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【試し読み】正反対な君と僕 サニー&レイニー

『正反対な君と僕 サニー&レイニー』発売を記念して、本編冒頭の試し読みを公開させていただきます。


あらすじ

少年ジャンプ+連載の等身大ラブコメが初の小説化! いつものように登校した鈴木だが、谷くんの様子がいつもとはちょっと違っていて......!?西さんは好きな本を山田に貸すことになったのだが......!?ある一日の出来事を3組の視点から描く連作短編集!

それでは物語をお楽しみください。

序章  鈴木さん、登校する。

ねこがわ・河川敷:十九時〇〇分 晴れ』

 花火が夜空に打ち上がる音に合わせて、ぐっと緊張が高まった。
 ひとつ、ふたつ、涼しげな破裂音が空を包む。川の向こうで空に花が咲いて、溶けるみたいに垂れ落ちて消えてなくなると、ほんの一瞬だけ緊張がほぐれた。
 ……だけど、それは本当に一瞬。
 今度はこの河原かわらに私たち以外に誰もいないことを意識させられる。
 ヤバい。自分のしんぞうの音まで、はっきり聞こえてきた。
「た、たにくん! こ、今年もさ、二人で来られてよかったね……花火!」
 慌てて彼に呼びかける。三発目の黄色い花火をバックにして、眼鏡めがねの奥の切れ長のひとみが私を優しく見下ろした。静かだけど聞き取りやすい声で、谷くんは淡々と答える。
「……うん。去年、鈴木さんに約束したから」
 その声の距離感で、れいな痩せた身体からだが思ったよりそばにあることに気づいた。
 去年と変わらない服だけど、去年より背が高くなり、私より頭ひとつ大きな谷くんが触れるほどの近くにいた。威圧感はない。放っている空気感は柔らかくて、なんだか温かい。
「あ、あのときはさ、スマホ落としてキャッチしてくれたよね。谷くん」
「うん。危なかったね」
「そうそう! あのまま落としたら崖の下に真っ逆さまだったし!」
「うん。それと――」
 谷くんが何か小さくつぶやく声は、「ばん!」と紫色の花火の音にかき消された。
 私が「え?」とき返すと、彼は私を見て静かに言った。
「……今日のかみがた、あのときと同じだね」
 ――ああ、なんだ……。
 今日の私はあの日と同じく頭のてっぺんにお団子を一つ作った髪型だ。そう言う谷くんも変わらないけど――。私はてっきり、あのときの続きの話をしているのかと思って、どきりとしてしまった。
 声に出せないまま、私のかたに突然谷くんの手が優しく触れた。
 このまま近づいてきてほしい。だけど、近づいてきてほしくない。
 ――だって! まだ心の準備が!

『鈴木家:六時四十五分 晴れ』

 朝六時四十五分のアラームの『イエティ体操』が、部屋に鳴り響いていた。
「夢オチか……」
 思わず口から言葉が漏れた。心臓はまだ夢の続きみたいにばくばくとしていた。
 でもまぶたの裏から僅かに感じる日差しが、私を現実に引き戻す。
 枕の横には、夜ふかしの原因が積んであった。実写版をたばかりの少女漫画だ。昨夜、夢とほぼ同じ展開を読んだばかりだった。実際はこのまま見開きで最高のシーンに入るはずなんだけど、私の夢はおしまいみたい。
 ――朝からすごい喪失感……。
 でも、時間的には現実に帰らないとしょうがない。
 口元のよだれを袖で拭き取り、目をぱちっと開ける。ちょうど『イエティ体操』の一番が終わった。二番も聞きたいけどアラームを切った。
 起き上がってすぐ、上半身を伸ばして、髪を軽くぐしく。
 ――うわー、これ絶対爆発してる。花火になってるのは私の髪のほうだ……。
 続きがみられるなら二度寝したいなぁ、と思いながら、階段を下りる。

「おはよー」
 お父さんとお母さん、それと一応、兄ちゃんにも挨拶した。兄ちゃん以外のふたりからは「んー、おはよー」「いつもよりは早いわね、今日は」とすぐに返ってくる。
 椅子に座ると、右隣に座る兄ちゃんは瞼が半開きで、挨拶も聞こえてないみたいだ。理由は決まっている。どうせ朝帰りだ。
 そんなことより朝食にしよう、朝食。
「わー、おいしそう!」
 数分後、テーブルの上にはごまドレッシングのかかったサラダに、さけとおみそ汁とご飯が載った。おわんを手に取ると温かさに、ちょっと元気が湧いてくる。
「いただきまーす」
 一口食べる前に、テレビのアナウンサーが地元の天気を教えてくれた。
『――の天気は、本日は一日中晴れる見込みです。降水確率は十パーセント。傘の必要はないでしょう』
「あ、じゃあ今日の体育できんじゃん!」
 今日の三限目は体育だ。テニスが楽しみだった。ホームランになりがちだけど、今日は華麗に決めたい。テンション上げながら、ご飯を口に運ぶ。
 ごちそうさまを言ったあと、すぐ洗面台へ向かった。歯を磨いてぬるま湯と洗顔フォームで顔を洗う。化粧水と乳液を顔中に延ばして、気になるニキビにクリームを塗った。今日はちょっとむくんでるかも。ネットで調べた小顔になる体操を少しやっておく。
 相変わらずもふもふと爆発している寝ぐせも気になった。
「ここはお団子に巻き込んじゃえば目立たないか……?」
 試しに髪をいろんな形に丸めていたら、背後に兄の気配を感じた。
「……お前。寝ぐせなんて直しても変わんねーぞ?」
 兄は、相変わらずゾンビのように半分死んだ目のまま後ろに立っていた。
「え? それ、め言葉?」と一応、明るく訊き返してみる。
「……はぁ?」
「いや、だから。どんな髪型でも可愛かわいいよ♡ってこと?」
「『焼け石に水』って意味に決まってんだろ。てか、邪魔」
 どんっ、と力で押しのけられて、狭い洗面台を奪われる。痛くはなかった。
「クソ兄~! むかつく!」
 こっちも、ひじで小突いて仕返しするけど、それこそ焼け石に水だ。力では兄には敵わず、びくともしない。もうしょうがない。あとは自分の部屋でやろう。
 ――この不満は、今日の体育で解消してやる!

 部屋に戻り、小さな鏡を凝視しながらまつ毛をビューラーで持ち上げた。化粧下地。小さなニキビをクリームで隠していく。このあいだ見つけたマスカラを塗る。まゆを描き、そしてほおにそっと淡い桜色のチークを塗った。
 前髪に軽くアイロンをかけて、お団子を二つ作って空気を含むように整える。
 どんなに急いでいても、場所がなくても、お洒落しゃれは極力手を抜きたくない。〈自分がイメージしている自分〉になるような、そんな快感を私にくれる時間だからだ。
 仕上げに両方の耳たぶにハートマークを装着する。
 ハート型は学校に行くときによく使うピアス。何種類もあるから、その日の気分で決めている。今日のカラーを直感で決めて、つけてみた。これが綺麗に飾れると、子供のころに見た変身ヒロインが変身完了するときのことを思い出す。
 ――今日一日を戦い抜ける感じ!
 そして鏡のなかでいろんな角度で自分を見る。
 オレンジ色のピアスが良い具合の光沢を放っていた。天気に合わせたのは正解かもしれない。
 いまのテンションは、まだちょっと家でのんびりしたい気持ちと、早く学校に行きたい気持ちの、ちょうど中間あたりまで上がっている。昨日きのうのうちにちゃんと時間割通りの教科書とノートを詰め込んでおいたリュックを背負って、階段を下りていく。
「行ってきまーす!」
 息を大きく吸い込んで、家を飛び出していく。
 本当に天気予報の通り、快晴だった。土日に降った雨で、道路はまだ少し水たまりを作っているけど、真っ白な雲は青空のはるか遠くに見えた。

『通学路:八時十五分 晴れ』

 通学路を軽い足取りで歩く。
 時間的にはまだ少し余裕。ゆっくり歩いても間に合うはずだ。
 でもランドセルを背負った小学生たちを目にする数が少なくなってくると、スマホで一応時間をチェックする。もう小学校の始業時間くらいなんだ。
 やがて、うちの高校の生徒がたくさん目に入ってきた。校門はもう近い。みんなゆっくり歩いている。
 すぐに校舎のガラス張りの面と、ほどほどの時間を指す大時計が少し見えてきた。
「よっ、鈴木」
 ふと後ろからぽんっ、と私のリュックをたたいて現れたのは、ハイトーンカラーの巻き髪のクラスメイト・あずまだった。
 東は途中で買い物してきたのか、コンビニの袋を手にぶら下げていた。
「東、おはよ~」と返す。
 朝の東の瞼は普段より半目だ。でも化粧には、相変わらず手抜きの気配がない。東は化粧がうまい。りの深い素材の良さを最大限に引き出す方法を、感覚で知り尽くしているみたいだった。海外のモデルさんのように見える瞬間もある。
 東はきょとんとした顔で言った。「鈴木、今日はバイク送迎じゃないんだね」
「兄ちゃんに頼るのは、急いでるときとやる気出んときだけだから」
「毎日使っちゃえば楽じゃん?」
「いやー、でもあんまりあの兄に頼みたくないし」
 東は以前、あの無神経でワルっぽい兄を「紹介してほしい」なんて言ったことがある。ちょっと趣味を疑ったけど、東は良い友達だから、あんまり悪趣味な男にばっかりかれるのは心配だ。だからいつもそれとなく悪い男は避けるようにくぎを刺す。
 それから東と二人で兄の話をしながら、校門まで歩いた。
「!」
 そんなとき、ふと私は、目の前にある女の子の姿を見て、東の背中に隠れる!
「どうしたの……?」と、東が不思議がる。
 私たちのすぐそばを、見たことのある女の子が音楽を聴きながら歩いていたのだ。
「ほら、あの子! めっちゃ可愛くない!?」
 と、私は東の肩をトントン叩いて、指をさす。
 名前は知らないけど、そこを歩いているのは八組の後ろのほうの席に座っている女の子だった。私は心のなかで〈八組の美少女〉と呼んでいる。いつもりんとしていて、人形みたいな気品が漂っている。
 見かけることはあっても、どんな性格の子なのか、私はあんまり知らない。わかっているのは、うちのクラスのお調子者の男子――やまと友達なことくらいかも。
「あ、ほんとだ。可愛いね」東が反応する。
「でしょ!?」
「あの子、知り合いなの?」
「うんにゃ。全然」私はかぶりを振る。「ほぼ話したこともない」
「なんだそりゃ」
 そうは言うけど、私からすればしょうがない。あの子と平然と話せる山田が不思議なくらいだ。……あ、でもそういえば、あの子と知り合いなのは山田だけじゃない。
 彼女と同じ八組の西にしさんもいる。彼女は、山田とイイ感じになっている図書委員の子だ。校則に合ったショートボブの黒髪と素朴な顔立ちで、小動物みたいな可愛らしさがある。
「もっと絡みたいんだけど、なんか気後れしちゃう~」
「いや、芸能人じゃないんだから……」
 東はあきれたように言った。

 昇降口に一年から三年まで、色々な生徒が吸い寄せられていた。私たちもそのなかに紛れていって、やがて二年七組の靴箱に辿たどり着く。
 今日もちゃんと間に合ったみたい。
 靴箱の前で、渡辺ナベ佐藤サトがちょうど靴を履き替えていた。
 先に私のほうが気づいて「おはよー!」と挨拶する。
「あ。おはよー、鈴木、東ー」
 ナベがこちらに気づいて、手をピンと伸ばして挨拶した。こしの少し上まで伸ばした亜麻色のストレートが揺れ、オン眉の下でぱっちり開いた目が元気そうに私を見た。
 そして、ぽてっ、とナベの上履きが手から落ちる。
 彼女は見下ろしもせずにその上履きにスッと履き替えていく。彼女のフットワークはいつも軽い。歩いているだけでも彼女の周りには重力がないみたいに感じるときがある。
「おはよう。珍しいね、みんなそろうなんて」
 サトの落ち着いた声が聞こえた。ナチュラルメイクの朗らかな笑顔がこちらに向いた。黒々として整ったまつ毛のおかげで、サトにはいつも程よい目力がある。だけど、それでいてサトの表情はどんなときも少し柔らかい。
 私ら四人はよく一緒にいる。でもこの時間にばったり会うなんて。
「登校時間かぶるの珍しくない?」
 私の言葉に「まあねー」とか小さくリアクションが返ってくる。
 ガールズトークは四人分になってなおさら音量を上げ、教室の前へと進んでいった。
「あ。鈴木、オレンジも持ってたんだ?」と、ナベが気づいてくれる。
「んー。なんか気持ちよく晴れてたから。いいでしょ」
「今日の体育にはちょうどいいくらいの天気だよね」これはサト。
「うん。なんか今日はあの太陽にホームラン届く気がする!」
「鈴木じゃ無理でしょ」と、東が言う。
「辛辣」
「あれ!? なんだ、朝からお前ら揃って」
 廊下で山田が、さらなるだいおんじょうでガールズトークの声をかき消した。
 教室近くの水道で手を洗っている真っ最中だったみたい。
 おはよー、と一応挨拶を返したあと、東が目を丸くして言う。
「山田、手ぇ洗うことなんてあるんだ……」
「あるわ。俺を何だと思ってんだ」
「大丈夫? ズボンで拭いたりしない? ハンカチ持ってる?」
「それもあるわ。一応」
 そう言って山田は、くしゃくしゃのハンカチで手を拭いた。
 ツーブロックに刈り込み、きんぱつに染めてワックスで遊ばせた髪。切り揃えて整えた眉。かなりお洒落にこだわっているけど、こうした小物の扱いは雑だ。
 山田の口は閉じていることが少ない。山田はずっと笑っているか、ぼけーっとしている。何も考えずに、それでも楽しく生きているタイプだと思う。
 言ってしまえば裏表のない良いやつだし、山田のテンションを見ているとこちらも元気が湧いてくる。山田には、ムードメーカー、という言葉がぴたりとはまる。
「もうすぐ時間だから急いだほうがいいぞ」
 山田にそう言われて、私たちは少し早歩きに教室に向かった。

『2年7組教室:八時二十六分 晴れ』

 ホームルームまであと四分というベストタイミングで登校が完了した。
 ――なんだ、そこまで時間ないわけでもないじゃん。
 教室に入ると友達がたくさん。目に入る、取り込み中じゃなさそうな子には順番に「おはよー」と挨拶していく。
 やがて茶色い髪の、座高の高い男子が窓の外を見ていて、たいらだとわかった。平は他のみんなと違って体操服を着ている。振り返って、私の挨拶に「うっす……」と返す目は軽く死んでいる。私は平の顔をのぞき込む。
「なんか今日の平、大丈夫? いつもより死んでない?」
「いつも生きてるわ」
「てか、なんでもう体操服なん? ……体育が待ちきれない?」
ちげえよ。制服がれたんだよ」
 水遊びでもしてたんだろうか。……まあいいや。平はたまに口が悪いけど良い奴で、最初は暗いトーンで返すことが多かったけど、このごろけっこうノリも良い。
「じゃ、平またあとでね」
 手を振って、背中で平の「おう」を聞く。
 あとはもう、私の足は少しはやあしになる。
 だって、このまま進めば隣の席にはいつものあの人がいるからだ。

 ――谷悠介くん。
 も夢に出てきた人だ。もともとは隣の席で私が一方的に絡んでいただけなんだけど、いろいろあって、いまは一方通行じゃない。
 私の、彼氏だ。
 ……具体的にどんな人かっていうと、優しくてよく気が付いて、何より自分を持っている人。クラスでは地味な存在で、私とは違う真面目まじめな委員長っぽいタイプだった。
 谷くんはあまりお洒落に関心はなく、ナチュラルなかっこうをして、いつものスクエア型の眼鏡をコンタクトやお洒落眼鏡に変えたりはしない。黒髪をほどほどに切り揃えて、ほどほどに痩せている。
 谷くんの飾り気のなさは、隣にいてどこかほっとする居心地にもつながっていた。
 毎朝、彼のそんな雰囲気が、私の心に最大限の癒やしを補給してくれる。

 ……でも、いざ席に到着すると、今日左隣にいるのは何か違う男子だった。
 ちょっと似てるけど、眼鏡をかけた、谷くんではない誰かがいる。
 ――あれ? 谷くんはどこに行ったんだろう。誰かが席借りてるのかな?
 そう思ってもう一度よく見てみる。
 ――うん? そもそもこんな男子、うちの学年にいたっけな? 違う人? ん? 谷くん? あれ? ちゃんと、同一人物……か?
 すると、じろじろ見てしまった相手の男子がこちらを焦ったように見る。
「……おはよう」
 こちらを向いてそう言ったその声、そして眼鏡の向こうにあるまなざしは、間違いなく谷くんのものだった。
 でも、いつもの谷くんじゃない。ぱっと見、そう見えないのだ。
 いろんな混乱が消え、すべてを理解してから、私は思わず叫んだ。

「えーっ!? ど、どうしたの、谷くん!?」

 谷くんが、いつもと全然違う――!?


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