クルーズのすゝめ ～世界の７割は海です。出かけませんか船旅へ～
皆さん、もし数十日間のお休みがあったなら、どんなことをしてみたいですか。もし「何か新しい体験を」と思っているなら、迷わずオススメしたいのが「クルーズ」です。
客船に宿泊しながら移動し、船上や寄港地で観光を楽しむ。そんな旅に憧れながらも「ちょっと敷居が高い・・・」と思っている方は多いのでは。そこで今回は、近年の日本のクルーズ業界を牽引してきたクルーズの達人に話を聞いてみたいと思います。
JTBが本格的なクルーズ事業に取り組みはじめた2000年ごろから、クルーズ商品の企画から販売網の拡大まで事業戦略のすべてにかかわる。自身もクルーズの魅力に取りつかれ、プライベートも含めて100回以上のクルーズ経験あり。日本で70人ほどしかいない「クルーズ・マスター」の一人で、BS朝日「世界の船旅」や、FMラジオ等、メディアへの出演も多数。「世界の7割は海です。出かけませんか船旅へ」のフレーズが決めゼリフだが、趣味は登山。
日本におけるクルーズとは
―― 齋藤さんは、どのようにクルーズとかかわってきたのですか。
齋藤：本格的にクルーズと向き合うきっかけになったのは、1999年にある外国船クルーズの営業担当者と知り合ったことです。話を聞いてみると非常に魅力的で、当時はまだJTBでもクルーズを本格的に商品化していなかったので、それならば私が、とクルーズ旅行を企画しました。
地中海・エーゲ海10日間の旅を4本設定してみたところ、定員200名の募集が3日で完売。しかも申し込みの7割がビジネスクラスでした。
それで、クルーズはきっと人気商品になるという手応えをつかみ、それ以来クルーズにかかわっています。
もう20年以上クルーズにかかわってきて、どれも楽しい思い出ですが、2012年に「JTB 100周年」企画として開催したクルーズは強く記憶に残っています。JTBのお客様の6～7割を占めるご家族連れのお客様に、100年のご愛顧を感謝し、「今までに体験したことのない非日常」を提案したいと考えたのがはじまりでした。
しかし、高額では敷居が高くなってしまうし、目的地が遠いと小さなお子様がいるご家族には難しい。また、大型連休の時期でないと参加しにくい。悩んだ挙句、日本船と比べて料金が手ごろな外国船を、ゴールデンウィークに9日間チャーターすることにしました。
そして日本発着で、日本国内の数カ所と韓国の済州島に寄港するツアーを11万円ほどから販売したところ、1,800名分の募集がなんと約1週間で完売。驚きましたね。
―― 日本でクルーズには、どれくらいのファンがいるのでしょう。
齋藤：日本のクルーズ人口は、新型コロナウイルスの流行前で35万人くらい。私がクルーズにかかわり始めた1998年ごろは20万人にも届かないくらいの市場規模だったと記憶しています。もちろんまだ日本発着の外国船なんて夢にも思っていない頃で、日本で運航していたのは日本船のみ、それもたったの3隻だけ。けれども先ほどお話しした2012年のJTB100周年記念クルーズが成功したのを機に、少しずつ外国船の日本発着クルーズが運航され始めました。日本船よりリーズナブルだったことから利用者が増え、クルーズという旅行スタイルの認知が広がったと思います。
だからといって、これまでの日本船クルーズが売れなくなったかといえばむしろ逆でした。日本流のきめ細かなサービスがあり、もちろん日本食も充実している日本船の良さにも目が向くんですね。こうして日本におけるクルーズのマーケット規模は順調に拡大していきました。
その後、コロナ禍でこの3年間は時計が止まった状態でしたが、ようやく新型コロナも落ち着きました。仕切り直しではありますが、日本のクルーズマーケットはふたたび大きく伸びると考えています。
旅行会社だけではなく通販などの他業種からも参入が起きていますが、私としては、これを単に競合と考えるのではなく、いわば「同志」ととらえています。
たとえば、通販番組内でクルーズの魅力を熱心に紹介してくれているので、これが今までクルーズに興味がなかった方々の興味をひき、あらたな需要も掘り起こされています。
クルーズのリピート率は7割ほど。他社での乗船をきっかけに「また違うクルーズに参加してみたい」といって、次はうちのお客様になっていただけるかもしれません。だから、陸から海への種を蒔いてくれている「同志」なんです。実際、船業界は横の連携も強いので、みんなで市場を膨らませていこうという機運が高まっています。
「費用が高い、暇を持て余す」などは、完全に誤解
―― でも「クルーズ」と聞くだけで、なんとなくハードルが高いイメージがあります。
齋藤：クルーズの「5大不安」って知っていますか？ ①料金が高そう ②キャビンによって内容に大きな差がありそう ③ドレスコードが厳しそう ④船上で退屈しそう ⑤ゆれて船酔いがひどそう という、初めてクルーズを検討される方から良く伺う不安のことです。正直、私自身も入社して間もないころはそう思っていました。
ところが、そんなことは誤解なんです。なかでも「高額で手が出ない」といった思い込みは根強いんですね。そこでまず私は、11万円という価格設定で、そのイメージを壊しました。逆に「すごく古くて小さい船なのでは」「食事が付いてないのでは」と疑われましたが・・・（笑）
もちろんそんなことはなく、むしろクルーズはお財布にやさしいんですよ。クルーズは乗船中の食事も船内のエンターテインメント等も旅行代金に含まれていますからね。
―― クルーズ船での過ごし方や楽しみを教えてください。
齋藤：本音をいえば「デッキチェアに寝そべって、大海原と青い空をボーっと眺めている」のが、いちばんの贅沢だと思います。ただほとんどの日本のお客様はそうできないのが現実です（笑）。なぜなら船内ではさまざまなイベントが開催されていて、さらに無料のアクティビティも充実していて、1日5食と言われるグルメの誘惑にも勝てないからです。
私は、乗船中は毎朝デッキをジョギングします。大きい船だと一周500mほどを10周くらい。その後にシャワーを浴びたりサウナに入ったりしてから、7時ぐらいに客室へ戻ります。妻と娘を起こし、一緒に朝食へ。妻たちは日中、フラダンス教室や船内でショッピングへ行きますが、私はプールサイドでビールを飲みながら読書して、いつの間にか寝落ちするのが日課（笑）。食事はだいたい家族と一緒に取りますね。昼はブッフェ、夜は少しめかしこんでフルコースのディナーで次の寄港地の予定を立てます。
とはいえ、乗船中は家族がずっと一緒にいる必要はなく、各々が自分のペースで好きなように時間を過ごすことができるのも、船旅の魅力の一つです。
団体旅行だと、決まった時間にみんなで、同じメニューの食事をすることが多いですよね。移動するのも「全員で一緒」。しかしクルーズならそれぞれ好きなように過ごすことができます。
また、こどもが泣いても、ほかの移動手段ほどは周囲へ迷惑をかけません。外国船には、キッズスペースのある船も多くあるんですよ。さらに、二人だけの時間を過ごせてインスタ映えするクルーズは、ハネムーンにも人気があります。
また船は移動手段ではなく、洋上のリゾートホテル。つまり体への負担が少ないということもポイントです。
若い頃に添乗したアラスカクルーズでは、杖をご使用されているご高齢のご婦人が参加されていたのですが、こちらの心配もなんのその。「齋藤さん、あなたも一緒に入りなさい！」と言われて、船上のジャグジーバスに一緒に入ったこともありました（笑）少々体力に不安がある方でも、アラスカのような大自然の奥地へ行けるのは、クルーズの懐の深さだと思っています。
―― 船内設備も進化してきているのですか。
齋藤：現在、船内は、多くの方が思っているよりもずっとデジタル化が進んでいて、快適なんです。まず、多くの船が高速のWi-Fi環境を整備しています。特に外国船は進んでいまね。太平洋のど真ん中で、オンライン会議が快適にできる時代になりました。一切フリーズしないので、注目されている「ワーケーション」も問題ないですし、今後は「ワーケーションをしながら世界一周しませんか」という企画も成り立つでしょう。
そういう意味でいうと、もうクルーズは引退して時間的余裕のあるシニアだけのものではなく、現役世代にもオススメできるようになりましたね。
サービスの非接触・デジタル化も進んでいます。以前は名前が記載されたルームカードを持ち歩いていましたが、今は100円玉くらいのメダルがルームキー替わりになっています。これにはGPS機能も組み込まれていて、同行者が船内のどこにいるかがスマホからわかるので、待ち合わせがグッとラクになりました。またプールサイドでスマホからドリンクなどを注文すると、GPSで私の位置を確認して届けてくれるんですよ。
20ヶ国31寄港地を巡る「世界一周クルーズ」
――齋藤さんのわすれられない旅、「2019年 サン・プリンセス世界一周チャータークルーズ」について教えてください。
齋藤：そうですね。このクルーズは「サン・プリンセス号」を約100日間貸し切り、20ヶ国31寄港地を巡るツアーでした。目的は手の届く世界一周クルーズの実現。クルーズをセレブやお金持ちだけの楽しみにしておくのではなく、新たな市場を創造し、多くのお客様にクルーズの魅力を伝えたいと考えました。
通常、日本船で世界一周クルーズに参加するには、1人あたり500～600万円、夫婦で1,000万円以上かかってしまいます。私としては、頑張って働いて定年を迎えられた65歳くらいのシニアの方々にとって「手が届く」を実現したかった。定年退職の記念旅行として「人生の1ページに『世界一周』という言葉を刻む」ことができないかと思ったんです。
―― 日本史上初となる、プレミアムクラスの外国船による世界一周クルーズだったそうですね。
齋藤：おかげさまでさまざまなニュースで取り上げていただきました。新聞やテレビで広告を打った甲斐もあり反響は大きく、全国各都市での説明会は、定員100名にもかかわらず即日満員。
そして、日本船の世界一周クルーズの平均年齢は70歳なのですが、このツアーのお客様の平均年齢は約60歳だったんですね。私がクルーズを届けたかった方々に刺さったのかと思うと嬉しかったです。
さらに3組はなんと20歳代。「インターネットがつながれば、船の中でも仕事できる」と、有名ブロガーやトレーダーの方からもお申込みいただき、時代を感じましたね。
横浜港・名古屋港・神戸港から乗船して98日間。船のスタッフも1,000人近く乗船します。とにかく長期のクルーズですので、いろいろなサービスやイベントを企画する必要がありました。
また「安全」「安心」「感動」を提供するために、船会社にもお客様にもご理解をいただく機会が数多くありましたが、皆さん快くご協力してくださったのは本当にありがたかったです。
―― 具体的に、お客様たちはどのように過ごされていましたか。
齋藤：約100日間のクルーズのうち31の寄港地では、皆さん下船され、現地の観光に出かけます。またパナマ運河やスエズ運河といった名所を通航する日は、その風景を船上から楽しむ方が多かったです。
船上で過ごす60日くらいは暇なのかというと、そんなことはありません。とてもアクティブで全く退屈していない様子でした。著名な日本人歌手のリサイタルや、元オリンピック選手によるトークショー、お祭りや運動会といった参加型イベントなどが毎日のように繰り広げられるので当然といえば当然です。ありがたいことにどれも満員御礼でしたが、なかでもダンス教室は人気があり、クルーズが終わるころには参加した皆さんが社交ダンスを踊れるようになっていましたよ。
また、参加者がステージにあがってその成果をお披露目する機会も好評でした。川柳コンテストは爆笑の渦で、今回の世界一周クルーズにかけた川柳のひとつ「水平線、妻と私は平行線」という句は、今でも忘れられません。
―― 船の中での「生活」といった面ではいかがでしょう。
齋藤「手の届く世界一周」「頑張った自分たちへのご褒美」のクルーズですから、良質な旅でなければならなりません。それには、外国船クルーズの、一般的なサービスだけでは満足していただけないので、日本での生活を意識した快適なサービスや空間づくりが必要でした。
代表例が「温水洗浄便座」です。1週間くらいなら我慢できますが、100日となるとそのことが理由で参加を諦めてしまう方もいるほど。船の電圧上の問題で全室には付けられなかったのですが、レストランやバーやホールなどの公共トイレと、スイートキャビンに設置することで喜んでいただけました。
また、お食事にも細心の注意をはらいました。和食を好まれるお客様のために、朝食には納豆や焼き魚の和定食を用意し、お昼のブッフェにはラーメンやうどんなどの麺コーナーを設置。夕食でも和のメニューを選んでいただけるように準備しました。
お客様の人生の1ページに残る船旅を
―― さまざまなイベントのなかで、特に記憶に残っていることはありますか。
齋藤：まず思い出すのは、航海中に「令和」を迎えたことです。5月1日の深夜0時に、中東ドバイの洋上で「令和カウントダウンパーティー」を開催しました。シャンパンをふるまったり、「HAPPY NEW ERA」のポストカードを作ったり、新たな時代の幕開けをお祝いしたのは想い出深いですね。
―― イベントやアクティビティの中で、参加者やスタッフに交流が生まれていたかと思いますが。
齋藤：何よりもまず、自分自身がいろいろな方と接し、お客様は皆それぞれの思いや事情をもって参加されていることを肌身で感じました。
たとえば、早期退職された40代のご夫婦は、約20年間一生懸命に働いてきたことに一度区切りをつけ、再出発の前に人生を見つめ直すために参加されたとのこと。
また、旅の終盤でアラスカの大氷河を通航していた時のことです。デッキに、私と同世代位の女性が一人たたずんで氷河を眺めていました。その方はお一人でこの船旅に参加されていました。お話を聞くと、数年前に大病を患い、生きる目的が見いだせないような状況のときに、このクルーズを知って説明会に参加いただいたとのことでした。「齋藤さん、心から私はこの船旅に来られて良かったわ。ありがとう」今でも忘れられないお言葉です。
このクルーズが、それぞれのお客様にとって、人生の次のステップへ踏み出す良いきっかけとなってくれたらと願わずにはいられません。
―― お客様どうしの交流もいろいろあったのでは。
齋藤：そうですね。お客様どうし打ち解けていただくために、いくつかの会合を企画しました。まずは「県人会」。共通の話題があると仲良くなってもらいやすいですからね。クルーズが終わった今も、皆さん年に一度くらいのペースで、集まられているようですよ。
また「お一人様の会」も企画しました。単独でご参加の方も結構いらしたのですが、やはり乗船してみるとお友達をつくりたいと感じられる方が多いのです。とはいえ、相手がご夫婦だと邪魔になりそうで気が引けるので、一人参加の方々が集まれる機会はとても好評でした。
そして、やはりイベントですね。大きなものだと「洋上の運動会」と「洋上の夏祭り」。これにはお客様だけでなく船のスタッフも参加しました。
「洋上の運動会」では、レストラン系・エンジニア系・運営系・JTB乗員というチーム対抗で綱引きなどを開催。するとお客様は、普段自分を担当している顔見知りのスタッフを応援したくなるもので。応援に熱が入ってイベントはさらに盛り上がり、その後の交流もいっそう深まったと思います。
さらに「洋上の夏祭り」では、外国人スタッフも浴衣を着て、お面やヨーヨー、射的などを楽しみました。和太鼓や三味線を使ったショーをはじめて見るスタッフも多く、日本人であるお客様の方が、外国人スタッフたちに盆踊りなどを教えていたのが印象的でした。
―― さまざまな工夫を凝らした世界一周クルーズ、終わってみて何か感じられたことがあれば教えてください。
当たり前のことなのですが「地球は丸いんだ」と実感しました。
人間は地球上に自分たちの都合で国境を引いて、常々争っています。でも、海や陸はつながっている。太陽は東から昇り、毎日西に沈む。緯度が変われば日照時間も変わる。そんな、頭ではわかりきっていることを毎日体感することで、世界の「つながり」を感じることができました。「速さ」という価値とは別のクルーズならではの魅力だと思います。
そしてもう一つ強く感じたのが「地球って案外小さいな」ということ。だからこそ「資源は限られている」といった思いが湧いてきました。
サステナビリティは、クルーズ業界においても最優先事項の一つになっています。外国船のほとんどでストローは紙製に切り替えられました。燃料も「液化天然ガス」という環境負荷の低いエネルギーの使用が求められています。また船舶は、いわば移動するホテルで、長い期間にわたり乗船者が生活をする場でもあるため洗濯・入浴・調理などで大量の水を利用しますが、この汚水も船内で浄化処理する厳しい規制があります。何より、これらに対応していなければ、世界のお客様に選んでいただけない時代になっています。いかに船内でサステナブルやSDGsを実践できるかが注目されていて、そのテクノロジーは今後も確実に進化していくでしょう。
今後、クルーズは「選ぶ時代」に
―― 世界一周クルーズに参加された方々は、今どのようなことを思っておられるのでしょうね。
齋藤：世界一周クルーズから4年が経ちました。新型コロナもようやく落ち着き、全国でクルーズの説明会を開ける状況になっています。
たまに「齋藤さんが来るって聞いたんで」と、会場へ顔を出してくださる当時のお客様がいるのですが、そのとき決まって「あのとき、参加して本当によかった」とおっしゃってくださいます。また「私の人生に『世界一周』という一小節をつくることができました。ありがとうございました」と手紙をくださる方もいらっしゃいました。「元気なうちに、もう一度。世界一周へ。JTBで出かけたい」と言っていただけたときは、感無量でしたね。
―― 今後のクルーズについてどのように考えていますか
齋藤：「インバウンド」という言葉がまだ聞きなれない頃は、「お寿司」は、銀座の高級店も、街のお寿司屋さんも、回転寿司もあまり違いが分らない外国人が大勢いました。しかし現在は、ネタの鮮度や仕込みの価値がわかってきて、その違いを理解している外国人の方が増えたと実感しています。
クルーズも同じで、まだ多くの日本人は「高級店も回転寿司も一緒」という段階です。しかし今後はクルーズでも「誰と乗るか、何を楽しみたいか」といった状況や目的によって、乗るべき船や行くべき航路を、ご自身で決められるようになっていくと考えています。
私たちとしてはそんなクルーズへの本格的なニーズをサポートするために、社員のクルーズ・コンサルタント取得を推進しています。そして、どこにでも売っているものではなくて、JTBだからご提供できるクルーズをご用意したいと考えています。
もちろんクルーズに初めて参加される方に対しては、店頭はもちろんオンラインやコールセンターといった手段も活用して不安や疑問の解消に努め、ご参加しやすい商品づくりや、ご準備のサポートなども同時に進めていきたいと考えています。
―― 最後に、齋藤さんの夢を教えてください。
齋藤：そうですね。定年後に、横浜港で娘夫婦と孫に見送られて、妻と「世界一周」に乗船したいですね！
―― 齋藤さん、ありがとうございました！
