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肝の据わった子。

まだ文字も書けない頃、音楽教室に通っていた。

教室には10人程の親子が、一緒にレッスンを受けていた。
1組に1台のエレクトーン。
横長のペッタンコの冷たい椅子に、保護者と並んで座るスタイルだった。


簡単な楽譜もあった。大きなオタマジャクシが書いてあって、鍵盤の絵があって、押さえる場所に
黒丸がついていた。


曲なんて弾けないくらい下手っぴなのに、その音楽教室総出の発表会が開催されることになった。

発表会のときに着る、真っ白いブラウスを買ったのを覚えている。
白いハイソックスも買ったっけ。

当日、同じクラスのメンバー全員でステージに上がった。
指示された所に座ると、譜面台に楽譜が無い。

他の場所にも無いようだ。
ちょっとざわつく周囲の子。

自分は暗譜していない。


ー 慌てな〜い 慌てな〜い ー

エレクトーンで何かの曲を演奏したが、
自分のエレクトーンから音が出ていないことがわかっていた。
音は、既に録音されているものが会場に流れていたんだ。

   (   へぇー。)


グロッケンでもう一曲演奏するとアナウンスが入った。

聞いてないぞ。イヤ、聞いてたかな〜

とにかく暗譜してない。

ー 慌てな〜い 慌てな〜い ー

指示された場所でスタンバイ。
指揮者の方を見る。

おぉ〜今日の指揮者の先生は派手だなぁ〜
目の上が紫だ…
などと思っているうちに、曲が始まった。

幾らなんでも、自分の手元で鳴っているグロッケンは聞こえそうだが、それをも掻き消す音量で
再びスピーカーから録音された曲が流れていた。

『すげぇ〜。この拙い子ども達の生の音を、会場に絶対に聴かせない作戦なんだ…』

と、全くメチャクチャに音盤を叩きつつ、
大人の思惑に納得しながら、今朝からの慌しさと
ちょっとだけ緊張した自分が損した気分で、
やたらと澄まし顔で、最後まで演じきった。

当日は、親がカメラで写真を撮っていた。
暗い客席から三脚を使い、遠くから頑張って狙って撮ったんだろう。
本当に、立派に澄まして演奏しているフリの自分が
写っている写真がここにある。
 大傑作だ。

親は、今も知らない。
実際に流れていた音と、見ていたステージとが合致していない事を。
そしてこの澄ましきった顔と、心のウチのを。