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「屋敷さんはお人好し。」

何秒止まっていたのだろうか。凄く長い様な気もしたし、凄く短い様な気もした。ただ、目の前の天使(藤田ニコルさん)のキョトンとした顔を見る限り、割と止まっていたんだと思う。

「タバコ落としたら吸えませんよ?」

天使は俺のタバコを拾い、不思議そうに渡してくれた。

「す、すいません。」

天使はわざとらしくムッとした顔をした。俺は急いで言い換えた。

「じゃなくて、ありがとうございます!」

天使はわざとらしく笑ってみせた。俺はその笑顔が眩し過ぎて、目をそらす意味も込めて、すぐにタバコに火をつけた。

「ライターありがとうございました。」

俺は下を向いたまま、海物語のサムのライターを天使に返した。そのままタバコを大きく吸った。天使のせいで、味はしない。それでもとても落ち着く。ふと天使を見ると前かがみでじっと俺のことを見ていた。

「やっぱり、美味しそうに吸うんだよなぁ〜」

天使はにこやかに、それでいて不思議そうに俺にそういった。俺はわざとらしく笑った。

「あ、あざ〜す!!」

タバコを吸って落ち着けたのか、俺はおどける余裕があったみたいだ。天使は目を細めて言った。

「今の、、なんかムカつく。」

天使がそう言うと、俺たちは2人で笑った。目を合わせて笑った。周りから見たら、大げさなくらい笑っていたと思う。俺は、この笑い合った喫煙所を、今でも昨日のことの様に思い出す。忘れることなんて、、出来るはずがない。

「芸人さんだったんですね。驚きましたよ、出てきた時。美味そうにタバコ吸う人だ〜!って。」

「ちょっと!俺のイメージ、美味そうにタバコ吸う人ですか?」

「、、、はい。」

また俺たちは沢山笑った。

「凄く面白くて、最高でした。1番笑いましたもん!」

天使は少し上を見て、ふふっと笑い、タバコをくわえた。小さい口で小さく吸っていた。俺たちのネタを思い出し微笑んでくれたのだろうか。俺は嬉しくなった。りんたろーさんが言ってくれた、芸人の最もかっこいいところを、俺は天使に少しは見せれた様な気がした。ただ、引っかかることがある。

「でも、最もハマった芸人に選んでくれなかったじゃないですか〜!悔しかったなぁ〜」

俺はできる限りおどけてそう言った。本当に聞きたかったから恥ずかしかったのだと思う。今思うと少しワザとらしかっただろうか。天使は俺の方を見て、意地悪そうな顔をしてこう言った。

「独り占めしたかったから?」

「、、どうゆうこと?」

「私って、凄く気に入ったものがあったら、誰にも言わず私だけのものにしたいタイプなんだ。」

これが本当の言葉だったら、俺は動揺したと思う。しかし、意地悪そうな顔で、こっちを見る天使を見て、からかわれてるんだなぁと思った。

「どうゆうこと?それって、俺たちのこと気に入ってくれたってこと??!」

俺は動揺する心を隠し、からかわれているのに必死で乗っかった。目は泳いでいたと思う。

「気に入ってくれたってことは、好きになったってことでいいね〜!」

天使は少し考えてるそぶりを見せて。俺の目を見て言った。

「うん。いいよ。」

天使のその時の顔は、意地悪そうな顔というよりは、照れくさそうな顔に見えた。照れくさそうに、少しうつむきながらタバコを吸う天使は、本当に美しかった。天使はこっちの視線に気がつくと、慌ただしくタバコの火を消した。

「じょ、じょーだん!でもマジで気に入った!ファンになったよ!また一緒にタバコ吸おう!んじゃね!」

天使は革ジャンのポケットに手を突っ込み、大きい小幅でいそいそと歩いて行ってしまった。途中、一度だけ振り返り、俺と目が合うと恥ずかしそうに手を振った。俺はワザとらしく大きく振り返したら、遠くで天使は笑った。俺は、天使がやっぱり好きだ。そう思った、その時だった。

「あの娘はやめといた方がええで。」

「え!??」

振り返るとそこには、ニューヨークの屋敷さんが座っていた。

「屋敷さん!いつの間にそこに居たんですか?」

「なんやねん、俺やって気分良く穴場の喫煙所向かったら、いちゃいちゃしてるジャンボがおったんやないかい!」

「いちゃいちゃだなんてそんな、、ライター借りただけですよ。あ、先日はご馳走様でした。」

「なーに、かまへんかまへん!」

ニューヨーク屋敷さんは後輩の面倒見が良くて有名だ。屋敷さんは消費者金融にお金を借りに行ってまで、後輩を飲みに連れて行ってくれる。相談にも乗ってくれるし、誰からも頼られる兄貴肌。俺も信頼している。ただ、なんで屋敷さんはこんなことを言うのだろう。

「あの娘はやめとけってどうゆう事ですか?いくら頼りになる兄貴肌の屋敷さんでも、そんなこと言わないで欲しいです!」

屋敷さんは、わざとらしくため息をついて険しい表情をした。少しの間があってから俺に言った。

「ジャンボ、お前にはあの子の過去は背負えへんよ。」

「過去?どうゆう事ですか?」

「ほんまに好きなら、俺の口から聞かない方がええよ。まぁ、どうしても聞きたかったら教えてやるけどな。何にせよ、今やないと思う。」

屋敷さんは後輩の事を第一に考えてくれている。このタイミングでこれを言ったのも、深く今聞かせないのも、全て考えがあってのことだとも思う。屋敷さんの優しそうな表情をしてこっちを向いていた。俺は今は聞かないことにする。

「あ!!なんや〜今、ぱろぱろが揉めてるみたいや。俺、2人の話聞かないかんわ!」

「またですか?毎日そんな風に後輩の相談乗って〜!このお人好し!」

「ええねん、同世代の芸人なんて皆んな兄弟みたいなもんなんやから。」

ニコッと笑って走り去っていく屋敷さんの背中は凄くカッコよかった。この人の後輩でよかった。そう思う。

「天使の過去、、どんと来いってんだ!」

俺はタバコを一本くわえて、ライターを探した。そうだ、ライターは持ってなくて、さっき天使に借りたんだった。ため息をつく俺の横に、キラリと光るニューヨークのロゴ入りのライターがあった。ライターの下にはメモ書きが挟まっていた。

(たまたまライター忘れてもうた!笑)

「屋敷さんは、お人好しだなぁ。」

俺はそう言って、ニューヨークのロゴ入りライターでタバコに火をつけた。




続く。


これはフィクションです。


ジャンボに特茶1本奢ってください!