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社会と土木の100年ビジョン-第5章 次の100年に向けた土木技術者の役割

本noteは、土木学会創立100周年にあたって2014(平成26)年11月14日に公表した「社会と土木の100年ビジョン-あらゆる境界をひらき、持続可能な社会の礎を築く-」の本文を転載したものです。記述内容は公表時点の情報に基づくものとなっております。

5.1 100 年後も変わらない土木技術者の役割

100 年後も境界条件は種々変化したとしても、「人々の暮らしの安全を守り豊かにする」という土木技術者の役割は変わらない。ただし、土木技術者は、工学の分野を取りまとめ、広く工学以外の分野との連携を図りながら、全体を俯瞰して社会を良くするためのリーダーとなっている。そのために、従来の土木から拡大して広い分野の知識を学習しているに違いない。
100 年に向けた世界と日本を考えた場合、世界の人口は爆発し、日本は高齢化し、エネルギーは枯渇し、地下資源はなくなる中で、持続的にインフラサービスを提供していかなければならない。
ハードとソフトの両面から「計画→設計→施工→維持管理→(更新)」のサイクルを100 年後も、「社会基盤り」として継続していかねばならない。どのように既設構造物を更新(新しい構造物として作り直す)するかが、ここ50 年の土木技術の鍵となる。
土木事業は新しい環境を創造するものであり、その実施にあたってはインパクトにも細心の注意を払うとともに、新しい知見、様々な技術を取り入れて明日の世代によりよい環境を残さねばならない。日本のみならず世界に持続可能な社会をつくることが重要となる。持続可能な社会の実現に向けて、土木技術者は、その礎である持続可能システムの構築を究極の目標に定め、その一部を構成すべき社会基盤システム等に関わる様々な課題の1 つ1 つに自ら立ち向かわねばならない。土木技術者には、今後さらに深刻化が懸念される災害や環境問題などの将来を想像した上で、我が国に留まらず世界各国の地域や社会のために、現在取り組むべき事柄を構想する力(これを未来への
想像力と呼ぶ)が求められると考えられる。
自然環境の改変と深くかかわり、また多くの企業等の経営者として活動する土木技術者には、社会のリーダーとしての技術者倫理が強く求められる。土木技術者の倫理規定(2014) では、「土木技術者が社会安全と減災の観点から、専門家のみならず公衆としての視点を持ち、技術で実現できる範囲とその限界を社会と共有し、専門を超えた幅広い分野連携のもとに、公衆の生命および財産を守るために尽力する」こと、「総合的見地から公共的諸課題を解決し社会に貢献する」ことが土木技術者の役割として明記されている。

以上100 年後も変わらない土木技術者の役割は、

1)技術の限界を理解し、幅広い分野連携のもとに、人々の暮らしの安全を守り豊かにする
2)「社会基盤り」として、計画・設計・施工と更新を含めた維持管理を行う
3)未来への想像力を一層高め、日本のみならず世界に持続可能な社会の礎を築く
4)高い技術者倫理を備えた社会のリーダーとして活動する

とまとめられるであろう。

5.2 土木学会で現在までに議論されてきた土木技術者の役割

土木技術者の地位向上に向けて、発展していくための改善策を提示し、「社会基盤づくり」に関心を持てるような社会の実現を目指し、技術力・技術者・技術開発をより重視する必要がある。社会・世界の現状認識をもとに土木技術者の役割を設定する必要があるが、第4章で議論したことを具現化できる土木技術者にならねばならない。土木技術者については、「土木学会公益社団法人宣言の解説(2011)」において、「土木という営みが本源的に公益に資するものであり、土木に従事する技術者や研究者等は、本質的に利他的・倫理的・公共的であることを求められている」と記されている。以下には、JSCE 2010JSCE 2015 や技術者関係の会長特別委員会報告などで議論され、記載されている土木技術者の役割を抜粋する。

5.2.1 土木界および土木技術者の重点課題

2008 年10 月に発表されたJSCE 2010 の7 ページには、土木界および土木技術者の現状の重点改題が、以下のようにまとめられている。

1) 低い経済成長と地球環境問題や自然災害発生による制約のもと、自然環境や歴史環境を維持し、国際競争力を確保しつつ持続可能な社会を実現するため、必要な社会基盤の整備と管理を行うために必要な技術、制度を開発し、財政確保する必要があること。
2) 国内の社会基盤に対する充足感とは裏腹に、アジア諸国を中心に成長を続ける地域にあっては経済的にも安全や安心の観点からも社会基盤整備に対するニーズは極めて高く、我が国土木界の参画は国際的にも評価されるものであり、対応する建設産業の国際化が急がれること。
3) 優れた人材を確保し、将来にわたって適正な社会基盤を整備、管理していくためには、低下した社会的評価の原因を自覚し、一般市民とのコミュニケーション増進が望まれること。また発注・受注、施工、維持管理と分断されたシステムの連携回復を図って、技術力が評価され、長期的な価値判断が反映される建設産業システムを確立する必要があり、関係者一体となってその再構築にあたる必要があること。
4) さらに社会の信頼を得るためには、まず「顔の見える」土木界を実現することが肝要である、との観点に立ち、事業において、計画から施工にいたる責任者や貢献者が明示され、社会に認められる仕組みを創設する時期であること。

5.2.2 これからの土木を担う土木技術者に向けて

以下は、平成21年度土木学会会長重点活動特別委員会報告書からの抜粋(一部修正)であるが、「現在から20 年後くらいまでの現状を見据えた土木技術者のありかた」がまとめられている。
工学は産業と連動しながら変質する学術分野であり、産業構造の時代的変遷とともに各分野が消長を繰り返すことは工学の宿命である。しかし、鉱山学や繊維工学などは、資源環境技術や素材科学などの先端分野の中に再構成され脈々と生き続けている。昔の実績を礎に新しい知識体系が積み上げられていくことが科学技術の基本的特徴である。土木工学は、時代ごとの生活形態とともに変動を繰り返す製造系工学技術とは異なり、経済活動と生活の基盤をなす施設(ハード)・仕組み(ソフト)の創出を通して公益に資するという使命を担っており、安全で豊かな社会を築き、潤いある生活を達成するための学術基礎は恒久的でゆるぎが許されない。
次世代への土木技術者への期待は多岐・多様に広がってきた。土木工学は①安全・安心、②自然共生、③地域協働、④国際協力というパブリックサービスのための技術体系である。これを実現する上で、土木技術者には[(1) 地域理解度、(2) 国際性]、[(3) 技術専門力、(4) 総合能力]という対極的な素養が同時に一定の割合で求められる。建設生産物は工場内ではなく様々な国や地域の自然・社会環境の中で生産される。したがって、それぞれの国や地域固有の文化・歴史・慣習・自然現象を理解し、それらに適合する技術を駆使して事業を進める必要がある。そこに暮らす人たちや社会システムと多様な側面において調整を図り、課題を適正に解決するための国際性や地域理解度が不可欠である。
一方、高度な専門知識と技術力を支える基礎学力が求められると同時に、様々な知識・技術体系を駆使して統合する能力が必要となる。前者はスペシャリストとしての能力であり、後者はジェネラリストとしての能力に対応する。様々な地域で進められる建設事業の場合には、解が必ずしも1 つではない課題に直面する場合が多く、学問・技術体系を駆使して、実現可能な解を見つけ出すエンジニアリングデザイン能力が必要となる。
以上の能力は語学を含むコミュニケーションやプレゼンテーションなどの修練によって飛躍的に向上する。専門技術力や語学力の研鑽に励むことは技術者として当然の責務であるが、それにも増して人間関係の構築、社会科学(法律、経済、政治学、国際開発学、地域研究)や国際関係を分析する能力、生態系などの自然の仕組みに関する知見など専門分野以外の広汎な知識等、技術者として習得すべきことが数多くある。こうしたマルチメジャーの素養を習得する必要性を理解しなければならない。
20年から30年先の方向性の中での「我が国と地域社会が持つ社会的な強み」とは、以下のようにまとめられる。

① 日本社会の安全性と安定性の維持(災害対応、治安維持、資源確保)
② 豊かな自然環境の保全と利用(多様な生態系の維持と付加価値の活用)
③ 日本文明の豊かさと魅力の発揮(日本文化の多様性を構成する地域文化の維持・発展)
④ 世界が認める日本の伝統規範の維持(絆、思いやり、規律正しさ、地域コミュニティの向上)
⑤ 日本文明に備わった多様性と復元力の継承(自然を祟拝する日本の原始的人材の育成・供給)

5.2.3 土木界と土木技術者の役割

平成18年度土木学会会長特別委員会報告書には、土木の未来および土木界と土木技術者の役割がコンパクトにまとめられているので、以下に抜粋する。

(1) 土木界と土木技術者の役割
土木界と土木技術者は、持続可能で循環型社会の実現、自然災害の軽減、自然環境の保全と回復および景観に優れた国土の創出のため、国土構造と社会システム構築の国家戦略の策定により積極的に参画するとともに、このための社会基盤整備に主導的な役割を果たす必要がある。
土木技術者はシビルエンジニアリング(市民工学)の原点に立ち返り、市民の共感と感動を呼ぶ社会基盤整備を目指すとともに、他の理工学分野および人文科学分野の科学者、技術者と教働して、健康的で安全・安心、持続可能な社会の構築を通して人々の幸福な生活のために貢献すべきである。
国際的にも特に開発途上国での社会基盤整備において我が国の防災技術、長大橋・トンネル建設技術および建設マネジメント技術を活用・展開することが求められている。

(2) 具体的な土木界と土木技術者の役割
具体的な土木界と土木技術者の役割は、①美しく、安全・安心で持続可能な日本社会の建設を行うことと②平和で安全・安心な世界の社会基盤建設への貢献を行うことである。ここでは各々の事項に対し、具体的な項目だけを記載しておくので、詳細は参考文献を参照していただきたい。

〈美しく、安全・安心で持続可能な日本社会の建設を行うために必要な事項〉
(1) 持続可能な社会の建設
 ① 自然災害に強く、自然環境と景観を重視した人に優しい持続発展が可能な社会の建設
 ② 社会の持続性を向上させるための先端技術を活用した社会資本の維持管理
 ③ 国力、国際競争力を維持・向上させる社会基盤の建設
(2) 自然環境の保全と再生および循環型社会の形成
 ① 自然環境の保全と再生
 ② 循環型社会の形成
 ③ 地球温暖化対策の推進
(3) 自然災害低減への貢献
 ① 防災性向上のための社会資本整備に関わる政策提言
 ② 自然災害軽減化技術の開発と活用
 ③ 自助・共助・公助の国民運動への積極的な参画
(4) エネルギー問題への貢献
 ① 安全で安定的なエネルギー供給のための建設技術の開発
 ② 放射性廃棄物処理を含めた原子力エネルギーの安全利用のための技術開発
   放射性廃棄物等の最終処分技術および廃炉技術の確立
 ③ 太陽光・風力・地熱・排熱等による新エネルギーの開発
 ④ 省エネルギー型都市の建設のための技術開発
(5) 国民との協働による社会基盤の整備
 ① 土木と土木技術に対する社会・市民の信頼の回復
 ② 市民参加型の社会基盤の計画・設計・施工・維持管理・更新
 ③ 環境保全や災害軽減などの社会および市民の要求への反応

〈平和で安全・安心な世界の社会基盤建設への貢献を行うために必要な事項〉
(1) 持続可能な発展のための社会基盤建設への貢献 現場のニーズを知ることや、世界規模で議論されているミレニアム目標を念頭に置くこと
(2) 自然災害軽減への貢献
(3) 大気・水・土壌等環境再生への貢献
(4) エネルギー・資源問題への貢献

(3) 土木技術者に必要な能力と資質
土木技術者に必要な能力と資質は、以下の3 点に集約できる。

(1) 土木に対する矜持と誇り
(2) 広い分野における知識と見識およびリーダーシップ
 古市公威「工学分野の技術者を統括するものは土木技術者であり、土木技術者は将に将たるものである
 水平展開型の技術と知識の習得
 総合的マネジメント技術
(3) 国際化のための能力と資質

5.2.4 社会に開かれた土木学会「土木技術者の倫理規定」

土木学会は、創立100 周年を機に、「土木技術者の信条および実践要綱」以来の精神を引き継ぐとともに、公益社団法人として、社会に開かれた倫理規定を求め、「土木技術者の倫理規定」を改定した。以下に、土木学会「土木技術者の倫理規定」改訂の趣旨を記載する。土木技術者のあり方を理解するうえで大変参考になる。

1938 年(昭和13 年)、土木学会は、「土木技術者の信条および実践要綱」を制定した。それは、第23 代会長青山士の会長就任時の抱負を受けて検討された結果である。その目的は、土木技術者の品位を高め、技術者の矜持と権威を保ち、一方で青年技術者の指導方針とすることにあった。また、土木の特徴である総合性や社会との深い関わりから、土木技術者の義務の遂行においては、公衆の安全、福利を最優先するという考えに基づくものである。明治維新以来、わが国の近代化に貢献してきた土木技術者が、その「技術者集団」としての要件を整える柱として、他学協会に先駆けて倫理規定を制定した高邁な見識は、我々の誇りとするところである。
1999 年(平成11 年)、土木学会は、「土木技術者の信条および実践要綱」を、その基本的な精神を引き継ぎながら時代の要請に沿うものとして改定し、「土木技術者の倫理規定」を制定した。それは、20 世紀末の時代背景の影響によるもので、公共工事における不祥事に端を発した技術者への不信、技術に対する批判に応えるとともに、地球環境問題への対応という新たな課題に応え、現在および将来の土木技術者が担うべき使命と責任の重大さを認識した結果である。
以来10 年余が経過し、土木および土木学会を取り巻く環境は大きく変化した。国家財政の逼迫、少子高齢化、社会基盤の老朽化、地球温暖化と災害の巨大化、そして2011 年3 月11 日の東日本大震災の発災である。マグニチュード9.0、最大震度7 の大地震、高さ10m をはるかに超える巨大津波および原子力発電所事故により、2 万人を超える尊い命が失われた。深い悲しみと喪失感、土木技術者としての責任を果たすことのできなかった悔恨と無念さとともに、人々と社会の安全を守る土木はどうあるべきかが問われた巨大災害である。
2014 年(平成26 年)、土木学会は創立100 周年を迎える。それを機に、土木の原点への回帰が求められているが、それは、土木100 年の営為を振り返り、土木とは何か、土木技術者はどうあるべきかを考え、次の100 年を展望することである。このような機会に、「美しい国土」「豊かな国土」そして「安全な国土」の構築、さらに、地球温暖化に対する緩和策および適応策としての持続可能な社会の構築という社会的使命を担う土木技術者にふさわしい倫理規定を模索することは意義のあることである。それは、土木事業を担う技術者、土木工学に関わる研究者等によって構成される土木技術者が、自己の社会的責任を認識し、それに基づいていかに行動すべきかを、自ら考えることができる規範を求めることである。
このような背景の下、土木学会は、「土木技術者の信条および実践要綱」以来の精神を引き継ぐとともに、公益社団法人として、社会に開かれた倫理規定を求め、「土木技術者の倫理規定」を改定した。

土木学会「土木技術者の倫理規定」改定の趣旨(平成26年5月9日)

5.2.5 社会への責任、そして次世代へのメッセージ「誰がこれを造ったのか」

平成20 年度土木学会会長提言特別委員会報告書には、土木技術者としての社会への責任、そして次世代へのメッセージとして「誰がこれを造ったのか」と題する提言を出している。次世代の若者たちが土木界の後継者になるという観点からも非常に重要な事項なので、ここに明記する。

「誰がこれを造ったのか」と題する提言

土木構造物に関わった土木技術者の名前を明らかにすることによって、その構造物に対する技術者の責任を明確にして人々の信頼感を高め、また身近に技術者の存在を感じて、次世代の若者たちが土木界の継承者になる志を持つことを期待して、土木構造物あるいはプロジェクトの完成時に、その傍らに「誰がこれを造ったのか」を明らかにする。
そのための方策として、「土木構造物あるいはプロジェクトの名称」、「完成時期あるいは工期」、「事業主体」、「目的」とともに、「設計会社名及び実質的な責任技術者名」、「施工会社名及び実質的な責任技術者名」、「技術的特長」などを記した銘板を設置する。


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第6章 土木学会の役割 →



国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/