ぼくのかんがえた さいきょうの かかくこうしょう①
日経DIに『ボクの価格交渉術』という記事が載っていて、内容が面白かったのでおれも同じようなものを書いてみようと思いました。本業話をするのは久しぶりだな。noteの更新自体が久しぶりだけど。
該当のコラムはこちら。ご覧あれ。
というわけで、今回の内容は薬剤購入の価格交渉についてです。もちろんこの記事内容はフィクションですが、わたくしなりのやり方的なところを紹介できればと思います。
前提をまず書いておくと、↑のコラムと大きく状況が違うのは、おれは薬局経営者ではなくただの病院薬剤師というところです。おれは経営者サイドではないので、この価格交渉はおれへの直接の利益には結びつきません。だから血眼度は比較的低いと思います。ことの真偽は定かでありませんが、医療法人は成果給のようなものを定めることが難しいので、この仕事でこんな数字を挙げられたからこれをもらえた的なこともないのです。
とはいえお仕事として依頼を受けて、またそれなりの知識とプロフェッショナリズムもおれにはありましたので、結局、当院では現在おれがほとんど一人でこのへんの業務を担っています。ほかにも色々仕事があるのでそれほど時間はかけられないのですが、しかしこの業務は患者や医師ほかスタッフへの負担や迷惑が(ほぼ)生じることなくダイレクトに費用を削減することができるという、なかなか病院経営上オイシイ分野にあたりますので、それなりの成果をあげるようにはしています。
しかし、薬剤師としては卸に何かと便宜を図ってもらうことも多々ありますので、イジメることは人道的にも業務の都合的にもできません。
つまり、時間はかけずに成果はあげて、しかし卸との関係を悪くはしない、という絶妙なところを通すことを目的としたやり方を構築・実践しているわけです。これらは基本的にトレードオフの関係にあると思いますので、ひょっとしたら模倣するにはバランス感覚やコミュニケーションスキルが必要になるのかもしれませんが、理論的には誰でも簡単にできるやり方だと思います。
なのでまあ参考にしたけりゃしてくれればいいし、読みものとして楽しんでもらえるならそれもまた嬉しい限りというわけですね。
といったところで、それでは始まり始まり。
基本的な流れはシンプルです。
1.全採用品目のリストを作って取引のあるすべての卸に総見積もりをかけ、それをデータで提出させる。
2.同時に全採用品目のここ1年間の購入量をデータ化する。
3.集まったデータを処理し、担当卸を変更したらどの程度の年間薬剤費削減が見込めるかを計算する。
4.何らかの閾値を設定し、卸切り替え候補品目を定める。
5.切り替え候補について、現担当卸と、担当候補卸にそれぞれ再見積もりをかける。この結果はデータではなく文書にて提出させる。
6.再見積もり結果を加味し、向こう1年間の担当卸を決定する。
といった感じです。シンプルとか言っときながら6段階に渡っていますが、まあ割と想像できる流れなんじゃないかなと思います。
これを毎年やるわけです。いやあ、うんざりですね。
きっとおれより卸の当院担当者の方がうんざりだろうと思いますが、毎年薬価改定されてるわけだし、これはもう仕方のないところです。
さて、流れも書いちゃったし実はもう話すことがありません。しかしこのままでは娯楽性に欠ける気がしますので、苦労話というか、自分語り的なところもちょっぴり書いておくことにいたしましょう。
実はこのやり方はおれが新卒で働いていた病院のやり方+αで、オリジナル性はそれほど大きくありません。とはいえこの+αはおれが「こうやったらもっと良くなるんじゃないかな?」と当時から考えていた部分であって、しかしペーペー薬剤師の思いつきを大きな組織が試してくれるはずもありませんから、当時はそっと心にしまっておいたわけです。「やる気に溢れる業務改善の提言」なんてサラサラごめんなことですし、医療者は金儲けを考えるべきではない的な思想をもった先輩薬剤師は意外とそこら中にいるので口に出したこともありませんでした。
それがまあ縁あって今勤めている病院に転職することになり、あれこれ働いていたら結構好き勝手できるような立場になれた上、ある時薬剤の購入について経営者サイドから意見を求められることがあったので、「おれが思うに今のやり方よりずっと効率的な方法はある気がします。それにはこのようにすればいいんじゃないですかね」みたい感じで↑の流れをプレゼン的に話したところ、「じゃあやってみろや」ということになりました。
しかし今になって客観的に考えると、一応上手くいっている施設のやり方を参考・模倣しているとはいえ、実際の業務経験のほとんどない若造の意見に丸乗っかりするこの経営陣もなかなか男前なことですが、見たところ前任者のやり口は杜撰の一言に尽きましたので、「まあこれより悪くなるこたァないだろ、マジでヤバくなったら辞めたらいいし」なんてことを考えながらこの仕事を引き受けました。逃亡ハードルが低いところが薬剤師という職業のもっとも優れた点ですね。
とはいえ『ぼくのかんがえたさいきょうのかかくこうしょう』なんてものを身銭を切らずに実戦する機会なんてそうそう転がっておりませんので、これはおれにとっても必ずやっておくべき面白い仕事だろうと思われましたし、それは実際そうでした。
さて、ちゃんとプレゼンできたことからもわかる通り、1.-6.の流れは既に頭の中に構築できていたわけですが、これを実際に行うには超えるべきハードルがいくつもありました。
なんなら、1.の段階で障害が発生することがその時点でおれにはわかっていました。なんと、医薬品卸は普通、見積もり結果をデータで提供してはくれないのです。
おれは他の職種の仕事をアルバイトレベル以上で経験したことがないので、これがどれほど常識的なことなのかわからないのですが、この仕事を与えられる以前に雑談交じりの中で訊いてみた時は、けんもほろろといった感じでした。この日本語、初めて自分で使いました。
「親より大事な見積もり結果を改ざんや入力ミスの可能性があるデータ媒体でなんて寄越せませんよ」
というのがあちら側の言い分です。
「そういうのいいから。検討段階の数字で証拠能力は問わないから、とにかくデータでもらえませんかね、このエクスポートしている元データは絶対どこかにあるわけだろ、コラ」
と身分や権限のないイチ薬剤師(ぼく)が重ねて尋ねたところで大人の苦笑いを見せつけられるだけなのです。くそったれ。
そんなわけで、この仕事をやるとなった時点でこちらの要求に対するあちらの反応はわかりきっていましたので、おれは素直に虎の皮を重ね着することにしました。
「理事長でも院長でも事務長でもいいんで、明らかに決定能力がある人間からあちらの上層部に掛け合って、データによる見積もり結果の提供を約束させてください。どうしてもできないというなら、こちらでデータ化するので、使用に足る高機能なスキャナとOCRソフトを買ってください。ただしそのスキャナとソフトの検討能力はあいにく僕にはありませんので、そこんとこよろしく」
みたいなことを経営陣に要求しました。これで見積もり結果がデータでくるか、データ化できる環境が整うかすれば1.が達成されます。やった~!
そしてもちろんダメダメだった場合も想定して、もうひとつ提案を重ねました。「取引先を増やしましょう」と。
その当時、当院はごくわずかな卸としか取引を行っていませんでしたので、その間で見積もり結果を競わせたところで結果はたかが知れていました。だからそこに1社、こちらに都合の良い条件を持って参入してくれる卸を、新たな取引先として選定しました。
もちろんそのこちらに都合の良い条件とは、何よりもまず見積もり結果をデータで提供してくれることです。
「いやァ上の判断で、ひとつ取引先を増やすことになりそうなんですよ。いや、もちろん皆さまのことは大事にしたいので、美味しい品目を何個も渡すようなことはしませんよ。あ、そうそう、そこは見積もり結果をちゃんとデータでくれるとのことですけどね」
なんてことを察しの良い取引相手にわざわざ言う必要はないのです。
この他にもいくつか細々とした仕掛けを施したので一体どれがクリティカルに作用したのかは私のあずかり知らぬところになりますが(たぶん偉い人の一言)、とにかくすべての卸がこの毎年の全品目見積もり結果をエクセルデータで提出してくれることになりました。有難いことですね。
「なんだよ、やっぱ、やりゃあできンじゃねぇのかよ」
とおれが舌打ちしたかどうかを気にする人はいないでしょう。
こうしておれは条件をクリアすることに成功したので、ついでに親切ぶってその条件をこちらがやりやすいように微調整しました。
「げへへ、旦那、無理聞いてもらってすいやせんね。もちろん該当品目のリストだとか、見積もり結果をどういう形で載せればいいのかだとか、そういった面倒くさいことは考えなくて済むように、こちらでテンプレートのようなものは作成させてもらいまさ。なに、旦那のご協力に比べたらこんな苦労、屁でもないことですよ」
てなもんです。ここぞとね。
○○○
以上が1.の具体的なところです。
いやぁ、思いつくままに書いていったら凄い長さになっちゃったな。現段階で4000字くらいあるみたいよ、これ。
今日はもう寝たいので、この話は続き物にしようと思います。まったくのフィクションとはいえ、プロット的なものは何故だか確固たるものが既にあるので、書くのに時間はあまりかかりません。明日も書くかも。
それではまた。さようなら。
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