幼なじみが「九尾の狐」に憑かれた男がの悲恋……岡本綺堂『玉藻の前』

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さて、本日ご紹介する一冊は、岡本綺堂『玉藻の前』。

一四歳の少女・藻(みくず)と一五歳の少年・千枝松(ちえまつ)は互いに惹かれ合い、将来は二人で烏帽子(えぼす)を売って暮らそうと誓い合う仲だった。だがある日、藻が清水寺に参詣に出かけたきり行方知れずになる。やがて、狐が棲むという盛で倒れているのが見つかった藻は、意識を取り戻したものの何かに憑かれたかのように人が変わってしまった。藻はやがて貴族・藤原忠道(ふじわらのただみち)の屋敷に召し抱えられ、玉藻の前と名乗るようになる。
一方の千枝松は、想い人と別れることになった失意のうちに入水自殺しようとする。その現場をたまたま見つけて命を救ったのが、誰あろう、安倍清明の子孫である陰陽師・安倍泰親(あべのやすちか)だった。泰親は、千枝松を自分の弟子に取り立てる――。

という訳で、本作品は、「幼馴染が九尾の狐に憑かれてしまった主人公が、陰陽師の弟子になる」という、現代ライトノベルにしても非常に魅力的になるであろう関係性を軸にすることで、九尾の狐伝承を、悲劇として語りなおしているのです。

悲劇と言っても、九尾の狐の恐ろしさは十二分に描かれます。華やかな宴の場で甘言を弄して貴族の心に取り入り、対立する貴族同士を虚言によって潰し合わせ、文人を堕落させ、高僧を骨抜きにし、敵対者を陥れ、絶対の権力を手に入れるべく殿上人のところへ辿り着こうとする。彼女の行くところ、次々に不審な死が起きます。

泰親の弟子となった千枝松は、玉藻の前を退治しようとする師のために尽力するものの、幼なじみの情を突かれ、玉藻の前と泰親のどちらの味方につくべきか悩まされることになります。貴族の男たちにどんどん取り入っているくせに、昔の思い出を涙ながらに語って千枝松をも篭絡しようとする玉藻の前の姿がなかなかに邪悪。もちろん読者は、九尾の狐がどんな結末を迎えるかは知っているのですが、千枝松が最後にどんな決断を下すのかまでは知りません。最終盤で玉藻の前と千枝松が交わすセリフの応酬はどれも胸に刺さります。幼なじみを狐に奪われた男が迎える、悲恋の結末をぜひ見届けて下さい。