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危機にあるレディーミクストコンクリートを考える

坂田 昇 
論説委員会 委員
鹿島建設株式会社執行役員
土木管理本部土木技術部長

土木構造物の多くは、コンクリートで造られている。現在の土木学会には、29の調査研究委員会が存在するが、その中でコンクリート委員会は昭和3年に発足した委員会で、最も古く長い歴史を持つ組織である。また、すべての委員会の収益の約6割を占めている。このことからも、土木において、コンクリートが如何に大切なものであるかが窺える。そのコンクリートのほとんどが、レディーミクストコンクリート(以下、生コン)である。生コンは、鉄筋など完成した製品とは違って、未完成な製品として生コン工場で製造・出荷し、建設現場に届けられ、それを土木技術者の管理のもと、場内でポンプなどによって運搬し、型枠内に打ち込み、締め固め、適切な養生をして、完成品となる。JIS製品でありながら、完成品でないということは非常に珍しいものである。今、この生コンが危機的な状況に直面している。近年の国内建設市場が縮小し、生コンの出荷量が減り、これに伴って生コン工場が減っているのである。具体的には、ピーク時に6000社あった生コン工場が、現在3200社を割り込んでいる。

生コン工場が減ると、生コン工場からの距離が遠くなる建設現場が存在することになり、必然的に運搬時間が長くなる。生コンは、セメントの水和反応で時間とともに硬化するので、練混ぜからの時間が経つと施工性の指標であるスランプが低下する。そのため、JISでは運搬時間の上限を定めているが、建設現場によっては、その時間内に生コンを運べないところも出て来ている。一方で、生コンの価格は、現場までのデリバリー付きで1m3で約1万円である。これは1リットルで10円、1kgで5円程度と破格に安く、世の中で最も安い工場製品とも言われている。そのせいもあり利益率は低く、出荷量が減るとたちまち経営難となるのである。ただし、この安さが現在のインフラを支えていると言っても過言ではない。

生コン工場は生コンのサプライチェーンの中心部分を担っており、今この鎖が切れかかっているのである。前述の運搬時間だけの問題であれば、例えその時間が長くなってもスランプ性能を保持できればよいことから、最近の超遅延剤を用いれば技術的には対応でき、これに合わせてJIS規格を改訂していくことで解決することができる。しかし、もし建設市場の減少に加えて、施工の省人化に向けたプレキャスト化が進んだ場合には、さらに施工現場に供給する生コンの需要が減ることになり、その影響を受けて生コン工場は次々と経営破綻し、生コンのサプライチェーンが断ち切られることが懸念される。

最近、生コン業界は、必要な設備投資ができないくらい、大変厳しい経営状態であると感じる。その例として、近年の温暖化において、以前はJIS規格の範囲外のコンクリート温度(35℃以上)にならなかった関西や関東の地域でも、その温度を超える事例が数多く報告されている。そのような場合、九州地域などの温暖地で実施している冷却装置による水などの材料の冷却を行うべきであるが、その冷却装置を設置していない生コン工場が目立つ。夏場には温度を満足できないコンクリートが出荷されることが懸念されるだけでなく、コンクリートの品質低下も懸念される。

一方で、生コン業界は、今まで、国やJIS規格に守られるとともに、縛られてきたことから、自らが改革して業態を変えようとして来なかった、あるいは変えようとしても変えられなかったことも事実であると思う。私の立場で見た場合、生コン協同組合は競争することを好まない体質であるように思える。そのことは生コン出荷量が拡大時には有効であったが、現状の縮小状況では益々厳しくなることは容易に推測される。

そんな中、10年ほど前に、生コン製造業の有志が、GNN(元気な生コンネットワーク)と言う組織を発足させた。彼らは、生コン業界のパラダイムシフトを目指しており、このピンチをチャンスと捉えて、国や行政の更なる保護政策を求めるのではなく、技術やそれを基にした新たなネットワークによって打開策を模索している。競争しながら、協調するところは協調して、品質向上を図り、またゼネコンの技術提案に対応し、さらにはCO2削減にも応えようとしている。

しかし、生コンのこれらの問題点を生コン業界だけのものとしておいてよいのであろうか。先述のように、土木に限らず、構造物の建設には、生コンの使用が不可欠であり、その生コンの危機は、建設の危機であると言っても過言ではない。土木、建築、セメント、骨材、混和剤などの業界が一丸となって、将来に向けての打開策を講じるときに来ているのではないか。また、民間、官庁、大学などの学術経験者といった、官学民が一体となって、総合的かつ、真剣に考えていくべき時に来ていると私は思う。

土木学会 第170回 論説・オピニオン(2021年7月版)


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