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短編小説『ベルガモット』②

陽一との出会いは二年半前、バイト先の先輩から数合わせに呼ばれた合コンだった。

向かいに座った彼が、たまたまタイプの『顔』だったから。
自分は『疲れた顔』をしている人が好きだ。
もっと雰囲気のある言い方をするなら『影のある顔』がたまらなく好きだ。そこに『無口』が加わってしまった日には、彼女がいるかどうかなんてお構いなしで突っ走ってしまう単細胞さは自分でもよくわかっている。
そして彼は見事に想い通りの人だった。ドストライク。
迷わず自分から話しかけた。

聞けば放送作家を目指しているという。それがどんな仕事なのかよくわからないまま、本心から興味を持って「全然わからない世界ですけどなんかすごいですね。それってなるためにどんなことするんですか?」と聞いた途端、饒舌に話し始めた彼。ただの無口ではなく、好きなことをうれしそうに話す感じもまたタイプだった。自分が知らない新しいことを知るのに得を覚えるこの性格は、彼の話に引き込まれ、合コンなんてそっちのけに盛り上がった。
二次会もしれっと辞退し、二人で二軒目に立ち飲み屋へ行った。何を話したのかよく覚えていないけれど、なぜかネタが尽きなかったことだけはリアルに思い出せる。で、月に二、三回飲みに行くうち、なんとなく付き合う流れになったというよくある話。
 
もうどうしたって涙は出ないのに目が冴えて眠れない。ベルガモット精油には安眠作用があったはずだけど、、、明日も仕事なのにどうしよか。
 
スコンと寝るにはやっぱり酒か。健康診断が近いから控えていたけど『もういいや』キッチンへ行って冷蔵庫を開けると、三百五十ミリリットル缶の発泡酒が二本残っていた。とりあえずしゃがんで一本飲み干す。そういえば夕飯もまだ食べていなかった。空きっ腹に飲んでいるのに全然酔わないし眠くなりそうもない。もう一本と一緒にベッドに腰掛けた。プルトップを開けてスマホを手に取り、動画サイトで適当に選んだ音楽を流す。わざと失恋ソングでも聴いていればそのうち少しはおセンチな気分になれるかと思ったのにどうやら外れ。
 
そもそも自分は、いつからかわからないけど不毛に馴れることに慣れていた。

結局なにを聞いたかよくわからないまま再生を止め、空っぽの頭で二本目を飲み終わったあと、こんな時、母ならなんて言うだろうかと考えてみた。久しぶりに電話してみようか?もう一度スマホを手に取った。

―…あぁそうか。もういないんだ。

母が亡くなって二年が経つらしい。この事実が未だに自分の中でぼんやりしている。
そして思い出した。葬式も、ご近所へのあいさつも、大量にあった手続きの類も全部終わったころ、急に味と匂いを感じなくなった。
何を食べても自分の咀嚼音が聞こえるだけの不愉快な食事。
花が大好きだった母を真似て自分のマンションに絶やすことなく飾っていたその香りもわからなくなった。
あの頃からだ。大体のことになんの興味もなくなり始めたのは。   
                          続く(次回完結)
 
 
 


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