コーヒーの木の根に棲む秘密

元記事:Researchers Explore Effects of Bacteria and Fungi in Coffee Plant Roots - Daily Coffee News [Howard Bryman | May 19, 2020] 


気候や病害虫に対するコーヒーの木の耐性、さらにはコーヒーそのものの風味の特徴について、これまで知られることのなかった指標があったとしたらどうだろう?
トロントのある科学者達はこの可能性の「根を探る」…つまり、コーヒーの木の根に宿るバクテリアと菌に関する研究を発表した。


トロント大学スカーバロー校 物理環境科学科の生態学者ロベルタ・フルソープ、アダム・R・マーティン、マーニー・E・アイザックの三人は、中米の異なる四つの農園からコーヒーの木の根の組織を採取し、どのような微生物が一貫して検出されるか、複数のDNA分析法を用いて特定を試みた。

根底にある原理は、もし異なる場所で育つ健康な木の根のマイクロバイオーム(細菌や真菌などの生物の群れ)が一貫していれば、有益な微生物の関係性を発見することができるのではないか、というものだ。
その結果を用いて、農学者はどのような特定の条件が特定の健康的なマイクロバイオームをもたらすのかを突き止めることができる。さらに気候変動による環境条件の変化の中でも作物を健康に保つための、最善の管理方法を決定することができる。


サンプル(木の根)はコスタリカとニカラグアの四つの農園で、パカスとカトゥーラから採取された。常に日光にさらされるコーヒーの木のみが植えられた畑、シェードグロウン(木陰栽培)で他の作物の合間に植えられた畑、など条件は様々で、さらにはこれにより気温や降雨の条件も変わる。この研究では、これらをホット&ウェット、ホット&ドライ、クール&ウェット、クール&ドライのいずれかに分類している。

分析の結果、コーヒーの「中心的なマイクロバイオーム」となる26種類の細菌と31種類の真菌が発見された。その中には一般的に作物の健康に有益であることで知られるものも含まれており、さらなる調査が必要であるということだ。
さらに、木の根に存在する細菌は場所や品種が異なっても比較的一貫しているということが示された一方で、真菌類のマイクロバイオームは植物の生育条件の影響を受けやすく、コーヒーの木の品種によっても種類が異なるということがわかった。

マーティン氏はアメリカ植物病理学会のプレスリリースの中で「私たちの研究成果は実際に作物を栽培する方法でマイクロバイオームを管理できるかどうか、またどのように管理できるかを理解するためのきっかけを作った。また作物の根に住む微生物がコーヒーの味に影響を与えているのかどうかという興味深い疑問にもつながった」と述べた。この研究「Root Endophytes of Coffee (Coffea arabica): Variation Across Climatic Gradients and Relationships with Functional Traits」(注釈:日本語だと「アラビカコーヒーノキ内生菌:気候条件による変化、機能的特性との関係」でしょうか)の全容は2020年2月のフィトバイオーム・ジャーナル Phytobiomes Journal に掲載された。

----------------------------------------------------------------------------


以前、オーガニック農業、バイオダイナミック(ワイン業界ではしばしばビオディナミとも)農業をしている人から話を聞いたことがあるのですが、共通して大事なのは「土」なんだそうです。もっと言うと「土の中の成分・微生物」にどれだけ多様性があるか。

農薬や化成肥料はとても便利で、歴史的にもその開発によって食糧の安定的な生産、生産性の向上、労働力の節約が可能になってきました。しかし化学物質が土中に残存してしまうという重大な問題があり、また農薬を購入するためにコストがかかるという点や、農薬や化学肥料によって土の中の微生物、細菌や真菌が死んでしまい土の中の生物多様性が失われ、特定の病気に対して弱くなってしまうという問題もあります。

例えばオーガニック農業では農薬や化学肥料を使わず、有機肥料を使うことが重要とされています。バイオダイナミック(ビオディナミ)はそれをさらに発展させたもので、農薬・化学肥料・有機肥料のどれも使わず、土の周期や地球の重力を考慮して、牛の角や動物の糞を使った調合剤を用いるという農法です。どちらも根本にあるのは「土が作物を育てる」→「よい土にしなければよい作物は育たない」という前提条件があった上での「よい土を作るにはどうすればよいか」→「土の中の成分の多様性を高めよう」という考え方です。


作物を育てたことがある人は「連作障害」という言葉を耳にしたことがあるのではないでしょうか。これは同じ畑で同じ作物ばかりを何度も繰り返し栽培していると、作物の生育が悪くなっていく、というものです。原因は、土の中で特定の細菌やウイルスなどの病原体が極端に増加してしまうことだったり、肥料の不足、または過剰によって特定の成分だけが多くなり、成分のバランスが崩れてしまうことなどがあります。

さて、コーヒーの栽培環境はどうでしょうか。コーヒーはヨーロッパの国々が植民地の国々に作った大規模な農園(プランテーション)で、モノカルチャー的に生産されてきたという歴史があります。つまり、大規模な農地でコーヒーのみを生産する、というやり方です。モノカルチャーに連作障害はつきもの…コーヒーのみを栽培している畑では土の中の成分はバランスを崩し、これに対応するために多くの有機物・農薬・化学肥料が必要になります。

今回の記事では土の中にいる細菌・真菌類のマイクロバイオームの存在についてのみ書かれており、それらがどのような条件で増え、作物にどのような影響を及ぼすのかまでは判明していません。しかしもし「特定のマイクロバイオームがコーヒーに特定の好条件を与える」ということがあり得るのであれば、もっと土の中にいる生物に目を向けた栽培方法が発展し、より持続可能な栽培環境が増えていくのでは、と思います。

junko