんねが小さく会釈をすると、彼氏の方が声をかけてくる。
「あのー」
「はい何ですか?」
「何か、黒くてでかい珍しい生き物がいるって聞いたんですけど、それってどれですか?」
「黒くてでかい……そこのコウモリですかね? そんなに大きくはないですが」
「うーん……そうなのかな。もっと手足が長いって言ってた気もするし、違う気が……」
 彼氏の返事は曖昧だ。
「その話、どこで聞かれたんですか?」
「いや、さっき歩いてた時にそんなのを見たって話をしてる人がいて、なあ?」
 彼は隣の彼女に同意を求めた。
「うん。興奮した感じだったから気になったんだけど……でも、ここのことじゃないのかも。私たちもちゃんと聞いたわけじゃないし」
 七悪はもう一度考えるが、やはり思い当たる生き物はいない。
「そうですね……。少なくとも生物部で展示しているのはこれで全部なので」
「わかったありがとう。変な話してごめんね。展示おもしろかったよ」
「いえいえ、こちらこそありがとうございましたー」
 七悪が人懐っこく手を振ると、二人も笑顔を見せて去っていった。
「七悪君」
「うわぁ、ち、近いよ北里さん」
 見送りを終えた七悪の耳元でりんねが声をかける。相変わらずあらゆる生き物と距離が近い。
 たじろぐ七悪も気にせず、りんねは続ける。
「さっきの二人の会話」
「ああ、黒くて大きな生き物のこと? 何なんだろうね」
「探しにいこう」
「ええ?」
 突飛なことを言い出すりんねに驚く七悪だが、まだ見ぬなぞの生物への期待でキラキラになっている目に吸い込まれそうになる。
「見た人が興奮するような珍しい生き物ってことでしょ? 見てみたい」
「そうは言っても……あれだけの情報じゃ何のことかさっぱりだし、そもそもそんな生き物いないかもしれないよ?」
「でも、いるなら絶対に見たい」
「気持ちは尊重したいけど……展示の受付もしないと……」
 七悪がそう言いかけると、りんねはササッと「離席中」の看板を入口に掲げ、展示室を閉め始めた。
「元々私と七悪君しかいないんだから、休憩中閉めるのは仕方ない」
 どんどんと探しに行くための準備を進めるりんね。あっという間に撮影用のカメラと折り畳み式の網の採集セットを手にし、生物室の鍵を持っていつでも出られる状態になる。
「現代でも毎年一万種以上の新種が報告されているんだよ。可能性はあるんじゃない」
 ニヤリと笑うりんねを見て、これはもう止められないなと悟る。彼女の生き物への興味は、いつだって気持ちのいいくらい真っすぐなのだ。七悪は少し困りながらもほおを緩ませた。
「……ふふ。それもそうだね。わかった。じゃあ探しに行こうか」
 言い切る前に、りんねは既に七悪の手を引いていた。

 とはいえ、今のままでは何の手掛かりもない。部室に籠もっていた二人はひとまず文化祭を回ることにする。どんな企画があるかもいまいち把握していないのだ。
 そういえば、家族たちも今日文化祭を見に来ているはずだ。彼らに聞いてみてもいいかもしれない。
 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、さっそく見覚えのある二つの影が見えた。筋骨隆々のたくましい身体ながらかたを丸めて縮こまる影と、小さい体に真っ白なゴスロリファッションでしゃんと立つ影だ。
 しかし、その二つは何故なぜか壁を背にし、動けないでいる。
二刃ふたば姉ちゃん、辛三しんぞう兄ちゃん」
 声をかけると二刃が青ざめた顔で返事をする。
「あ、ああ七悪。生物部の展示をしてるんだっけね。この後行こうと思ってたんだが……」
「ちょっと離席中なんだ。また後で来てよ」
「そうかい……。ええと……、そちらの子は?」
「同じ生物部の北里さん。展示も一緒にやってるんだ」
「北里りんねです。こっちはバジリスクです」
 きちんとペットのニシキヘビも紹介しペコリと頭を下げるりんね。しかし、二刃と辛三は生返事を返し、浮足立った様子だった。依然、何かを警戒するように壁に背をぺったりとくっつけたままである。
「……二人は何してるの?」
 怪しすぎて逆にタイミングを逸していた七悪がついに尋ねた。二刃が答える。
「中庭で茶道部が茶会をやってるっていうじゃないか。それであっちに行きたいんだけどね」
「……あれ……」
「……あ」
 言葉少なに辛三が指さす先を見て、七悪は事情を察する。
 二人が目指すその先、中庭へと通じる道の途中には一年C組渾身こんしんの展示、「死ー組お化け屋敷」が大熱狂開催中だった。
 無数の赤い手形。おどろおどろしい「呪い」の文字。理科準備室から拝借した人体模型など、学生ながらなかなかにクオリティの高い装飾が外観から怖さをアピールしている。
 教室内からは頻繁に悲鳴が上がっていて、そのたびに二人は身体をビクッとさせていた。お化けが苦手な二刃と、怖がりな辛三には前を通るだけでも険しい道だ。
「引き返したらいいんじゃない? ちょっと遠回りだけど、中庭には行けるよ」
「それが辛三がね」
 今度は二刃が指さす先を見る。辛三が解説を加えた。
「『漆黒』とか、『ちた』とかそういうワードを使うタイプの自作曲を演奏するゲリラライブが始まっちゃって……」
 全身黒ずくめに、レザーグローブ、眼帯、髑髏どくろを取り入れた、いかにもなファッションの男三人組バンドが、階段前の多目的スペースで演奏をしていた。
「懐かしいじゃないか。辛三もああいう曲好きでよく歌ってただろう? 確かオリジナル曲もよく聞かされ――」
「姉ちゃん」
 ガシっと辛三が二刃の肩をつかんで止める。七悪はこれもまた納得する。
「ああ、古傷の中二病がうずいて聞いてられないんだね……」
「う、言わないで……」
 見ると、何故か気だるげな雰囲気で歌う彼らだが、文化祭のノリもあってなかなか盛り上がっている。ただ、過去その黒歴史を通ってきた辛三に直視は難しいのだろう。
「耳を塞いで通ったら?」
「そんな、頑張って演奏している人に失礼だよ」
「その優しさは辛三兄ちゃんらしいけど……」
 ゲリラライブは盛り上がっていて、なかなか終わる気配がない。このままでは二人はここに縛りつけられたままだろう。
「前門のお化け屋敷、後門の中二病ね……。わかった、目をつむってついてきてよ。お化け屋敷の前を通ろう」
 するとすぐさま二刃が七悪の後ろから両肩を摑み、その後ろに辛三が続いた。小→小→大のいびつな電車ごっこが出来上がる。
「助かるよ。持つべきものは優しい弟だね」
「うんうん」
 そんな一連の様子を、りんねは変わった生き物を観察するときの目で見ていたのだった。
 少し歩いて、お化け屋敷を越えたところで七悪が二人に声をかける。
「もう大丈夫だよ」
「ありがとね。……それと、北里さんといったね。さっきは雑な挨拶になってすまなかった」
 ガタガタ震えてそれどころではなかった二人が、改めてりんねに声をかける。
「いえ、普段と違う七悪君が見れて面白かったです」
「そういわれるとなんかくすぐったい……」
 いたずらっぽく笑うりんねと、恥ずかしそうに頰をく七悪を、二刃と辛三はほほえましく思った。
「遅れたけれど、あたしは七悪の姉の二刃だよ。七悪と仲良くしてくれてありがとうね」
「七悪君にはいつもお世話になってます」
「し、辛三です……。兄で……」
(あ、いざ話すと人見知り発動してる)
「お兄さんもどうも……兄?」
 りんねは七悪を見て、同じ目線の高さで二刃を見て、大きく目線を上げて辛三を見て……それを二周。首をかしげる。
「お姉さんは七悪君と似た体格だから遺伝なのかと思ったけどこれは……遺伝子の神秘? 後天的なものでここまで変わる? 哺乳類も存外面白い……」
「ああ変なスイッチ入っちゃった」
「うちの家族が言うことじゃないけどこの子も変わった子だねえ」
 ぶつぶつと自分の世界に入っていくりんねを、二刃は母のような慈しみの眼差しで見た。
「まあいいさ。七悪の友達に会えてよかったよ。青春はあっという間だからねえ。今しかないって知っているのに、気付いたら過ぎちまってる。それが青春ってやつさ」
 そう言って二刃は遠い目をする。
「なんて、言われても実感ないだろうけどさ。それもまた、若者ってやつだからね。ま、年寄りのたわごとだと思って聞き流しておくれ」
「お姉さん、いくつ上?」
「五つ……」
「まだ二十歳はたちなのに……」
 りんねの感想に、七悪は苦笑いで返す。
 二刃の言葉にうんうんとうなずいていた辛三も付け足した。
「うん黒歴史だって、大切な思い出の一ページになるんだ。……だから七悪も、思うがまま生きていいんだよ」
「僕はそういうのないから」
 七悪はきっぱりと言う。こっそり作ろうとしたれ薬のことは笑顔の裏に隠して。誰に使おうとしたかは墓場まで持っていく予定だった。
 茶道部の茶会に向かうという二人との別れ際、七悪は元々の目的を思い出した。
「あ、そうだ。僕たち謎の生物を探してるんだ。本当にいるかどうかもわかんないんだけど……」
「黒くて大きな生き物、見かけたり、話を聞いたりしてませんか?」
 りんねが尋ねると、二刃と辛三は顔を見合わせ考える。
「……ううん、あたしらは見てないねえ」
「あ、でも……。さっきお化け屋敷のスタッフの人が『覚えのない黒いお化けがいた』って話を……」
「辛三なんでまたそんな怖い話をするんだい!?」
「そういう怖い話って、怖いからこそつい聞き耳を立てちゃうというか……。でも、それがお化けじゃなくて、目当ての生き物なのかもと思って」
 その話を聞いて、りんねはうでを組んで考え込む。
「こうなると、やっぱり何かはいそう……。どこかの展示ではなくて、校内を動き回っている? 暗闇を好む生物なのかも……」
 自分の世界に入って考え込む彼女に、七悪は手を引きながら声をかける。
「もういないとは思うけど、お化け屋敷の人に話聞きに戻ろうか?」
 ぶつぶつと思考の整理を続けながら、りんねは頷いた。
 二刃がさらに付け足す。
「他の家族にも聞いてみたらどうだい? みんな来てるよ。四怨しおんなんか得意分野だろう」
「じゃあ校内回りながら四怨姉ちゃんたちも探してみるよ。行こう北里さん」
「うん。お姉さん、お兄さん失礼しますね」
 そういって去る二人の背中を見送りながら、二刃がしみじみと言った。
「いい子じゃないか。七悪も一緒にいて楽しそうにしていたし」
「そうだね。……一般人とのつながりは、維持するのも簡単じゃないから」
「しかし懐かしいねえ。学校なんていつ以来だろうね」
「卒業したのに校舎にいるとなんだかそわそわする……」
「あんたは外ならどこでもそうだろ」
「そ、そうだけど……」
「ほら、行くよ。手芸部にも行きたいんだから」
「あ、待って人ごみで一人にしないで」

 七悪とりんねはお化け屋敷に戻ったが、大した目撃証言は得られなかった。念のため二人で中にも入ったが、やはりそれらしきものは見つからなかった。
(北里さん、お化け平気そうだったな。まあお化けを怖がる北里さんも想像できないけど。……怖がって、ちょっと悲鳴を上げて僕に抱き着く北里さん……いやいやないない、何を考えているんだ僕は)
 そんなことを考えながら歩いていると、一際大きな歓声が上がった。
「うわ、何だ……コスプレコンテスト?」
 声がしたのは体育館からで、その入り口には「コスプレコンテスト」の看板が置かれていた。
 中をのぞいてみると、男女問わずかなりの観客が入っていて、盛り上がりを見せている。
 すると突然、誰かが七悪の肩に手を回した。
「おう七悪~。いいところに来たな」
「うわ、って嫌五けんご兄ちゃん?」
 そこには黒猫の耳をつけ、いつも通りのにやけ顔をした嫌五がいた。
「そっちは友達か?」
「う、うん。同じクラスで部活も一緒の北里さん。こっちは嫌五兄ちゃん」
 七悪は併せてりんねに嫌五を紹介した。
「北里りんねです。この子はバジリスクっていいます」
 バジリスクの紹介もセットで行うりんね。会釈にあわせてバジリスクもシャーと鳴いた。
「兄弟一の美少年、嫌五でーす。よろしく~」
 嫌五はピースしながら軽い雰囲気で挨拶する。
「りんねちゃんね……ふ~ん、なるほど」
 相変わらずの笑顔で、七悪とりんねの顔を見て、嫌五は小さくつぶやいたが、二人には聞こえなかった。
「いいじゃんいいじゃん、七悪もコスコン見に来たのか?」
 今度は聞こえる音量で嫌五が言うと、七悪が答える。
「いや、まずこんなのやってるのも知らなかったよ。高校の文化祭でこんな企画、よく通ったなあと」
「そこは俺らの力よ」
 その声とともにヘッドバンドにマスクをつけた制服姿の男が、親指でドヤ顔の自分を指しながら現れた。
「……誰?」
道端草助みちばたそうすけだよ! 銅級ブロンズランクスパイの! 何度か夜桜よざくら邸にも遊びに行っただろ」
「あ~……ごめん興味ないです」
「覚えてないじゃなくて興味ない!? 一応同じ高校の先輩なんですけど!?」
 落ち込む草助をおいて、嫌五が説明する。
「こいつの存在感を消す技・陽炎かげろうと、俺の変装があれば、企画一個通すくらいわけねえのよ」
「うわあ悪側だ」
「ハハハおもしれえのはこっからだ。見てろ、次だぞ」
 七悪にやや引かれていることは全く気にしていない様子の嫌五がステージを見るようあごで指す。言われるがまま七悪が目をやると、ちょうど今は出場者が順番に登場しているようだった。
 司会進行役の女子生徒がマイクを力強く握りアナウンスする。
『エントリーナンバー四番! 飛び入り参戦、夜桜四怨さんです! 不思議の国のアリスモチーフ、頭の大きなリボンが可愛かわいらしい、フリフリのエプロンドレスで登場だあ!』
「てめこら嫌五ぉ!」
 袖から出てきたのは、アリスのコスプレをバッチリ決めた四怨だった。リボンカチューシャから、つま先の丸い黒のパンプスまで、少女らしい可愛さが詰め込まれている。明らかに嫌五チョイス(悪意あり)だ。
「何でこんなフリフリの可愛い系なんだよ! もっとクールなやつとかあるだろ!」
 四怨特製指向性スピーカーで、舞台上からの文句は嫌五たちだけに声が届いている。
 怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にする四怨に対し、嫌五は涼しい顔だ。
「いや~似合ってるぜ四怨。四怨という素材にはやっぱり可愛い系が一番だな」
「どこがだ!」
 納得いかない様子の四怨をよそに七悪が嫌五に尋ねる。
「ていうかそもそも何で四怨姉ちゃんが出てるの? うちの生徒じゃないのに」
「お祭り感ある企画にしたかったからな。飛び入り参加、部外者もOKの何でもあり大会にしたんだ。んで四怨に『ラストティーン目前だと、高校生のまぶしさには負けるんじゃね?』って言ったら『やったらぁ!』って」
(うちの兄ちゃん姉ちゃんは何でこうも簡単に挑発に乗っちゃうんだろう……)
 末っ子の俯瞰ふかんは、兄姉の弱点を冷静に見抜いていた。
「結局、在校生はいなくて参加者のほとんどがふざけた近所の大学生とかだけどな。俺にとっちゃお姉さま方も最高だが」
 草助が聞いてもいないのに補足して、七悪は無視をした。
 すると嫌五は七悪と肩を組んだままぐっと顔を近づけ、ささやく。
「それに、高校生は、クラスに自分だけのアイドルがいるもんだろ? こんなんで順番つけたってしゃあねえ」
「……何のことだか」
 七悪は嫌五から目線をそらすが、ちょうどその先にいたりんねに目が留まった。意外にも興味深そうにステージをじっと見ている。
「もっと早くに知ってれば……」
「えっ!? 北里さん出る気だったの!?」
 まさかの発言に驚きつつ、七悪の脳内にはいろんな服装のりんねが現れた。ゴスロリ、チャイナドレス、ヘビの着ぐるみ、カエルの着ぐるみ、ワニの着ぐるみ……。
「バジリスクにヤマタノオロチのコスプレさせたかったなって」
「ああ……さ、流石さすがに認められないんじゃないかな……」
 りんねの言葉で我に返った七悪だが「そこは文字通りバジリスクのコスプレじゃないんだ」というツッコミは浮かばなかった。
『それでは一次審査に入ります! 評価項目は第一印象。容姿だけでなく、登場時の振る舞い、衣装なども評価点です』
 大会は進行していき、参加者に点数がつけられていく。
「は~たのし。あとは四怨が優勝して終わりか」
 満足げな嫌五が呟くと、四怨の点数が発表される。
『気合の四番、夜桜さんの点数は……八点!』
「ん?」
『高得点ではありますが……惜しくも満点は出ませんでした。現在二位です。審査員の校長先生、コメントお願いします』
(審査員校長なの……)
 謎の人選に思えたが、会場は何故かすんなり受けいれていた。
 まるで入学式や始業式のような自然な収まり具合で座る校長が一礼からコメントする。
「はい。四番の夜桜四怨さん。素晴らしいクオリティの衣装です。これが単なる衣装コンテストなら、満点でもよいのでしょう。ですがこれはコスプレコンテスト。キャラクターになりきる、という点では、恥じらいが見えたのはいただけない」
 落ち着きのある低音ボイスが、それっぽいことを言う。
「私は教育者として、出題からズレた解答に、花丸をつけることはできないのです」
 会場はそのコメントにうなったが、納得しない者が一人いた。
「おいおい視野が狭いんじゃねえか? これもコスプレの魅力だろうが!」
 兄弟大好き夜桜家、しかも衣装をプロデュースした嫌五その人である。
「コスプレは表現だ、変装じゃねえ。行きつく答えは無限にある。四怨という中身の人間が、衣装というガワをまとうことで生まれるマリアージュ、それだってコスプレの醍醐だいごの一つだろ。可愛い服に抵抗があって恥じらいを見せる、そんな四怨のいじらしさまで含めての魅力だコラァ!」
「私がルールブックだ、黙りなさい。皆さんが静かになるまで何分でも待ちますよ」
大人おとなねえな!」
「悔しかったら……二次審査で私の評価を覆してみなさい」
「やったろうじゃねえか! うちの四怨が一番ってとこみせてやらあ!」
(ああ、嫌五兄ちゃんもあおり耐性ないなあ。そして、四怨姉ちゃんも褒められて顔真っ赤だ)
 脳内ツッコミに忙しかった七悪がふと我に返る。
「……ごめん、北里さん。カオスで……」
「え、なに? 聞いてなかった」
 りんねは首に巻いたバジリスクにどんな衣装を着せるかを考えるのに夢中で、ホモ・サピエンスの美醜には無関心だった。
 こっちもこっちだなあ、と七悪は思うのだった。

「認めましょう……優勝は夜桜四怨さんです」
「「うっしゃあ!」」
 嫌五プロデュースの様々な別衣装をまとい、二次審査のポーズ審査を乗り越えた四怨が、ヒートアップして自らも壇上に上がった嫌五と力強いハイタッチを交わした。
 まるで生徒の卒業を見送るかのような晴れ晴れとした表情の校長からトロフィーを受け取り、見事四怨の優勝で大会は幕を閉じる。
 大会を終えた四怨と嫌五を七悪が出迎えた。
「おめでとう四怨姉ちゃん。何を見せられたんだという気持ちもあるけど」
「嫌五のおかげだな。まあそもそも嫌五のせいだけど」
「いいじゃんいいじゃん優勝したんだし」
 反省の「は」の文字も見えない嫌五は、むしろ満足げだ。
 後半の盛り上がりには流石のりんねも注目していて、四怨に拍手を送った。
「とてもきれいでした。もしバジリスクが出ていてもあなたには勝てなかったでしょう」
 知らない人からの独特な賛辞に、四怨は戸惑いと恥じらいを半々にしながら答える。
「お、おう……ありがとな。ええと、七悪の友達か?」
「北里りんねとバジリスクです。七悪君と、あなたのことを探していて……」
「ああ、完全に忘れてた! ちょっと四怨姉ちゃんに探し物を頼みたくって」
 りんねの言葉で謎の生物のことを思い出し、七悪は事情を説明する。
「黒くてでかい、校内に潜む生き物? 情報がふわっとしてんな。んーまずは聞き込みするか」
 すると四怨はタタッとスマホを操作した。
「校内にいる人間のスマホのメッセや呟きを一斉に集めて、関係ありそうなワードを抽出した。……見たってやつは確かに何人かいるな。だが、ほとんどが黒い影を見た程度だ。こりゃすげー素早い生き物かもな」
 それを聞いて嫌五が推理する。
「黒くて速い生き物なら、アイさんかゴリアテじゃね? 殺香あやかが連れてきてるぞ」
「確かにその線はあるかも……」
 言われてみれば、そんな生き物が実在するとすればスパイ関係というか、裏社会関係の可能性は高い。
「北里さん、見に行ってみる? 哺乳類だけど……」
「ここまで来たら確かめたい。未知の生き物の可能性もまだあるし」
 哺乳類への興味は薄いりんねだが、この際そこは問題ないようだった。
 そこでやっと四怨が気付く。
「てか悪い。自己紹介が遅れたな。あたしは四怨。七悪の三つ上だ」
「おいおい四怨まだ名乗ってなかったのか。七悪のガールフレンドに失礼だろ~」
「ちょ、嫌五兄ちゃん!?」
 瞬間、七悪が顔を赤くする。
「北里さんはただのクラスメイトというか友達というかええと哺乳類には興味がないし……」
「七悪君は興味深いです」
「ほえ、北里さん!?」
 うろたえる七悪に対し、りんねはクールだ。
 おお、と盛り上がる姉と兄。
「七悪君、変態できますよね。普通じゃない生き物……気になる」
「そ、そういう意味ね……あ、あはは」
 恥ずかしそうに頰を搔く七悪に、大事なことだよ、と力説するりんね。
「お兄さんたちもやっぱり変態できるの? 先天的? 後天的? 普段の食事は何を――」
「ああ、もう行こう北里さん! 目当ての生き物はきっとこっちだよ」
 質問攻めに発展しかけるりんねを相手にしながら、七悪はアイさんたちを探しに行った。
 そんな二人を見送る四怨と嫌五。
「「甘ずっぺ~」」
「やっぱいいな高校生」
「俺たまに潜入してるぜ、趣味で」
「なんの趣味だよ」
「学ランの俺とか需要ありまくりだろ」
「ナルシうぜー」
 なんて会話をしながら、二人は文化祭を再び回り始めた。

「……あれ、また俺忘れられてる?」
 いつも通り存在を認識されなくなった草助が、その場に取り残されたのだった。


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