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公平な負担という理念と道路利用のDX

三浦 真紀
論説委員
(公社)日本道路協会 舗装委員長

費用負担を再考する

移動に要する費用はどのように負担されるべきなのか、この稿は、その一考察である。人の移動に要する費用は、鉄道がそうであるように多くの場合、移動する者が料金を支払って負担している。ただし、道路は別である。一般の道路は無料で利用できる。しかし、無料だからと言って建設・維持費がかからないという訳ではない。それらは誰かが負担しなければならないが、誰が負担すべきなのか。道路特定財源制度が廃止されて10年以上経つが、道路の費用負担の在り方について再考し新たな考え方を提案したい。

無料ではなかった自動車利用

道路を無料としている論拠は何か。国土交通省道路局監修の「道路行政」(H12年度版)には、道路無料公開の「思想」とあり、「身体の自由、居住の自由等とともに道路についても通行の自由を強く求めたのである」とある。経済学では、道路は公共財となり社会的余剰を最大化するためには無料にすべきとされている。公共財の定義は、「非排除性(料金をとるのが困難)」と「非競合性(利用者が増えても供給コストは一定)」の二つの性質を有する財とされており、一般の道路は両方の性質を有している。鉄道は、料金が取れるので非排除性を有していないが、地方の空いている鉄道は非競合性を有し、その場合は道路と同様、空いているうちは税によって賄い無料にすべきということになる。現実には、空いている鉄道も料金を取り、赤字の場合は他の黒字路線から内部補填していることが多い。ただ、民営の場合は常に廃止圧力がかかり、災害で不通になった時などに顕在化する。一方、道路は、ガソリン税が道路特定財源となっていた際は、無料とはいいつつ燃料課税なので自動車は走る距離に応じて税を支払っており、料金と同等の課金がなされていたといっていい。利用と負担の関係も明確であった。特定財源制度が廃止された現状では必ずしもそうとは言えない。将来、電気自動車が増えれば、ガソリン税収が減るだけでなく利用と負担の関係もますます不明確になる。道路という国民経済にとって必要不可欠な社会資本を将来においても安定的に建設・維持していくためには、今から負担の在り方を再構築しておく必要がある。

公平な負担という理念

筆者は、道路においても利用と負担の関係は明確にすべきと考える。そのためには、国民に、道路サービスの提供に要する費用は「利用者の公平な負担によって賄われるべき」という理念を提示し、幅広い理解を得ることが必要である。ここでいう「公平」とは、経済学的に定義すれば「利用者に帰着する消費者余剰が等しい状態」である。つまり、道路利用によって得られる便益が大きければそれに見合う負担を、小さければより少ない負担をという考え方である。生じる便益の大きさについてはいろいろな捉え方があろうが、まずは無料利用の範囲を規定しそれとの比較において捉えることが考えられる。筆者が考える無料利用の範囲は、歩行者の利用である。歩行者の利用を無料とし、それ以外の移動手段は、歩行者利用と比較して生じる便益を考慮するのである。自動車を例にとれば、自動車は徒歩より数段早く移動できるので、時間短縮効果を便益と捉え、その大きさに応じて負担してもらうという考え方である。高速道路を利用した場合は、さらに時間短縮効果が大きいので、それに見合った負担をしてもらう。今の高速道路は、建設資金を借金で賄っているため有料とし、償還したら無料にするという考え方であるが、これを改め、そもそも自動車利用は一般道であれ高速道路であれ便益に応じた利用者負担が伴うという考え方に立つのである。そして、負担額及びその徴収方法は、料金、税を問わず、なるべく総需要が減らないように行うことを原則とするのである。

道路サービス提供の行動基準

次に、道路サービス提供の行動基準について述べる。道路サービス提供の行動基準は「負担の低減とサービスの均霑(きんてん)※」とするのがよい。経済学では企業の行動基準は利潤最大化とされているが、仮に交通の分野においてもそうだとするならば、道路運送法に基づく自動車道事業や民営鉄道との違いはこの行動基準にある。道路サービスを提供する主体は、利益を目的とするのではなく、出来るだけ利用者負担を低減し、誰にとっても何処においても格差のない道路サービスを等しく享受できる社会の実現を目指す、そのことを目的とし、行動基準とするのである。その上で、自動車利用者から移動に関するデータ提供を受け、走行した経路と速度に応じた利用者負担を求める。加えて、プライバシーを保護しながら得られたデータを分析・活用してより低負担で良質な道路サービスを提供する。そして、国民が自ら提供したデータと負担によってより良い社会が実現するという実感が得られる社会基盤システムを構築するのである。いわば道路利用におけるDX(Digital transformation)と思うが、それが世界に先駆け日本において始動することを期待したい。

きん‐てん【均×霑】
[名](スル)《「霑」は、うるおう意》平等に恩恵や利益を受けること。「国民一般に利益を―せしむる為でなく」〈魯庵・社会百面相〉
出典:Weblio 情報提供元:小学館 デジタル大辞泉

土木学会 第162回 論説・オピニオン(2020年11月版)

#道路の費用負担 #公平 #土木学会 #論説・オピニオン

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