純真に囚われた魂の片割れたち。

20231206
「人は、自分はこうだ。って知ってるところは、弱点だから隠そうとする。だから内面は、実はビジュアルと反対だったりする。」そう話すマスターは、わたしを指さし「本当はこわいと思うよ。」と言った。

幼い頃から口だけは達者なわたしでもマスターには敵わないことを日頃端々から感じているわたしは、図星を突かれ必死に否定しようとしている滑稽な自分と、そんな滑稽な自分を俯瞰的に見てそれにまた恥ずかしくなっている自分の様子までが目に浮かんだ。
否定を諦めたわたしは、「怖いのかな〜。アニメキャラだったら結構人気なタイプだと思いますよ。」なんて言って笑って誤魔化し、落ち着きなくスマホを手に取って会話から逃げた。


ロック画面に写された「12月6日」
思い出してしまった。数字の羅列を見る度に思い出してしまう、「あの子」の誕生日。

2016年 冬
塾なんて絶対に嫌いなわたしであるが、数ヶ月間だけ、受験する中学校のちょっと特殊な入学試験の対策のために塾に通わされていたことがある。
案の定休み休みでしか通わなかったその塾の、わたしの後ろの席。そこには、ある女の子が座っていた。

白くて、小さな鼻はつんと上を向いていて、瞳の6割で世界を見ているわたしと違って、瞳の全てで世界を見ている猫のような大きな目。後ろにまとめられたボブヘアーは、かなり苦いブラックチョコレートのホイップを搾ったよう。


わたしはプリントを回す度、何を話すわけでもなくその子をただじっと見つめていた。


2017年 春
わたしとその女の子は受験した中学校に合格し、わたしたちは同じクラスになった。

わたしたちはよく似ていた。

身長も体格も学力も、50m走も同じくらい。

いつもにこにこと笑っていて、みんなに平等に接していて。礼儀正しいから大人にもよく好かれていて。何かあれば手を挙げるようなしっかりしたがり。それでいてちょっと抜けている和ませ役。

クラスの中心にいるわけでも、モテるわけでもないけれど、ヒロインに相応しい女の子。
わたしたちはダブルヒロインだった。

わたしたちはよく似ていた。


誰にも拾われずクラスメイトの傍を転がっていくボール。音だけの「ごめん」。「相談なんだけど」から始まる悪口。

この世界では自分の持っている「ふつう」がふつうではないのだと悟って、この世界の「ふつう」をいつも探っていた。探れば探るほど「ふつう」は分からなくなった。
この世界を怖がって、気味悪がっているわたしと同じ感度で、この世界を怖がって、気味悪がっていた。


わたしたちはいつも一緒にいた。
先生たちに「友達の輪を広げなさい。」そう注意をされるくらい、いつも一緒にいた。


わたしたちの繋ぐ手は、ここはわたしたちだけの世界で、ここだけがわたしたちの世界であるという象徴だった。そして、この気味の悪い世界を共に生き抜くという覚悟であった。
その姿は、草原に立つようにさわやかで、お化け屋敷の入口に立つように強ばっていた。


わたしたちはよく似ていた。


相手の求めている言葉をぺらぺらと口に出来るから、誰とでもなんとなく仲良くなれた。だからか、たまに女の子には嫌われてた。それでも、にこにこと愛想良くしているのがこの世界で生きるのには1番楽だった。
平等に接していたけれど、みんな平等に遠かった。
この気味の悪い世界で、とりあえず大人を味方につけておくのが得策だと知っていた。てんこ盛りの愛想と、礼儀と、嘘っぽっちの敬意とテンプレートの会話で良好な関係になれる大人は、クラスメイトとの関係を築くよりずっと楽だった。
よく天然と言われるけれど、天然と言われるのは面倒だから嫌で、そう言いながらも、バラエティ的な感覚でわざとボケてる時もあった。
言われたくないだろうことが分かるから、さりげなく嫌味を言ったり無自覚を装ってマウントを取ったりするのが上手くて、プライドが高くて。
弱音に変換した愚痴をおちゃらけに話すけれど、腹をかっ捌いたら真っ黒で。

そういうところがよく似ていた。

そんな「似ている。」は、わたしたちを近づけたけれど、わたしたちを壊していった。


わたしは、きっとヒロインなんだとしたら持ってちゃいけないような感情を溢れるほどに持っているあの子に向けられる、あの子の本当の性格とは乖離した評価が。あの子は、きっとヒロインなんだとしたら持ってちゃいけないような感情を溢れるほどに持っているわたしに向けられる、わたしの本当の性格とは乖離した評価が、気持ち悪くて、気に食わなくて仕方なかった。


「誰も信じてくれないだろうけど、あの子はそんなにいい子じゃない。」そうやってボロが出ることを望み合って、密かに訴え合っていた。


3年生に上がる時、わたしたちのクラスを分けるように学級の先生に相談した。学級の先生は相当怪訝な反応をしていた。

あの子は歪んでいると思う度、わたしが歪んでいることを認めるようで怖くなった。
あの子が歪んでいると訴える度、わたしが歪んでいくのが分かって怖くなった。
わたしの訴えている「あの子」は、まるでわたしそのままだったから。

わたしたちは別のクラスになった。



わたしはあの子と戦っているようで、あの子と戦っていたわけではなかったと思う。



わたしはなにと戦っていたんだろう。


わたしは、わたしたちは、人間らしさと戦っていただけなんだ。

純真でありたいと強く思うが故に、自分が純真でないことを受け入れられなくて必死に隠していたんだ。そして、それが取り繕った純真だということに気づいていないふりをして、自分のそれが本物の純真であると信じ込むしかなかったんだ。

純真こそが正義だと信じていたわたしたちは、肯定されていいはずがない取り繕った純真が肯定されているのを目にして、制裁を与えるべきではないのかと困惑していたんだ。


「純真」という正義の脅迫が自分へ。
「取り繕った純真」という不義の嫌悪があの子へ。

人間らしさを扱えないわたしたちは、そうやって人間らしい感情を振り回し合って、振り回され合っていた。


わたしは、いつの間にか学校を中退していて、あの子とは次第に連絡をとらなくなった。

あの子はちゃんと友達であったし、ちゃんと親友であった。

きっとあれは、わたしが唯一向けた「愛憎」という感情であった。


結局、「お誕生日おめでとう」とは送らずに日付が回った瞬間、「わたしはもうあの魂の片割れに触れることは出来ないんじゃないかな。」そう思った。

純真に囚われた魂の片割れたち。

魂の片割れを、わたしは寂しく探してる。
あの片割れが、半分に分かれたひとつじゃなくて、本当は3つに分かれたうちの1つだったらいいのにって。そう願いながら、探してる。


While Writing
『楓/Just the Two of Us(cover)』


その子は塾の後ろの席から、わたしが答えを間違えている様子を覗いてはクスクスと笑っていたらしい。
出会った時から、本当に性格の悪い女の子だと思う。


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