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幸せは自分の中からしか生まれない

「お母さん!OOちゃんとXXくん(孫)から電話あった?」

父が母に怒り口調。

「もう着いているはずなのに、お礼の電話がない!」
と怒っていました。

数日前に父は、離れて暮らす孫に石鹸(干支石鹸)を送ったのです。

母「干支石鹸なんて送ったって喜んでないんじゃないの?」
父「喜んでなくても、お礼をするのが礼儀だ」
父「親の教育がなってない」

私(その親を育てたのは貴方なんだけどね。笑)

【親切が生むもには】

父親はお礼がないこと、感謝されてないことにがっかりしていました。
意地になってたから、「礼儀」とか言い出して、でもそれは建前で、本当は喜んでもらいたかった、その喜びに自分が満たされたかったけど満たされなかった。嘘でもいいから、礼儀として、「ありがとう」が聞きたかった。それで自分の行動が報われるし、満たされるから。

皆さんにも同じようなことありませんか?

私にもありました。
彼氏や夫との関係において、世話好きな性格で、頑張って一生懸命になるんです。彼の生活を便利にしてあげようとか、喜んでもらおうとか、、、
「助かるなー」「ありがとう」
なんて言われると、何とも言えない充実感がありました。
でも関係って変わる。バランス関係も。子育てが始まって、子供の世話にも時間を取られて、夫も私がやることが当たり前になってきたりして。
「なんでこんなに私ばかり頑張ってるんだろう。どうして私ばかり我慢してるんだろう」ってなるんですね。

【選択をする】

子供の3000回のそれに比べ、大人の人間は一日に35,000回以上の選択をして生きているといいます。食べるもの、どこへ行くか、トイレに今行くかどうするかなどなど。私たち人間には自由意志が与えられています。

だから父が石鹸をあげるのも、私が世話焼きをするのも全部、父自身が選択してしてる行動なんですね。
「いえ、相手のことを考えてやってるんです。相手が嬉しがると思ってやってる行動、相手に頼まれたから。私がやらなかったら相手が困るから。」という人がいると思います。私もそうでした。
しかし、いろんな理由や状況があっても、貴方の行動は、自分が決めてやっているのです。だって、やらない選択肢も存在するし、それを選ぶこともできる。
「でもやらなかったら嫌われるかもしれない、結局自分の面倒として返ってくる」そう思いますよね。
しかし、本当にそうでしょうか?その面倒なことをやらないという選択肢も存在するし、嫌われたらどうなるんでしょうか?その人に嫌われたらどうなるんでしょうか?無理をしてストレスを溜めながらその人に依存する人生は本当に価値のあることでしょうか?貴方はその人なしでは本当に生きていけないのでしょうか?自分で選択できる人生を知ると、生きていく努力をしたりや考え方を変える選択をできます!これは本当に素晴らしい自由意志であり、自分の価値ある人生を送るための特権であるんです。

貴方の行動の選択は、紛れもなく貴方本人以外にいないんです。
もし、自分で選択している意識がなかったという場合には、ちょっと気にしてみてください。

自分で選択している意識が出ると、事あるごとに、自分に問いかけることもあり、行動への責任感が出てくるでしょう。

【選択をする基準】

行動を選択するときの基準があります。それは、
自分のビジョン(貴方はどう人生を生きたいか)に沿う行動であるかということです。

それは、結果として同じ行動を選択することになる場合でもそうです。

例えば、行動は同じ「プレゼントをする」とき。
「その人の好かれたいから」という理由でプレゼントをするのか、自分は正直に生きる人生を送りたいというビジョンがあり、そのビジョンに沿って「自分の気持ちを伝えたいから」という理由でプレゼントをするか。それは後者であれば、その行動が成功か不成功かを相手の反応に依存しないというばかりか、相手の反応がどうであれ、自己成長を通して、自分の人生を豊かにすることにも繋がるのです。

幸せは自分の中からしか生まれないのです。

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