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【試し読み】ボクらがキミたちに恋をして

ひさしぶりのオリジナル作品更新。『魔術士オーフェン』シリーズ、血界戦線ノベライズなど秋田禎信先生に『恋愛』をテーマに原稿をお願いしました! 恋愛賞応募者の参考になればいいな、と思ってます。

作者プロフィール

秋田禎信
17歳でファンタジア長編小説大賞へ準入選、作家デビュー。『魔術士オーフェン』シリーズは1000万部を超えるヒットとなり、2度のアニメ化。ライトノベル、文芸を横断し活躍する。

あらすじ

夜中に目が覚めると、ぼく―九谷光太郎―は屋根の上にいた。そして、隣に女の子がいる。 逢空優梛だった。 幼馴染の。「ヒリ様? どうなさいましたか?」 そうだ。彼女はぼくを九谷光太郎だとは思っていない。 そして彼女も逢空優梛じゃない。とりあえず、今この瞬間は。 数百年を経てようやく逢えるようになった第二史ロスメキアン人の恋人たちが、ぼくらの脳内にいる。


それでは物語をお楽しみください。

秋田禎信『ボクらがキミたちに恋をして』

 夜中に目が覚めると、ぼくは屋根の上にいた。
 驚いて滑り落ちそうになった理由はいくつかある。ただ、いきなり屋根の上にいたことはそこに含まれない。それは知っていたからだ。先週、朝起きた時スウェットの下に鳥の糞のような汚れがついていて、怒って問いただしたところ「屋根の上にいたから」って答えだった。その時に、次からちゃんと敷物を用意していくよう言い聞かせた。まあそれは関係ないんだけど、とにかく、ぼくが寝ているあいだ屋根の上に行っているというのを知っていたのはそんなわけだった。
 咄嗟に敷物(ちゃんと敷いてくれていた。自分勝手な彼らだけど、強く言えばそれなりにぼくの意見だって通るのだ)を掴んで、滑り落ちるのを防いだ。彼女もぼくの身体を掴まえて助けてくれた。
 そう、彼女だ。ぼくが仰け反って落下しそうになった理由の第一は。
 相手が、知っている子だとは思っていなかったのだ。
 逢空優梛(あいそらゆうな)だった。
 幼馴染みの。
 理由の第二は、逢空優梛の顔があまりに間近にあったから。
 鼻が触れるかっていう距離で、息遣いの暖かさもほんのり感じた。唇に感触も残っていた……多分。思い込みかもしれないけど。でも、キスする以外にこんなに顔を近づけることなんてあるか?
 第三は、彼女のその顔が、今まで見たことのない表情だったから。
 第四は、近くで見た瞳があまりに綺麗だったから。
 第五は、髪の……もういい。きりがない。とにかく足元から脳天まで爆発が通り抜けたみたいだった。なにも考えられない。多分、きっと、一生、もう、うん、どうだろう、そうだろう、こんな朦朧としたまま治らないんだろうとまで思ったけれど、彼女の発した一言で我に返った。
「ヒリ様? どうなさいましたか?」
 そうだ。彼女はぼくを九谷光太郎(きゅうたにこうたろう)だとは思っていない。
 そして彼女も逢空優梛じゃない。とりあえず、今この瞬間は。
 数百年を経てようやく逢えるようになった第二史ロスメキアン人の恋人たちが、ぼくらの脳内にいる。

 それは二週間ほど前に初めて知ったことだった。
 違和感は、もっと以前からあったといえばあった。
 本棚の本の並びが変わっていたり。
 やった覚えのない宿題が、朝起きたら完璧に済んでいたり。
 学校に行こうとしたら、雨が降ったのは夜の間だけなのに、なんでか靴が湿っていたりとか。そういうのはたびたびあったけど、事実を知るまではそんなに気にしていなかった。
 さらにちょっと遡る話だけど、ぼくは高校生になって短期のバイトを始めた。
 前々から両親に言ってあったんだけど、あまりわりのいい仕事ってないねと嘆いていたら、母親が紹介してくれた。知り合いのショップの棚卸しや処分品を運んだりする、まあ軽い肉体労働だ。それはどうでもいいんだけど。
 なんで高校入ってすぐバイトしたかったかというと、スマホが欲しかったから。
 で、それなりに頑張った甲斐あって、遅い梅雨入りの前くらいに待望のスマホを購入した。安い機種だけど。
 買って帰った日、あれこれ機能を試して眠りについた。
 そして朝になって可愛いスマホを手に取ろうとすると、そこに一通のメモが添えてあった。
「一番新しい動画を見て――あと、はじめまして」
 ぼくが撮ったものではない……少なくとも記憶にないビデオが一件増えていた。
 そしてそれはぼくが撮ったものだった。
 記憶にないぼくは画面の中で、なんの戸惑いもなくこう言った。
「おはよう。ボクはヒリ。今は喪われた偉大なエガンボイド、第二史ロスメキアン王国の魔導技官だ。どうしても話し合わないとならない。キミがこの頃、夜更かしが過ぎる件について」
 あまりに呆気に取られたので、再生を一時停止したのは奇跡だったかもしれない。
 とはいえ止める意味があったわけでもないんだけど。ただとにかく、状況を呑み込む時間が必要だった。
「なにこのショッキングなやつ……」
 思わずぼくは、ひとりでそう言った。
 誰かのいたずらだろうかと疑ったけど、停止された動画に映っている顔は間違いなくぼくだ。こんな映像を偽造する技術、ぼくの知り合いの範囲内にあるわけない。ハリウッドでも多分簡単じゃない。
 再開すると画面の中のぼくは優しく微笑んできた。
「きっとキミは今、困惑しているだろう。今の時刻は四時五分二十七秒。キミが寝入って三十四秒後からこの映像を記録し始めた」
 と、画面がずれて壁の時計を映した。映像のぼくが言っていることは気味悪いくらい正確だった。
 そしてわざとなのかどうか、ベッドも見切れたけど、そこにぼくは寝ていなかった。
「キミは今熟睡している。この新しい……スマホっていうのかい。これをいじっていて就寝時間が随分遅くなったね。そのせいでボクは今晩、ケティチェネに会えない」
 彼は、いやぼくは不安そうに口をすぼめた。
「きっと彼女は怒ってる。明日会ったら、その言い訳をしないとならない。貴重な時間はまた潰れてしまう。深刻な問題だ。とても深刻な。こうしたことがこの頃多すぎる」
 画面の中のぼくは、落ち着いて見えたけどかなり怒っているようだった。
 夜更かしについては、まあ言われた通りではあった。バイトは毎日あったわけじゃないけど、なかった日でも新しい高校生活でバタバタしてたり、友達と遊んだりで、帰りが遅くなるのはしょっちゅうだった。
 弁当箱を早く返して欲しいのよね、いったん帰ってから出かけられない? と母親に文句を言われたりはしていたけれど、まさか動画の自分に責められるのは予想外だった。
 しかも言っていることが全然意味不明だ。寝ぼけていたにしてもひどい……さすがに見ていられなくて、そこで動画を消した。スマホ買ったら浮かれてこんなことになるのか、と結構へこみつつ学校に行った。ただまあ、この話自体は友達に受けた。見せろ見せろという流れになったので、消しておいて正解だった。
「きっとボクのメッセージを聞かずに消したんだろう。最大の過ちだ。でもボクも言っておくべきだった。これは重大な話なんだと」
 翌朝、また新たに追加されていた動画のぼくは前日にも増してキレていた。
 ただそれは怒っているというより、怯えているようにも見えた。
 まあ見えたというか……思いっきり顔に引っかき傷があったんだけれど。
 その傷はなんていうのか今はぼくの顔面にあって、痛い。
 人の爪で引っかかれたような形だけど、動画のぼくはその件については一切口にしなかった。触れるのも怖いみたいに。
 ぼくは遠い違和感が少しずつ現実に忍び寄ってくるような怖さを覚えていた。仮にぼくが寝ぼけてこの動画を撮っているんだとして……そしてこの傷までつけたんだとして、それでも目が覚めないものなんだろうか。
「承知して欲しいのは、キミが眠っている間のうち数時間をボクに貸して欲しいってことだ。そして必ず真夜中前に就寝すること。まずはそれだけお願いだ。詳しい説明は、これから少しずつしていくから」
 動画はそこで終わっていた。昨日より随分と疲れ切っていて、気力もないようだった。
「…………」
 しばらく考えてから、ひとまず、ぼくはやっぱりこの動画を削除した。
 この日は学校が休みだったので、昼のうちは部屋にこもって心当たりのある単語を片っ端から調べた。
 夢遊病、妄想性障害、統合失調症……どれも当てはまるようで当てはまらない気もする。
 ただなんであれ、自分がおかしくなっているんだとしたらそれを自分で診断できるものなんだろうか。
 それでも人に相談するなら、なにか確信できるきっかけが欲しかった。
 そのためにどうしたらいいか、あれでもないこれでもないとプランを練った。そしてどうしても欠かせないものを求めて家を出た。もう夕方前になっていた。昔はちょうど、こんな時間にここを走ったな……なんて思いながら近所の道を駆け抜けた。
 着いたのは逢空優梛の家だ。
 意を決してぼくはインターホンを押した。指が震えているせいで一回押し損ねた。これから頼もうと考えていることを思うと、気おくれなんて次元のものじゃなかった。自分が正気かどうかも分からない状況でなければ、こんなことできなかっただろうとは思う。

 逢空優梛とぼくの関係について。
 簡単に言うと幼馴染だ。小学生の頃はクラスがずっと一緒で、家も近所だったのでよく遊んだ。男子仲間の今にして思えばしょうもない悪ふざけなんかにも率先して参加するような子だった。球技をやらせても誰よりも上手かった。女子だけどまあ面白い奴、というのがぼくらの間での逢空優梛の評価だった。
 中学生になるとその評価は違ったものになっていった。
 ぼくは多分、それになかなか気づかなかった。逢空優梛とは同じ中学だったけど、クラスは一度も同じにならなかったし、疎遠になって正直それほど思い出しもしなかった。
 でも友達連中がひそひそと、他クラスの彼女の名前を口にするようになった。それでもぼくはまだ、髪をちょっと伸ばし始めただけだろくらいに思っていた。
 三年生になる頃には、逢空優梛はもはやすっかり見違えるようになっていた。
 迫る男子は多かったはずだけど、当人がいたってキッツイっていうのか……興味ないようで、そういうのは寄せ付けなかったらしかった。外見が綺麗になっても、中身は子供の頃からあまり変わってない気がする。
 成績も良かった逢空優梛は、ちょっと遠めの名門女子高に進学した。うちの学校からはひとりだけだ。いよいよ本格的に疎遠になったわけだけれど、実は毎朝駅で顔を見ていた。電車は反対なんだけど、必ず別ホームの反対側に並んでいたのだ。ここいらでは珍しい制服なので彼女は目立つ。ただそんな聞いたことあるようなデザイナーのブランド制服を着ながら、おばさんに押されたら鞄で同じだけやり返したり、朝から騒いでた酔っ払いに怒鳴りつけて喧嘩になり、結局ふたりして駅員に連れられていくのを見かけたりした(まあ多分遅刻しただろう)。
 インターホンに彼女の名を告げて、その場に待っていると。玄関が開いて逢空優梛が出てきた。部屋着に制服の上着を羽織って、髪もセットしていないという格好だけれど、正直ここまで走って息をあがらせたぼくのほうが惨めなくらいだった。
「あの……」
 ぼくが言うより先に、逢空優梛のほうが声をあげた。
「九谷!? えー、なに。九谷だよね。久しぶり?」
 いきなりの訪問なのに彼女がそんなに嫌そうではなかったので、ぼくは一応ほっとした。
 でも、ぼくの様子――つまり勢いそのままに走ってきて悲壮な話を切り出そうとしているぼくを見て、みるみるうちに逢空優梛の顔は曇っていった。
「え……なに言おうとしてんの? 変なことだったらやめてよ? ねえ。友達いなくなるの、ほんっとに嫌なんだから」
 彼女の誤解は理解できる。きっと飽きるくらい繰り返されたパターンなんだろう。
 ぼくは手を振って否定した。
「いや、変なことかもしれない……けど、ちょっと違うんだ。洒落にならないくらい変なことなんだ」
「洒落じゃないの?」
 功を奏したのか、逢空優梛は瞳を輝かせた。
「すごく変なこと? ドギモ抜かれる? ドギモってどのへん?」
「いや、それはよく分かんないけど」
 自分の身体を見下ろしてわくわくし出す逢空優梛に、ぼくは言った。
「ちょっと頼みたいことがあるんだけど、理由は説明できないんだ」
「なにそれ。それ面白い?」
「どうだろ。でもさ、エクソシスト覚えてる?」
 逢空優梛は覚えていたようだった。わりと期待して笑みを浮かべたから。

 逢空優梛に頼みごとをしてから家に帰った。
 そして夕飯後くらいの時間に、今度は逢空優梛がうちにやってきたものだから母親はちょっとしたパニックに陥った。
「いえ、あの、お母さん。わたしっす。ただの逢空です。覚えてないですか……?」
 逢空優梛がいくら言っても、うちの母親は去年他界した祖母の遺影を抱えて男泣き(?)するばかりだった。
「お母さん……見て。ついにうちの子が女の子を家に呼んだのよ。女の子よ女の子。くさくないし、騒がないし、ポテチじゃなくてフィナンシェを食べる生き物が、ついに我が家に」
「いや、食べますよポテチも」
 階段の下から微動だにしない母を後目に、逢空優梛とぼくは部屋に上がっていった。
 最後、母親が声を震わせながら言ってきた。
「あ、あああああの、光太郎? お母さんあとでお茶とか持っていって大丈夫? ままままさか、あんたその、それ嫌がる感じ? もうそんな? そんななの?」
「お茶とかいらないから」
 ぼくが即答すると、母親はひきつけを起こしたように仰け反った。
 明らかに地雷を踏んだ気配と、逢空優梛の真っ赤になった困り顔を見て、ぼくは急いで訂正した。
「逢空は、別にすぐ帰るよ。母さんが思ってるようなことじゃないからね」
 もともと時間をかけるつもりはなかったけれど、これでなおさらゆっくりできない感じになった。
 なので部屋に入って手早く準備を済ませた。逢空優梛のスマホとアプリを設定して、ぼくのスマホを机から部屋全体を写せるように置く。さすがに一晩中録画するのは容量的に無理だけど、これで今夜、逢空優梛のスマホでぼくを監視できるようになった。
 問題はここからだった。用意してあった荷造り用ロープとガムテープを逢空優梛に渡す。ぼくがベッドに横になると、妙にうれしげな逢空優梛がぼくの手足を縛って固定した。そこまできつくはないけど自力では脱出できない。最後に掛布団をかけると、ぱっと見にはただぼくが寝てるだけの状態になる。
 どうにか手際よく済ませたので十分くらいだったろうか。変な誤解を与えると悪いので、逢空優梛にはすぐ帰ってもらった。くれぐれも今晩よろしく、と言うと逢空優梛は「たのしみー。首とか回るんでしょ?」と機嫌よく帰っていった。
「あんた、ちゃんと送っていかないと……」
 母親が怒って部屋に来たが、いきなり寝ているぼくを見て勢いを削がれたようだった。
「……どうかしたの?」
「いや、ちょっと。早起きしたいからもう寝ようと思って」
「そ、そう……」
 釈然としないようではあったけれど、いろいろ情報量がパンクしてしまったのか、母はそれで退散した。喧嘩したんでも送るのは送っていかないと駄目よ、とこぼしてはいたが。
 いや、こんな状態でなければ送っただろうけど……
 とはいえまだぎりぎり日も暮れていない。焦ったおかげで真夜中まで五時間もあるのに縛られたまま待たないといけなくなってしまった。
 と。
「きゅー太郎」
 部屋にいきなり声がしたのでビビったが、しばらくして理解した。スマホからだ。
 逢空優梛だった。ビデオチャットになってるので通話もできる。話すことは考えてなかったけれど。
 彼女は帰り道の途中だろう。早く部屋にもどろうとしてるのか少し息があがっていた。
「そうそう。きゅー太郎だ。みんなそう呼んでたよね?」
「小学生の時はね」
「今は?」
「普通に、九谷とかだよ」
「そうなんだ……まあいいや。きゅー太郎、なんでわたしに頼んだの?」
 歩きながら話しているせいだろう。ぼくのスマホに映っている逢空優梛の顔は安定しない。口、鼻、肩……とあちこち細切れに映しながら、周りの風景もたまに分かる。もうほとんど家の前だったように見えた。
 机に置いたスマホの小さい画面に向かって、ぼくは答えた。
「いや……家族だと心配し過ぎて本気で大騒ぎになるかもしれないし、他の奴らも、真面目に付き合ってくれないか、真面目になり過ぎるかって感じがして」
 がちゃり、と音がした。
 逢空優梛が家に着いたのだろう。玄関の扉を開けて、ただいまーと言う声が入った。
 そのまま階段を駆け上がって部屋に入る。
 ぼくはちょっと気にしたけれど、逢空優梛はまったく躊躇もなかった。考えてみると向こうの部屋ものぞけてしまうことになるので、ごめんそれ考えてなかったと言い訳しようとしたのだけど、彼女があまりにあっけらかんとしているから言いそびれた。
 彼女はスマホを机かどこかに置いたのだろう。画面が安定した。改めて、逢空優梛が真っ直ぐにこっちをのぞいている。
「わたしって丁度いい?」
「なんとなくね。久しぶりなのにこんな用件でごめん」
 代わりにそっちを謝った。逢空優梛は手を振った。
「いーよいーよ。このくらいのほうがさ。なんかもう、しゃっこちょ……しゃっきょ……しゃっちょこばった? みたいなのばっかりでさー、新しい学校」
 結局、こんな話に彼女が食いついてきたのはストレスもあったのだろう。顔をしかめてぶつくさ続けた。
「あんまり考えずに学校決めちゃったけど、なーんか空気合わなくてさー。猫が発情して騒いでるのに『猫ちゃんたちが合唱してますわね』だって。女子高なんてもっとぶっちゃけた世界だって聞いてたのに。逆の意味で予想外」
「また慣れてくると緩むんじゃない?」
「どうかなー。渡り廊下に猫のウンチあってもさ。『あら。片づける人を呼んだらいかがかしら』よ。気づいた奴がやらないどころか、人呼ぶのすら人にやってもらおうとすんのよ」
「猫いっぱいいるんだね」
「いるのよ。山奥だから。まあそこはいいとこなんだけど、通学は電車乗ってバス乗って大変。おかげで始業時間は遅いんだけど、そのぶん帰り遅いのよね」
 しばらくは逢空優梛のそんな学校の愚痴を聞いた。逆にこっちの話もすると、逢空優梛は懐かしがった。さっきは言わなかったけど逢空優梛に頼むのを思いついたのは、単純に彼女がひとりで他校に行ったからというのもある。ぼくがなにかヤバい病気だったならどうしようもないけど……大したことない話だったら、みんなに内緒にしたかったからだ。
 でも怪我の功名だけれど、彼女に頼んだのは良かった。
 そのあと何時間も、逢空優梛とあれこれ話した。たっぷりあるようなあっと言う間のようなこの時間で、逢空優梛はすごくよく笑うし、怒るし、遠慮なく呆れるのが見れた。なにか言うと必ず顔が変わるから、もっといろいろなことを話したくなる。まるで大勢の逢空優梛がいるみたいに。
 彼女は気楽になんでも話したがった。何年も話してなかった分、以前のことを思い出しては笑い転げた……ぼくは転げられないけど。
 途中、逢空優梛が風呂に行った時は、画面から見れる部屋の中が気になった。ガサツな逢空優梛だけど部屋はかなり綺麗だ。古い映画のポスターが貼ってあって、趣味も昔と変わっていないのかもしれないな、と思った。彼女のお父さんが古い映画マニアで、そのコレクションをふたりで見ていたのだ。逢空優梛もぼくもホラーが好きだった。やがて飽きてしまったけど、当時はふたりで本気で怖がった。
 そんなことを思ってほのぼのしていると、逢空優梛が髪を拭きながら堂々と寝間着で部屋にもどってきたので絶句した。しかもうっすら見覚えのある、子供用パジャマを無理してまだ使っているのを見てだ。
 あったまっていい気分になっていたのか、鼻歌混じりにまた画面前に座ってから……多分、ぼくの顔を見たからだろう。逢空優梛ははたと自覚して、ぎゃあと叫んで横に吹っ飛んだ。次にもどってきた時には、夕方にも着ていた制服の上着を羽織っていた。ぶつけたらしい頭をさすりながら、誤魔化すように笑って、なにごともなかったと言い張って話を続けた。
 なんとなくいい奴だよな、逢空優梛……
 そうこうしているうちに真夜中が近くなってきた。気づいたのは逢空優梛だ。そろそろ寝ないとなんでしょ? と言うので、ぼくはそうだねと答えた。
「あのさ、きゅー太郎……思ったんだけど」
 ちょっと気まずそうに逢空優梛が言い出した。
「俺も」
 とぼくが思わず言うと、彼女はきょとんとした。
「え?」
「あ、いや、言い間違い」
 ぼくは慌てて言いつくろった。なんていうのか素で、きっと同じことを考えてるに違いないと思い込んでしまったのだ。こんなことどうでもよくなってきたから、もう少し話していたいと。
 逢空優梛は少し首を傾げてから、気を取り直して訊ねてきた。
「トイレ大丈夫?」
「…………」
 考えてなかった。


この作品の続きは「STORY MARKET 恋愛小説編」にてお楽しみください。


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