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【試し読み】『ONE PIECE novel LAW』

 

本日4月3日に『ONE PIECE novel LAW』発売になりました!!
発売を記念して、本編冒頭の試し読みを公開させていただきます。

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あらすじ

"北の海"スワロー島。恩人コラソンと死に別れたローは、"オペオペの実"の能力で珀鉛病を克服、「ギブ&テイク」を信条とする発明家ヴォルフと出会う。寝床と飯をもらう代わりにヴォルフの手伝いを始めたローは、ある日、島の海岸でいじめられている白クマを救出、彼を子分にする。その白クマこそ、のちにハートの海賊団の航海士となるベポであった。ベポをいじめていた少年のシャチとペンギンからも慕われ始め、4人はスワロー島にまつわる「海底を飛ぶツバメ」という不思議な噂の謎を追う。だが、彼らの前に凶悪な海賊が立ちはだかり...。ハートの海賊団結成までをノベライズ!


それでは物語をお楽しみください。

第一話

 ──死にたくない。
 ──死ぬわけにはいかない。
 それだけを思って、おれは足を動かし続ける。
 一歩踏み出すたびに、ざくざくと、雪を踏む音が耳に届く。
 もう、どれくらい歩いただろう。
 あたりに見えるのは、葉先のとがった木が並ぶ林と、一面の銀世界だけ。
 コラさんが言ってた〝となり町〟まで、どれだけの距離があるのか見当もつかない。
 ちくしょう。手足の感覚もなくなってきやがった。丸三日、何も食わずに歩いてるんだから当然だ。このままじゃ、珀鉛病(はくえんびょう)の前に、飢えと寒さで死んじまう。
 身体が重いし、眠気もひどい。このまま、雪の中に倒れこんだら楽になれるだろうと、そんな考えが頭をよぎる。
 だめだ。
 ここでおれが死んだら、恩人が報われない。おれの病気を治すために必死で駆けずり回り、その結果として命を落とした、コラソンという男に申し訳が立たない。
 おれは腰に巻きつけてあるポーチから、メスを一本取り出した。
 そして──
「あああああっ!」
 ──そのまま、自分の左腕に突き刺した。
「よし……これで、眠気は吹っ飛んだぞ……!」
 傷口に包帯を巻いてから、もう一度、歩き始める。こんな状態でイノシシやオオカミに襲われたら終わりだけど、余計なことは考えない。
 町へ、町へ。
 コラさんと会うことを約束した、〝となり町〟へ。

 ……足を動かすのもしんどくなってきた頃、ようやく、おれはそいつを見つけた。
「灯りだ……」
 間違いない。町の灯りだ。
「助かる、これでおれは助かるぞ!」
 そう口にすると、急に足取りも軽くなる。町に着けば食い物がある、あったかいスープも飲める、やわらかい布団でぐっすり眠ることもできる!
 すぐさま、レンガで外壁の作られた町へと辿り着く。入口の立て看板には〝プレジャータウン〟と大きく書かれている。これが〝となり町〟の名前なんだろう。ああ、遠くからでは気づかなかったけど、人も大勢歩いてる。これでもう大丈夫だ。あの人たちに声をかければ、きっとあったかい家の中に案内してもらえる。
 おれは急いで駆け出した。駆け出して、誰かに声をかけようとした。
 ──突然、足が止まった。
 町の入り口の前でおれは呆然とたたずみ、そして、これまで自分の身に起きたことを一気に思い出していた。
 それは、珀鉛病によって迫害された記憶。
 大勢の人たちに嫌われ、疎まれ、傷つけられた記憶だ。
 次々と、思い出したくもない過去がよみがえってくる。
 珀鉛病を伝染病だと思いこんだ人々によって、生まれ故郷のフレバンス──通称「白い町」──が隔離されたこと。
 世界政府に見捨てられ、戦争が始まり、両親も、妹も、教会の仲間も殺されたこと。
 死体の山にまぎれて、フレバンスから逃げ出したこと。
 コラさんと一緒に回ったあちこちの病院で、ゴミのように扱われ追い出されたこと。
 ロクでもない記憶ばっかりだ。
 町を焼かれ、親しい人を殺されたあの日に、おれはもう何も信じないと決めた。
 ドフラミンゴのいるドンキホーテファミリーに入ったのも、ただ自分が死ぬ前に、できる限り世界をメチャクチャにしてやりたいと思ったからだ。
 おれには、絶望しかなかった。
 ──それでも、コラさんだけは、おれのために泣いてくれた。
 泣きながら、絞り出すような声で、おれの名前を呼んでくれた。
 おれにとってこの世界は地獄で、もう何も期待しないつもりだったけど、コラさんのおかげでもう一度、人を、人間を信じてみようって、そう思えたんだ。
 だけど今、おれの身体は動かない。
 大勢の人がいる町に入ることに、怯えてしまっている。
 また、迫害されるかもしれない。あの時よりももっと傷つけられるかもしれない。
 そう考えるだけで、足がすくんで震えてしまう。
 けど、どうにか足を前に踏み出し、町の中に入った。少し進んだところで雪かきをしていた人に話しかけてみる。
「あ、あのっ!」
「あら、あんた、その顔……」
 ……っ!
 バレた。珀鉛病だって、バレた。またあの目が襲ってくる。嫌悪の目だ。おれに生きる資格がないと、そう告げてくるような目だ。
「あ、ちょっと!」
 女の人が呼び止める声も聞かず、おれはそのまま走って町を飛び出した。会話を続ける勇気は、なかった。
 情けねェ。
 コラさん。おれはあんたに愛してもらえたのに、今もまだ、まともに人を信じることができないままみたいだ。

 あてもなくうろつき、途中の海岸で見かけた洞窟に入った。ここなら、少しは寒さもしのげる。ぐううと、腹が鳴った。食い物だ、食い物が欲しい。運のいいことに、洞窟の入り口には雪に触れていない、乾いた枝がたくさん落ちていた。太いやつも細いやつもある。
 おれは太い枝を何本か見繕って、キリモミ式で火を起こした。ドンキホーテファミリーで習ったサバイバルの知識がこんなところで役に立つなんて、皮肉なもんだ。パチパチと鳴る焚き火に手を近づけてみる。ああ、あったかい。
 でも今は、ゆっくりと休んでいる場合じゃない。狩りに出て肉を獲る、ってのは体力がほとんど残っていないことを考えると、現実的な選択肢じゃないだろう。おれは適当な枝の先に糸を結び、土を掘ってつかまえたミミズをくくりつけて、近くの崖から海に垂らした。即席の釣り竿だったが、すぐに二匹の大ぶりな魚を釣り上げることができた。
 腹が減って、もう限界だ。おれは急いで洞窟に戻り、内臓を取ってから枝に魚を刺して焼いた。香ばしい匂いが立ち上ってくる。美味そうだ。これを食って気力と体力を回復させよう。それから眠って、この先のことを考えよう。
 ──そう思った瞬間、全身を鋭い痛みが襲った。
 手足も頭も腰も、悲鳴を上げそうなくらいに痛い。呼吸も上手くできない。いつこういう事態になってもおかしくないのに、油断していた。
 三年と二か月。珀鉛病にかかった時、両親の残した医療データから算出した、おれの寿命。あれからもう三年近くが経った。コラさんと一緒にいた時にも、おれは一度、発作を起こしている。データの誤差を考えれば、今すぐに死んだところでなんの不思議もない状態なんだ……!
 だけど、どうすればいい?
 おれは〝オペオペの実〟を食った。コラさんの話だと、〝オペオペの実〟を食べたやつは〝改造自在人間〟になって、どんな病気でも治せる能力が身につくらしい。でもそれは、いきなり魔法みたいな力を使えるようになるってことじゃない。食べた途端に病気が治るって意味じゃない。
 おれがこの実の力を使いこなせなければ、どうしようもないんだ。
「くそっ!」
 思わず、地面に拳を叩きつけた。熱もだいぶ出てきた。〝死〟がすぐそこまで迫っている。その感覚がある。力が入らねェ。ふらふらと、おれは後ろに倒れこんだ。
 ……だめだ。諦めるわけにはいかない。
 だって〝オペオペの実〟は、コラさんの命そのものだ。
 おれのためにこいつを手に入れようとしなければ、あの人が死ぬようなことはなかった。
 だったら──
「だったら、おれが生き延びないと! あの人の死が無駄になっちまう! そんなのは、嫌なんだよ!!」
 おれは吼えた。コラさんの優しさを、最後に見せてくれた笑顔を、意味のないものなんかにしてやるもんか!
 ドクン。
 いきなり、心臓が強く脈を打った。
 ドクン、ドクン。
 動悸がどんどん激しくなる。
 ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン。
 まるで全身が血液のポンプになったみたいだ。
 だけどそれが悪いことには思えない。
 むしろ、自分の中の力が、目覚めていくような──
 ブウン、と大きな音が鳴った。
 気がつくと、おれを中心にして、ドーム状の膜のようなものが出現していた。
「なんだ、これ」
 まるで、ドームの中のすべてを見通せるような感覚。それこそ、自分の身体の内側までも覗けてしまいそうだ。目を閉じて、意識を集中する。脳、心臓、肺、胃、小腸、大腸、脾臓(ひぞう)……。分かる。臓器の位置から、筋肉や神経の流れまで、手に取るように理解できる。
「これが……〝オペオペの実〟の能力……!」
 身体の内側だけじゃない。このドームの中にあるものを、すべて自分で〝改造〟できるんだって、本能的に分かる。物を動かすことも、場所を入れ替えることも、自由自在だ。このドームの内側が、おれにとっての「手術台」なんだ。
「これなら、いけるっ……!」
 瀕死だった身体に、もう一度熱が入った。絶対に、珀鉛病を治してやる。強い決意が、おれを突き動かす。
 目を閉じて、もう一度意識を集中する。珀鉛病は身体の中に珀鉛という〝鉛〟の一種が溜まることで発症する病気だ。だったら、それをすべて取り除いてやればいい。一か所ずつ、丁寧に確認していく。そうして肝臓を診た時、そこに大量の珀鉛が蓄積しているのだと分かった。
 洞窟の中に置いてあった樽の前に移動し、おれは、自分の身体から肝臓だけを抜き取った。痛みはない。それが当然であるかのように、内臓を取り出すことができた。肝臓を樽の上に置く。
「さて、こっからだ……」
 肝臓を丸ごと切除する、なんてわけにはいかない。そんなことをやったら、珀鉛病とは関係なく死んでしまう。珀鉛を取り出して、もう一度身体の中に肝臓を戻さないといけない。おれはまず、肝臓のあちこちに散らばっている珀鉛を、能力で一か所に集めた。そうして、ポーチからメスを取り出す。
 両親から教わり、自分でも学んできた医療技術を活かす時がきた。……人間の内臓には、本当なら痛覚がほとんど存在しない。だけど能力で抜き取った臓器はおれの身体と繋がっているから、それを傷つければ、臓器を覆っている膜から痛みを感じてしまう。
 ふうう、と大きく深呼吸をした。どれくらいの痛みに襲われるのか、想像もできない。こんなことなら、麻酔薬でも用意しておけばよかったな。
 ……覚悟は決まった。おれは右手にメスを握り、それを──自分の肝臓に突き刺した。
「うあああああああああああああああ!!」
 激痛が走る。全身に電流が流れ、そのまま意識を刈り取られるような感覚……!
「はあ、はあ、はあ」
 それでも、オペは止めない。途切れそうな意識をなんとか繋いで、おれは珀鉛の溜まっている箇所を一気に切除した。再び、苦痛の声が漏れた。痛みで先に死んじまいそうだ。
 けど、まだだ。最後までやりきらないといけない。ポーチから取り出すのは針と糸。切除した部分の傷口を縫い合わせてから、肝臓を身体の中に戻した。
 手術、完了。
 体内の珀鉛を取り除いたことで、徐々に痛みや熱も引いていく。手術は、成功した。おれの命は、助かったんだ。
「見たかよ、コラさん。あんたが取ってきてくれた〝オペオペの実〟、おれ、ちゃんと使いこなせた……! あんたのおかげで、この命を、繋ぐことができたっ!!」
 洞窟の中で、おれは高らかに叫んだ。痛みを忘れるほどの喜びに震えた。
 と、安心したら、急に眠気が襲ってきた。
 焚き火があるとはいえ、意識を失うのはまずい。
 けど、体力ももう限界だ。少し……眠ら……ないと。
 薄れ行く意識の中に、コラさんが立っていた。
 コラさんはいつもみたいに、黒いフードをかぶり、おかしな化粧をして──おそらくは、笑っていた。

 ……あたたかい場所にいる。
 やわらかい何かに包まれている。
 幸せな夢を見ていたような気がするけれど、内容は忘れてしまった。
 徐々に、意識が覚醒する。
 目を覚ますと、おれはベッドに寝かされ、見知らぬ木造の天井を見上げていた。
「どこだ、ここ」
 ベッドから身体を起こして、あたりを見回してみる。部屋の中には机と椅子、たくさんの本が詰まった本棚、金魚の泳ぐ水槽、それから中で火が燃えている立派な暖炉があった。どうやら、おれは誰かの部屋に連れてこられたらしい。
 そんなことを考えていると、ガチャリという音とともに、部屋の扉が開いた。
「おう、やっと起きたか」
 見知らぬ老人が、スープを載せたトレイを持って入ってくる。齢は……六十歳くらいだろうか。オールバックの白髪、真っ赤なサンバイザー、変な柄のアロハシャツに短パン、足元にはサンダル。どっからどう見てもうさんくさいじいさんだった。いや、それ以前に、雪の降ってる真冬にする恰好じゃねェだろうとツッコミを入れたくなる。
 けど、そんなことはどうでもいい。問題は、こいつが何者なのかって話だ。……コラさんが上手くやってくれたおかげで、ドフラミンゴやドンキホーテファミリーの連中は、おれが海軍に保護されたと思いこんでる。でも、保護された子どもがおれじゃないとバレたら、あいつらはこのスワロー島全域を捜査して、おれを捕まえようとするだろう。
 それくらい、ドフラミンゴは〝オペオペの実〟の能力にこだわっていた。もし連中がおれに懸賞金でもかけていたら、おれをドフラミンゴに引き渡そうとするやつがいたってなんの不思議もない。
 ……目の前のじいさんが、すでにファミリーへ連絡して、あいつらがここに来るのを待っている可能性だってあるんだ。
「腹が減ってるじゃろう」、とじいさんは言う。
 じいさんはおれのそばに寄ってきて、ベッドの脇にスープを置いた。香ばしい匂いが鼻を刺激する。ごくりと喉が鳴った。この数日、おれは何も食ってない。今すぐにでもスープに飛びつきたい気分だ。
 けど、おれはそれを口にせず、メスを手に取って、一瞬で老人の背後に回った。左腕で首を絞めるような体勢のまま、メスを相手の喉元に突きつける。
「何が狙いだ、じいさん」
 体力はあまり回復していないが、じいさんひとりに後れをとることはないだろう。そう思って、おれは相手の目的を訊き出そうとした。しかし、老人はまったく動じない。
「やれやれじゃわい……ふんっ!」
「うおっ!」
 瞬間、おれの身体は宙を舞った。そのまま、床に背中から叩きつけられる。なんだ、何が起きた。
「年老いたとはいえ、かつては十二分に鍛えた肉体よ。小僧に背後をとられたところで、負ける道理なんぞありゃせんわい」
 ……どうやらおれは、目の前の老人に投げ飛ばされたらしい。たしかにおれはガキだが、ファミリーにいるあいだ、ひと通りの戦闘訓練はこなしてきた。それで油断したのかもしれない。
 素早く起き上がって、じいさんと向き合う。気圧されないよう、両目を見開いて、ぎろりと睨みつける。
「荒んでるのう。まるで飢えたケダモノの目じゃわい」
 じいさんはおれに攻撃を仕掛けるでもなく、スープ皿とスプーンを手に取った。そしてそのまま、おれに近づけてくる。
「食え。お前さんの身体は冷えきっていた。ロクに栄養もとっとらんのじゃろう」
 ああ、美味そうだ。茶色っぽいスープの中には鳥だか牛だかの肉も入っている。色とりどりの野菜も、食欲を刺激する。
 けど──怖い。
 このじいさんは、睡眠薬でおれをもう一度眠らせ、ドフラミンゴが来るまでの時間を稼ごうとしてるのかもしれないんだ。油断なんかするもんか、心を許したりなんかするもんか。
「変なものでも入ってないかと疑っとるのか……ふん。他人が、信じられんのだな」
 おれは何も答えず、じいさんから目を逸らさないよう必死だった。するとじいさんは、目の前で、スープに口をつけた。一口、二口、美味そうにスープをすする。
「これで、毒なんぞ入ってないと分かったろう。……だいじょうぶじゃ。ワシはお前の敵じゃない。正義の味方を気取るつもりはないが、死にかけのガキを相手に駆け引きするほど、腐ってはおらんわい」
 そう言って、じいさんがもう一度スープを差し出してくる。無意識のうちに、おれは左手でスプーンを握っていた。右手のメスはじいさんに向けたまま、そっとスープに口をつける。口の中いっぱいに、旨味が広がった。全身に栄養が染みこんでいくような感覚があった。
 気がつけば、おれは泣いていた。スープが美味くて、あたたかくて、命が助かったことを知って。そうした感情のすべてが混ざり合い、涙をこらえきれなくなっていた。
「ちくしょう……美味ェ……美味ェ!!」
 一度口にすると勢いは止まらなかった。メスを脇に置いて、おれは肉や野菜を掻きこむようにしてスープを飲みほした。腹が減ってるせいか、それは、これまで口にしてきたどんな料理よりも尊いものに感じられた。
「すぐに、おかわりを持ってきてやるわい」
 老人は笑っていた。
 まるで、拾ってきた猫がようやく懐いたとでも言うかのように。


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