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Part2 熱の基礎講座

 建材試験センターの機関誌「建材試験情報」で2015年4月~2018年4月にかけて連載していた基礎講座「熱の基礎講座」をNOTEにてアーカイブしています。(一部加筆修正)

 PART2は2015年8月号からです。


1.はじめに

 今回は,暑さ寒さに対する建築的工夫を正しく理解するための一助となるよう,熱と温度の関係について紹介します。


 住宅や建築物の暑さ寒さ対策は,主に建物の設計・施工時に施されます。その他に,既存の建物に施工できる製品も多く市場に出ているため,一般の消費者の目にも触れる機会が多くなっています。住まい方・生活スタイルに合わせてそれらをうまく利用することによって,快適な空間をつくることができます。既存の建物に施工できる製品の例として,日射遮へいブラインド,後付内窓,高日射反射率塗料などが挙げられます。これらの,住宅や建築物の省エネルギーを目的とした製品を選定するには,熱や温度に対する正しい知識や理解が重要です。


2.熱と温度

 よく冷えたビールをコップに注ぎ,手の平で包み込むと,冷たいという感覚が生じます(写真1)。これは,コップの温度が手の平の温度(体温)より低いため,手の平からコップに熱が移動したことによります。手の平から熱が流出した結果,手の平の温度が低下し,冷たいという感覚が生じたと言えます。また,コップには熱が流入して温度が上昇し,ビールはぬるくなっていきます。この例のような,温度に差があるときに温度が高い側から低い側に熱の移動が起きることを「熱移動」または「伝熱」と呼び,伝熱の結果として温度が変化することを「温度変化」と呼びます。


写真1

写真1 熱移動の例


 人と物の間の熱の移動を例にとって説明しましたが,建築分野に置き換えて考えると,室内の空間と室外の空間の間の伝熱,または建築と人間の間の伝熱が重要になります。実際の住環境では,室外側の環境の変化(天候,外気温,気流など)や,室内側の環境の変化(冷暖房,居住者の動きなど)に伴い,時々刻々と伝熱の状態の変化や温度変化が連続していることになります。


 熱の移動の状態を把握するためには,熱を直接測定すればよいのですが,熱を直接測定するのは難しいため,その代わりとして温度を測定することで,熱の移動を推測・把握することができます。建物の場合,室内外の空気温度や壁の表面温度を測定して,温度から伝熱の状態を推測するのが一般的です。以下で,熱と温度のそれぞれについて説明します。


3.熱とは

 熱とは,エネルギーの移動形式の一種で,物体の温度を変化させる原因になるものと定義されます1)。また,物体間に温度差があるときに,高温側から低温側に向かって熱の流れが発生します。 

 熱の流れ,伝熱には基本的な3 つの形態があり,それぞれ熱伝導熱対流熱放射と言います。

■熱伝導:熱エネルギーが主として固体中を高温部から低温部へ伝わる現象

■熱対流:空気や水などの流体が熱エネルギーを運び去る現象

■熱放射:物体の電子の運動から放出される電磁波による熱移動現象(熱輻射とも言います2))

 それぞれの伝熱の形態について,詳しくは今後の連載で説明しますが,今回は3 つの形態の区分について紹介するに留めます。


 夏季の昼に,壁を介して室外と室内の間で起きる熱の移動の様子を図1 に例示します。この例では,高温側である室外側から低温側である室内側に熱移動が発生します。室外側では,熱放射と熱対流によって壁の表面に熱が流入します。このときの熱放射には,太陽からの日射熱を多く含みます。熱を受けた壁は表面温度が上昇し,壁の中を熱が伝わり(熱伝導),温度の低い室内側に熱が移動していきます。室内側では,熱放射と熱対流によって壁表面から室内に熱が流入します。

画像3

 上記は最も単純な1 枚の壁の例ですが,伝熱の3 つの形態が連続的に組み合わさって作用していることがわかります。実際の住宅や建築物では,より複雑に伝熱の形態が組み合わさることになります。省エネルギーを目的とした製品を選定する際には,どの部位で,どの向きのどの伝熱形態に作用する製品なのかを理解した上で使用することが,効果的な省エネルギー対策につながります。


4.温度とは

 温度は,物質を構成している原子または分子の運動エネルギーの程度を表す物理量の一つで,運動エネルギーが大きいほど温度は高くなり,運動エネルギーが小さいほど温度は低くなります3)。運動エネルギーが理論上0(ゼロ)になるときに温度は最小になるため,このときの温度は絶対零度と呼ばれています。

 温度を表現する量・単位はいくつかありますが,ここでは代表的な摂氏温度絶対温度および華氏温度の3 種類を紹介します。


■摂氏温度(単位:セルシウス度,記号:℃)

 水の融点を0 度,水の沸点を100 度とし,その間を100 等分するように目盛を振った量です。一般的な温度計に表示される温度で,日本では「温度」は摂氏温度を指すことが多く,公文書でも使用されます。絶対零度は約-273℃になります。

■絶対温度(単位:ケルビン,記号:K)

 絶対零度を0度として,摂氏温度と同じ間隔で目盛を振った量です。一定圧力の気体では,絶対温度と体積が正比例する(シャルルの法則)ことから,絶対温度は熱力学的温度とも呼ばれています。

■華氏温度(単位:ファーレンハイト度,記号:℉)

 水の融点を32 度,水の沸点を212 度とし,その間を180 等分するように目盛を振った量です。絶対零度は,-460℉になります。華氏温度を使用すると,気温の表示が年間を通じて0 度から100 度の間に収まるという利点があり,主にアメリカで使用されています。


 3 種類の温度目盛について,基準となる絶対零度,水の融点,水の沸点がそれぞれ何度と表示されるかを図2 に示します。

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図2 温度目盛の関係図


 私たちが住生活の中で最も多く目にする温度はおそらく,天気予報などに表示されている気温です。気温は,摂氏温度で表示された大気の温度ですが,単に屋外空気の温度を測定したもの全てが気温と言えるわけではありません。気象庁や地方公共団体が設置した気象観測所(アメダス)で測定された温度が気温と呼ばれています。アメダスでの気温の測定は,各観測地点で同一の条件となるように,設置場所や設置方法・設備のルールが定められています4)。

 ここでは一例として,アメダスで多く使用されている通風塔を用いた温度測定システムを紹介します。通風塔の断面図を図3 に,外観を写真2 に示します。温度センサには白金抵抗体という高い精度で温度を測定できる電気式の温度計を使用しています。温度センサを通風塔に収納することで,日射などの放射熱を遮り,一定の通風を与えるこで風雨の影響を防ぐしくみとなっています。通風塔は,周辺の建物や機械設備の影響が少ない位置を選び,地上からの高さ1.5m に設置することになっています。

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図3 通風塔の断面図4)


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写真2 通風塔の外観4)


 ところで,人間が感じる暑さ寒さ(温熱感覚)は,人間を取り巻く空気の温度だけで決まるわけではなく,温度以外のいくつかの環境側の要素と,人体側の要素が影響を与えることが知られています5)。たとえば,風に当たると,夏は涼しく感じるし,冬は寒さが増します。冬に暖をとるためにコートやマフラーを着用しますが,夏に同じものを着ると,暑くて直ちに汗だくになることが予想されます。

 これらの要素は,温熱快適性の6 要素と呼ばれ,図4に示すように環境側要素には空気温度,璧体からの放射熱(放射温度),湿度,気流があり,人体側要素には代謝量(運動量),着衣量があります。

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図4 温熱快適性の6要素

 一般に,空気温度が高いほど,放射温度が高いほど,湿度が高いほど,気流が小さいほど,代謝量が多いほど,着衣量が多いほど暑く(暖かく)感じます。そのため,暑さ寒さに対する対策を講じる際には,温度の制御だけを考えるのではなく,他の要素も複合的に考えることが重要となります。


5.おわりに

 連載第2 回目の今回は,熱と温度について解説しました。
次回は,断熱性能とその測定方法について紹介します。


用語の解説

 熱に関連する用語のうち「熱伝達」は,使用場面,使用分野によって定義が異なる場合があるので注意が必要となります。以下に「熱伝達」の定義の例を示します。
・伝熱の形態のうち,熱対流と熱放射それぞれを指して「対流熱伝達」および「放射熱伝達」と呼ぶことがありますが,このうち対流熱伝達を略して「熱伝達」と呼ぶこともあります。
・伝熱の形態のうち,熱対流と熱放射を足したものは固体表面と流体の間の伝熱量になりますので,「表面熱伝達」や「総合熱伝達」と呼ばれますが,略して「熱伝達」と呼ばれることもあります。建築伝熱の分野では,この定義が一般的です。
・伝熱の形態のうち,熱伝導と熱対流と熱放射の3 つを合わせた,本記事で言う「伝熱」と同じ意味の言葉として「熱伝達」が使われることもあります。国語辞典6 )には,この定義が掲載されています。



【参考文献】


1) 原島鮮著:熱力学・統計力学,株式会社培風館,1966

2) 田中俊六ほか著:最新 建築環境工学,株式会社井上書院,1985

3) 関信弘著:蓄熱工学1 基礎編,森北出版株式会社,2006

4) 気象庁:気象観測ガイドブック,http://www.jma.go.jp/jma/kishou/
know/kansoku_guide/guidebook.pdf

5) 藤井正一著:住宅の室内気候入門,彰国社,1959

6)デジタル大辞泉,株式会社小学館


<執筆者:中央試験所 環境グループ(当時) 馬渕賢作>


<試験の問い合わせ先>
総合試験ユニット 
中央試験所 環境グループ 
TEL:048-935-1994 
FAX:048-931-9137

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