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ウルリッチ教授の特別セッションに思う日本のHRが「人事屋」から「経営のパートナー」になることの必然性

WHRM(世界HR会議)参加レポートをお届けします。
まずはJSHRM(日本人材マネジメント協会)会長である中島豊氏からの報告です。

日本の人事部門では、「人財」という言葉を使い、さらに「人的資本」や「人的資本経営」という言い回しをよく使っています。これに違和感を持つ人事プロフェッショナルは私だけではないと思います。

WHRC2024初日の特別講義とそれに引き続くキーノートスピーチでは、Human Resource Management (人事管理: HRM)の分野で世界的に最も有名な碩学の一人であるミシガン大学のDave Ulrich教授が、ビジネスに対して人材の生み出す「価値」と、そのためのHRMについて過去30年以上にわたる研究の蓄積に基づいて「経営と人事管理」という古くて新しいテーマに新たな見方を提示しました。

セッションのテーマから、少し外れますが、古くからアジアの一部では、貝殻がその美しさから貨幣として使われていました。もともと中国では、「貝」という字は、古代の貝殻貨幣を表すという字は「貨幣」の意味が含まれています。貨幣は物の「経済的価値」を表象するものです。漢字の母国である中国では、「人財」という言葉は使いません。中国で不通に使われるのは、「人材」もしくは「人才」という言葉です。「材」という字には「才能」という意味があり、それを英訳するとTalentという言葉になります。人の才能や能力を「財」という経済価値に転換することには、中国の人も違和感があるようです。

また、「人材経営」ではなく「人“的”資本経営」という時の「人的資本」という言葉の意味は、「人」の観点から見た「資本」ということです。ここで強く意識されているのは、バランスシートに数字として表記される「資本」です。金銭に換算された「価値」を重視していると考えると、投資家が企業に「人的資本開示」を強く求めていることが理解できます。

講演の冒頭で、Ulrich教授は、「HR(人事部門)が提供する『価値』(Value)は何か?」という、これまでも何度も問いかけている有名な質問をします。そのValueとは日本語の「価値」の意味する金銭的価値に限ったものではないことは、これまでの教授の数々の有名な著作を読んだ方はよく理解されていると思います。

英語のValueはラテン語のvalereに由来し、「力」や「重要性」を意味するところに由来していると言われます。Ulrich教授は、HRが自身の重要性を高めるために力を発揮しなければならない3つの柱を提示しました。一つ目の柱は、「タレント」です。組織の中の人材とその能力をどうやって育み、そして顕在能力として発揮させる計画や施策などの人材戦略がこのカテゴリーに入ります。二つ目は、「組織」です。ここには要員管理や組織構造の設計などのハードな面に加えて、組織文化の醸成や変革などのソフト面が含まれます。

ここで、教授は参加者に、「タレントと組織のどちらがビジネスの結果に影響を与えると思うか?」という質問を投げかけました。参加者の多くは「タレント」と答えましたが、教授の研究結果では「組織」が大きな影響を与えているということでした。「Culture eats strategies for breakfast」というドラッカーの有名な言葉がありますが、今日、AIやHRテクノロジーの進歩と相まって、様々なタレントの分野の人材戦略が取り入れられるようになっているからこそ、組織文化が大事になってくるということを示唆されました。

フロアとの対話を楽しみなら講義するウルリッチ教授

そして、そのタレントの戦略と組織の実効性を結びつける三つ目の柱が「リーダーシップ」です。そのリーダーシップには、マネジメントのリーダーシップ開発もありますが、HR自身のリーダーシップが必要になります。特に、HRBPの役割としてリーダーシップを発揮して組織を動かし、人材と結び付けていく活動が重要になると述べていました。

この三つの柱を支える土台になるのが、HRM(人材管理)の諸活動であり、現在それこそ無数にある人事戦略や組織に精通した知識やスキルを持つHRのプロの活動です。教授はこれをHR Capabilityとして取り上げ、今後のHRMの中心に置くことを提言されました。

Human Capabilityを構成するタレントと組織をつなぐリーダーシップ、そしてHR

今回のコンファレンスの目玉の一つであったUlrich教授のセッッションには、1,500名近い参加者のほとんどが聴講に訪れていたようでした。その中でも、今後大きな発展が期待されるモンゴルやキルギスタンなど中央アジアの国々やアフリカ諸国の人々が熱心に聴講していたのが印象的でした。主催国のシンガポールでも国を挙げてHRのプロを養成することが産業、ひいては国力を強くするという信念でグローバルに通用する人材管理(HRM)を強化することに取り組んでいます。

このようなグローバルの集まりに日本からの参加者はJSHRMからの2名しかおらず、その意識の格差と視野の狭さに大きな危機感を覚えました。日本のビジネスは、ますますグローバル化の度合いを高めています。日本のHRが、これまでのような日本国内しか意識しないマインドセットを克服できおないと、やがてビジネスからも見放されて、「人事屋」としていつまでのビジネスの蚊帳の外に置かれるようになってはなりません。HRが「経営のパートナー」となるためには、世界に目を見開く(With the eyes open to the world)ことから始めるべきではないでしょうか。

以上


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