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交縁少女AYA 第2話#漫画原作部門
「お~い、聞いてるのかぁ?」
喫茶店のソファーに深々と座り、眠そうな上目遣いで綾が、対面の椅子に座る呆れ顔の青年を見る。
警察による売春行為の一斉摘発に遭った綾は、その時に綾の前に立った青年に、どういう訳なのか新宿区役所裏にある喫茶店に連れて来られていた。
自分は、少年少女を悪い大人から守る活動をしているとか等々、青年は自己紹介を諸々している。
その合間に、ところでキミの名前は?住所は?などと、さりげなく青年は綾に探りを入れている。
しっかり心にガードをかけている綾が、自分のことを喋るはずもない。
青年が語り掛けてくるのを聞き流しているが、そうするだけでも結構ダルい…
「――あのサァ…」
「――なンで」
気を取り直して、身を乗り出してきた青年に、逆に訊いている綾である…
深夜の喫茶店は、席がほぼ埋まっている。
客層は終電を逃したサラリーマンやOL、水商売風の男女や学生、外国人等々、新宿歌舞伎町らしい種々雑多な人々だ。
静かな音楽が流れている中、客たちは眠りこけたり談笑したりと、思い思いに時間を過ごしている。
その一角で、静かに睨み合う綾と青年…
「なンで、あたしは連れてかれなかったの?」
「俺は、値段交渉しなかったろ」
「え?」
「ほかの娘たちは、値段を言っちゃったって事さ」
話しながら青年が、テーブルに置いてあるカップに手を伸ばす。
「値段を言ったら、売春行為の意思がある証拠になるからね」
カップのコーヒーを啜る青年を、ジッと見ている綾。
「――なンで…」
「ん?」
「あンた、警察じゃないジャン。なンで――」
「青少年保護の一環で、時々一斉摘発に協力してるのさ」
青年はネイビーのジャケットの内ポケットから名刺入れを出し、一枚を綾の前のテーブルに置く。
【NPO法人マザーポート 代表理事 五十嵐聖志】
マザーポート…
聞いたことがある名に、綾は記憶の糸を辿っている…――
******************
中学1年生の時に思い立って、新宿区歌舞伎町にある東宝ビル周辺の路上、いわゆるトー横に初めて出掛けた綾。
そこで、半グレ男子から声を掛けられて戸惑っていた所を、同い年の愛莉が助けてくれた。
愛莉と出会ってから綾は、母親が外泊するたびにトー横に出掛けるようになった。
同年代の少年少女たちと、東宝ビル西側のシネシティ広場に座り込んで、朝まで他愛ない話で盛り上がる…
そして初電で帰れば、母親にバレる事はない。
三年近く引きこもっていた中学1年生の綾にとって、何もかもが新鮮だった。
聞けば仲間たちは皆、似たような境遇ばかりだ。
子への不理解や放任、暴力や性的虐待、いじめで不登校、人間不信等々…
そんな仲間たちとは、包み隠さず何でも話せる…
「ダメだよぉ、ガッコウは行かなきゃぁ」
「えぇ~っ、なンでよぉ?」
愛莉に、不満げな顔を向ける綾。
「中学行かなきゃ、高校行けないジャン」
「――ンなの、当たりめぇジャンか」
座り込んでいる、キャップを被った少年が、愛莉を小馬鹿にしている。
「高校行かなきゃ、JKになれないジャンかぁ」
「ハァァ?」
座り込んでいるグループの皆が、愛莉に軽蔑の視線を向ける。
「JKブランドになれないジャンよぉ、JKにぃ~」
「――おまえ、ソレ…」
当時15歳の、リーダー格の駆琉が、苦笑いしている。
「なによォ~。大変なコトだよォ、それぇ~!」
立ち上がりムキになって言い放つ愛莉のことを、皆が一斉に笑い転げた…
笑い泣きしながら、綾は考えている。
――そっか…、それでイイんだ…
「なぁンで、笑ってンだよォ~?!」
顔を赤くした愛莉が、皆の頭を小突いて廻っている。
――軽く考えときゃ、イイんだ…
「お~い、盛り上がってんなぁ~」
ふいに誰かが大声で呼び掛けるので、皆が一斉にそちらを向く。
******************
「おいおい、ミンナしてさぁ、そんな怖い眼で見ないでくれよぉ~」
「――なンの用?」
おどけて両手を広げている青年を、駆琉が睨みつける。
「夜は何気に冷えるからさぁ、大丈夫かなぁ~って…」
青年の後ろに立つ、アルミバックを持つ若い女性が前に出る。
女性がアルミバックから缶コーヒーを取り出して、駆琉に手渡す。
「…あざっス」
駆琉が缶コーヒーをかざして青年に礼を言う隣で、若い女性が他の仲間たちにも手渡している。
「ありがとう…」
受け取りながら、礼を言う綾。
――温かい…
綾もだが、皆が一様に、久しぶりにヒトの温かさに触れたような気が…
「何かあったらさぁ、遠慮なくソコに相談してなぁ」
青年と若い女性が、手を振りながら立ち去って行く…
綾が缶を見ると、白の24ミリ幅のテプラが貼られていて、文字が印字されている。
【少年少女よろず相談 マザーポート】
名称の下には、住所とフリーダイヤルの連絡先が標記されているが…
――怪しい…
せっかくの善意ある大人の行為を、トー横キッズたちは容易に信じられなくなっている。
それだけ彼ら彼女らは、大人たちから虐げられてきたのだ。
その連絡先に相談する者は、綾がいるグループでは、後に一人しかいなかったのだが…
******************
――あン時のかぁ~…
どうして綾がここまで鮮明に覚えていたかというと、その日を境に不登校を止めたからだ。
――何も考えずに、登校すればいい…
中学校に行けば、愛莉と同じ高校に行けるとも考えた。
――何を聞かれても、何をされても、受け流すダケ…
生徒や教師たちとは希薄な関係の中で、綾はスクールライフを過ごしてきた。
友人といえるのは、トー横に集うキッズたちだけ…
「お~い…」
五十嵐が呼び掛けたので、綾は物想いの世界から引き戻される。
――うっぜえナァ…
「いい加減、名前ぐらい言ってくんないかなぁ?」
「――…リカ」
「違ぇだろぅが」
いきなり凄む五十嵐に、綾がハッとしている。
「キミとは、ウソの関係でありたくないんだ」
――こいつ、何者…
毅然として腕組みをしている五十嵐を、綾が怯えた眼で見ている。
――偽名なの…、知ってンの?
ザワザワしている喫茶店の店内で、二人の間には沈黙が漂う…
「――…あたしを」
「うん?」
「あたしを、どうするつもり?」
「木村綾、15歳。私立北澤高校1年生」
「――えぇっ?!…」
綾の顔が一瞬で、サッと青ざめてしまう。
「やめさせたいんだ、立ちんぼを」
******************
じっとりと汗で濡れた全裸の身体を、布団の上に寝転んで、綾と駆琉が冷ましている。
ここは、駆琉の住まいであるマンションの部屋。
仰向けで大の字で寝転び、ボーッと薄暗い天井を見ている綾…
頭が真っ白になるぐらい激しいセックスの後は、いつもこうしている。
何もかも忘れて、何も考えていない時間は最高だ。
「――当分は、店に来ない方がいいナ…」
思い立ったように呟く、右隣に寝転がる駆琉の方に、綾が不安そうな顔を向ける。
「でも…、それじゃあ――」
「大丈夫だよ、オレは」
顔だけを向けて、綾を優しげに見つめている駆琉。
「しょうがねぇよ。そいつは綾が『得夢』に来てンの、知ってンだろ?」
「――ウン…」
綾は顔を上に向け直して、五十嵐に言われたことを想い浮かべている…――
≪キミが、ホストクラブ『得夢』に出入りしてるのは知っている≫
≪たぶらかされてんだろ?そこのホストに――≫
≪違うっ!≫
バンッとテーブルを叩く綾。
≪駆琉は、そんなコト、しないっ!≫
≪――そうか、カケルってのか、そのホストは…≫
慌てて両手で口をふさぎ、顔を真っ赤にしている綾。
≪そいつは、信じられるのか?≫
≪あっ――、当ったり前でしょっ!≫
五十嵐に顔を突き出す綾の頬を、涙が一筋ツーッと流れる。
≪――か…、駆琉は…、駆琉わぁ~…≫
突然バイブとともにスマホの、けたたましい着信音が綾の枕元で鳴る。
仰天した綾が駆琉を見ると、軽く頷いているのでスマホを手に取る。
「――はい?…」
通話を終えた綾は、電話を切る。
「弁護士?」
布団に片肘をついて上半身を起こしている駆琉が、怪訝な顔をしている。
「こないだの痴漢の、弁護士だって」
「そいつが、何だって?」
「あたしと、示談してくれませんか?って…」
「へえ…」
「示談金10万で、どうですかって」
「なンか、ビミョーな…」
見つめ合ったまま、思案している綾と駆琉である…
******************
「おタク、相手が15歳の小娘だと思って、ナメてませんか?」
机の対面に座って電話で話す五十嵐を、椅子に座る綾がジッと見ている。
「この件は、検察官に話しますから…――、え?…、関係なくないでしょ!」
顔をしかめて怒声を上げる五十嵐を、少しビビって見ている綾…
しばし痴漢の弁護士と通話していた五十嵐は、ふぅ~ッと一息ついて受話器を置く。
「――ど、どう…、だった?」
上目遣いで綾が、五十嵐を見ている。
「じゃあこれで、立ちんぼすんの、止めてくれっかなぁ?」
「なっ?!――…」
予想していたとはいえ、突然出してきた条件に、今度は綾が顔をしかめている…
駆琉と真っ昼間からセックスしまくった次の日、綾は五十嵐が代表理事を務めるNPO法人『マザーポート』の事務所に来ていた。
事務所は、歌舞伎町二丁目にあるマンションの2階だ。
中では電話が度々鳴り、数人のスタッフが忙しそうに仕事をこなしている。
その事務所の窓際にある五十嵐の席で、二人は睨み合っている…
「とにかく…、あんなホストに貢ぐのは、止めとけ」
「――あンなぁ?…」
「ア――、アンタに駆琉のっ!!駆琉のナニが、分かるって――?!…」
ガタッと座っていた椅子を後ろに倒して、勢いよく立ち上がる綾。
しかし、五十嵐がスッと伸ばした手で示す写真を見て、綾は荒げた声を詰まらせてしまう。
駆琉の顔写真だ。
「ホスト源氏名、翔琉…」
眼光鋭く凄みを効かせて五十嵐が睨み付けてくるので、綾は身動き出来ないでいる…
「こいつは、止めとけ…」
長い沈黙のあと、呆然自失の呪縛がようやく緩み、綾がようやく口を開く…
「――アンタ…、何者?」
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