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精神病患者、コーピングに倦む。

「自分のご機嫌は自分でとりたい」と言っていた舌の根も乾かぬ内に、自分へのご機嫌取りに疲れてしまった。

主治医からの勧めをずっと無視し続けていて、最近ようやく手を付け始めた「The Bipolar Workbook」という本がある。これは双極性障害の患者が、自分で自分の躁鬱の波を捉えて、悪化する前に気付いて対処できるようになることを目指したワークブックだ。これ自体はとても有用で、もっと早くちゃんと取り組んでいたらよかったなと後悔している。(ちなみにちゃんと翻訳は出ているが、主治医が「英語分かるなら原著のほうがいいよ」と無茶振りしてきたので英語で読んでいる)

そしてこの本の中でも散々繰り返して言われているのが、「コーピング」ということだ。ストレスを感じたときに、それに対処する行動のことをcopingというらしい。つまりこれって「自分のご機嫌取り」とほとんど同じことだ。
春は健康で健全な人でも調子を崩しやすい季節だと思うけれど、それにしたって最近のわたしのイラつきはひどい。イメージとしては、ぐるぐるとお腹の中に黒いもやもやが渦巻いていて、ともすると爆発しそうな感じ。
この「いわれなきイラつき」に対処するために、3週間前のわたしはまずタスク管理の方法を変えた。ここ3ヶ月ほどうまく行っていたはずのタスク管理法がうまく回らなくなっていたからだ。(しかしいずれにせよ、毎日何かしたらすることが決まっていた方が、手持ち無沙汰になっていらいらを持て余すことがなくなるような気がする)
それから「自分のご機嫌を取るリスト」を作った。タスクすらこなせないようなとき、何をしたらいいのか迷うくらいならリストを見ればいいからだ。
そういうわけで、「いらいらするけれど、何もしたくない」という状態から抜け出せるようなコーピングを、この3週間ずっと行ってきたのだ。
その結果、疲れ果ててしまった。
冬の間ずっと冬眠状態だったから、急に活動的になって疲れてしまったのかもしれない。べつに何もしたくなければ何もしなければいいことも分かっている。でも何もていない自分にどうしようもなく罪悪感と焦燥感を覚えてしまうことも事実なのだ。そしてその感覚は、狂おしいほどに精神を蝕んでくる。いや、精神が蝕まれているから狂っているのかもしれない。もう因果関係も分からない。
この3週間は調子が良かったから、そろそろ落ち込む時期なのかもしれない。でも鬱状態がひどくて、何もできなくなったとき、どうするべきなのかは誰も教えてくれない。自分で自分にとってなるべく良い方法を編み出すしかないけれど、そういうときは頭なんて働いてくれない。
もはやどういう状態を「調子が良い」と評するのかすら、わからなくなってきた。



生きづらさを抱えていても、必死にあがいていくしかない。


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