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理工系分野におけるダイバーシティ&インクルージョンについて

吉田 秀典
論説委員
香川大学


東京大学が、2017年4月より、教養学部前期課程への入学から最大2年間にわたり、通学時間が90分以上の一人暮らしの女子学生に月額3万円の家賃補助を提供する制度を導入することを発表した。この制度の狙いは、当時、約20%に留まっていた女子学生の比率を上げることであり、2010年から2015年まで毎年改定されてきた『東京大学の行動シナリオ FOREST2015』においても、「2020年までに女子学生比率30%」「2020年までに女性教員比率20%」「2020年までに女性幹部職員の登用率20%」の3点を目標に掲げている。

なぜ、このような数値目標を挙げているのかを考える前に、大学における女子学生の在籍率(以下、女子比率)を見てみよう。AERAムック「大学ランキング2021」(朝日新聞出版刊)によれば、主だった大学の女子比率は、表1(私立大)ならびに表2(国立大)に示すとおりである。

大学の規模や学部の構成によって異なるが、理工系学部の定員が多い場合、概して、女子比率が下がっていると言える。例えば、著者が所属する香川大学では、表2の通り、全学では女子比率は43.5%であるが、学部別に女子比率(現員)をみると、教育学部59.1%(699)、法学部40.1%(693)、経済学部47.8%(1118)、医学部医学科40.1%(703)、医学部看護学科96.2%(260)、医学部臨床心理学科80.7%(83)、創造工学部22.6%(1378)、農学部49.5%(634)となっており、工学系学部の低さが際立つ。全学から創造工学部を除いた女子比率は50.3%で、僅かながら女子学生が男子学生より多く、定員の大きな工学系学部が女子比率を押し下げていることが分かる。

ここで、再度、東京大学が導入した前述のような制度について考えてみたい。Society5.0が唱えるIoTを始めとする様々なICTが最大限に活用され、サイバー空間とフィジカル空間とが融合された超スマート社会では、性別、障がい、国籍、人種などの外面の属性や、ライフスタイル、職歴、価値観などの内面の属性にかかわらず、それぞれの個を尊重し、認め合い、良いところを活かしあっていく「ダイバーシティ&インクルージョン」は極めて重要な要素である。とりわけ、新たな価値を創造するためには、異なる性質を尊重して受容する環境において、コミュニケーションを円滑にすることが第一歩と考える。恐らく、東京大学においても、こうしたことを強く意識し、前述のような制度の導入を検討したものと考える。

「ダイバーシティ&インクルージョン」の観点から、大学の理工系学部における女子比率の増加は喫緊の課題であり、近年では、公的機関、民間企業、大学、学協会等においても、理工系への女子生徒の進路選択支援のための活動を行っている。例えば、日本学術会議では、理工学、ひいては学術全体の男女共同参画を核としたダイバーシティの促進に貢献することを目的とし、「理工学ジェンダー・ダイバーシティ分科会」なる分科会を設置して検討を行っている。

また、(独)科学技術振興機構では、女子中高生の興味・関心を高めて理系分野へ進むことを促すために、女子中高生の理系進路選択支援プログラムを実施している。

しかしながら、多くの大学において、依然として、抜本的な解決には至っていないと考える。その根底には、まさに、アンコンシャス・バイアス=無意識の思い込み、偏見があると考える。例えば、職業観であるが、女子の受験生のみならず保護者の一部にも、理系の職業=男性の職業、女子=文系に進むというような固定概念を有していることがある。さらに、身近にロールモデルが少なく、理系の職業に関してイメージをしづらいことも、問題の解決を困難にしている。

理工系分野において女子が極端に少ない問題は、喫緊の課題であり、その解決の糸口の一つが、職業観に係るアンコンシャス・バイアスの払拭にあるならば、ダイバーシティ&インクルージョンの分野で改革が進んでいる企業等が、人材派遣、財政支援などを通して、人材育成元である大学の改革に参画して頂くことを、大いに期待している。

土木学会 第182回 論説・オピニオン(2022年7月版)


参考)土木学会でのD&Iの取り組み


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