#52 7月6日はサラダ記念日ですが、他にも特筆すべき事のあった日です。
2018年7月6日、麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚の死刑が執行された、と朝起き抜けにテレビから流れる報道をみて、なんとも言えない気持ちを抱きました。
村上春樹の『アンダーグラウンド』を読んでいなければ、その報道を見ても、へぇそうなんだーと受け流してしまったと思います。
『アンダーグラウンド』は、村上氏が本人であることを明かさずに、地下鉄サリン事件の被害者の方に取材を申し込んでインタビューし、それを元に書かれたノンフィクション作品です。
地下鉄サリン事件の発生時、私は社会人一年目を終える時期で、前年の同日が大学の卒業式だったため、こちらの事件、非常に記憶に残っています。
とはいえ、特別関心を持っていたわけではなく、『アンダーグラウンド』は、書店で平積みになっていた文庫に目が止まり購入しました。確か、2006年前後だったと思います。
この作品を読み、昨日と同じ今日、そして明日があることを疑ることなく普通に暮らし、通勤通学、勤務していたら、突然、想像もしない被害に遭い、その後、被害に苦しんでいらっしゃる方々が大勢いることに、気づきました。
昨日と同じ今日、そして明日があることがどんなに尊いこと、という事をこの作品を通じて感じ取り、なぜ、このような事件が起きてしまったのかと、心底憤りました。
この作品は何度読んでも、すでに知っている内容にも関わらず、止めどなく涙が溢れます。それまで、犯罪被害者の方々について考えたことは無かったですが、その後起こる様々が事件のたびに、被害者やそのご家族について、あれこれと考えるようになりました。
また、事件発生時、電鉄会社勤務経験のある方や襲撃にあった駅の駅員さんなど、即行動に移してくださった方の証言からは、何かあった時には、微力でもすぐに行動しよう、という気持ちも芽生えました。
こちらの作品については、どなたかお一人について取り上げるよりも、ここまでお読みくださり、この書籍について心が動いた方はご自身でお読みになることをお勧めします。
役所広司さん主演の映画『すばらしき世界』鑑賞後、下記リンク先の西川美和監督と、スーパーの店長役で登場する六角精児さんとの対談記事を読み、原作が『身分帳』で、その原作者が直木賞作家の佐木隆三さんであると知って、佐木さんに関心を持ちました。
直木賞受賞作『復讐するは我にあり』を読後、映画を鑑賞し、佐木隆三さんの取り上げる人物に関心を持ち、『慟哭』も読んでみる事にしました。
『慟哭』は、地下鉄サリン事件の実行犯5名のうち、唯一、無期懲役の判決が確定し現在も服役中の林郁夫無期懲役囚の裁判について書かれた作品です。
拝読する前から、この方の自供により、捜査が進み麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚の逮捕に繋がった事は認識していました。また、慶應大学医学部出身の外科医で社会的地位の安定した方でもオウム真理教に取り込まれてしまう恐ろしさと同時に、何故、自供したのか、という事について多少関心を持っていました。
心臓外科医として、綿密な手術の準備をし、バイパスが繋がっても亡くなる方もいれば、心臓マッサージをしながら手術をした方でも生きられる方もいる。人の手ではどうにもならない、命を救う事が出来ないという体験を重ねる中、阿含宗に入信。その後、人を救済する麻原彰晃に傾倒。そうしたその気持の変遷については、分からないでは無いものの、どんなに手を尽くしても救えない命もある体験は医師であれば必ずや他体験されること。それでも、圧倒的大多数の医師が宗教にのめりこんでいないよね、と思ってしまいました。
麻原彰晃からの嫉妬を感じる中で様々な罪を重ね、最終的には地下鉄サリン事件にまで、手を染めてしまう。逮捕され、刑事と検事からの取調べを受ける中で、我に返り、自供に至る。
出家するしか無い、と思い詰めたり、間違っていた、と分かるやいなや、急に自供を始め、他の逮捕者の裁判に出廷したりと、こうと決めたら猪突猛進。ビシネスの世界に進む選択をしていたら、医師にならなければ、思い詰めることもなかったのかな?と想像しました。
難航の末、私選弁護人に決まった和田正隆弁護士は、林無期懲役囚について、客観的且つ冷静に対応された事が作品を通じて感じ取れます。この和田弁護士のご尽力は勿論ですが、医師として活躍していた頃も、刑に服するような罪を犯しても、直接接した方から好意的に見てもらえる人物、という点も林無期懲役囚が死刑にならなかった理由のひとつかと想像しました。
麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚が、エリートであり、宗教についても造詣の深い林無期懲役囚に対して抱く嫉妬心。それに基づく意地悪行為、究極的にサリン散布まで命じてしまう負のエネルギーを爆発させる力が妬みにはある。一方、林無期懲役囚の麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚敵愾心から、自供そして裁判での証言。こうした男性同士の実に恐ろしい周りを巻き込んた争い、この二者間についての魑魅魍魎が書かれていることが、私が『慟哭』を読んだ、最大の理由です。
今回、こちらのnoteを書くに当たり再読。人として、医師として、はさて置き、男としての林無期懲役囚がどうなのか、という思いが芽生えました。
麻酔科医である奥様、看護師である愛人、2人の女性をオウム真理教に出家するよう促した林無期懲役囚。お二人とも優秀で、犯罪行為について猛省していらっしゃいます。成人であり、自己判断による入信ですが、林無期懲役囚が2人を誘わず、1人で入信したら、お二人はまた、別の人生があったはず。オウム真理教に限らず新興宗教は、家族を巻き込んだ入信が多い印象を持っていますが、心のどこかで、1人での入信に恐怖があり、身近な人を引きづり込んでしまうのかもしれない、と今回は思いました。
本の再読は、気づけないところに気づけることもあるな、と思った事はありましたが、本作は、読むタイミングで注目する点に変化がありました。
脈絡のない内容に、最後までお付き合いくださり、有難うございました。
最後になりますが、この事件で被害に遭われた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。