橋梁の設計について
椛木 洋子
論説委員
株式会社エイト日本技術開発
土木は、人々を様々な災害から守り、豊かで快適な暮らしを提供する基盤を整備する。究極の目的は人々の幸せである。筆者の専門は橋梁の設計であるが、いつのころからか、それが信念になり、自分が設計する橋梁は、可能な限りその目的に適うものをと考え続けてきた。その橋の設計について、日ごろ考えていることを書いてみる。
いうまでもなく、土木構造物である橋は、ひとつひとつが注文生産である。様々な環境において計画される橋は、それを架ける目的はもちろんのこと、地形、地質、交差物など個々の課題を整理し、様々な仮定に対する解を取捨選択しながらひとつの最適解に落とし込む。設計は、いわば仮想空間での行為であるから、試行錯誤を重ねることが可能なため、こだわればこだわるほど、長い時間と手間を要してしまう。しかし、そのことでより良いものができる可能性があることも事実である。
時には工事着手後であっても、さらなる改善を目指して設計変更を行うこともあり、今言われている合理化、省力化の流れには反すると悩むこともある。実際に現地で限られた期間に施工するためには、機械化などの合理化、省力化が重要であることは理解できる。しかし、その前段階の設計においては、時間の制約を言い訳にすることがあってはならないとも思う。
一方、その固有の場所に相応しい橋を定められた手法に従うことで、比較的簡便に一定水準の設計成果を得ようとする流れもある。一般に使われている「橋梁設計のマニュアル」では、設計条件、制約条件を満足したうえで、一定の評価項目(経済性、耐久性、耐震性、施工性、維持管理、景観、環境適合など)を総合的に評価し、「最適な橋」を選定する手順が子細に記載されていて、広く活用されている。限られた期間と人員で、多くの橋の設計を進める手順としては、ある意味で理に適っているように思える。
そのなかで定量的な指標である「経済性」は、他の項目より重要視される傾向にある。さらに、管理する立場である発注者は、丈夫で長持ちすることを要求し、作る立場からは、施工性を重視する。環境負荷の小さな橋、その地に相応しい美しい橋を提案しても、ごくわずかの工費差であってもコスト高であるという理由により、あるいは作りにくい、維持管理しにくいなどの理由により、不採用になったこともある。
本当にそれで、真の目的に適う橋を設計できるのであろうか。今後、長きにわたって使われ、人々の生活を支えるとともに、その地に大きな影響を与える橋として、人々の真の要求に応えられるのであろうか。例えば、個人で車や家電などの高価な耐久消費財を購入するときに、価格だけで判断する人はいないであろう。価格に見合う価値、機能、使い勝手、耐久性、デザインなどを比較吟味したうえで、自分の要求に合致するものを選択するはずである。この当たり前の利用者の考え方や行動様式を、土木技術者という専門性の高い立場では、つい忘れてしまっているのではないだろうか。
橋に限らず、土木で扱う社会インフラは、使われるためにあり、使う人にとって安全、安心はもとより、快適に利用でき、その結果、幸せに暮らす基盤の一つとして整備されるものである。さらに、大規模な構造物は、周辺環境や住環境への影響も大きい。それらに対する配慮がなされていることも、重要な判断基準になるのではないか。
「設計」という行為に絶対的な正解はない。何に主眼をおくか、優先すべきものは何かによってでき上がるものが異なるのは当然である。だからこそ、設計の目的、理念が重要なのだ。
「制約条件」を守るのは当然のことであるが、まずは個々の橋の「目的を適えること」を考えてほしい。
ここまでの文を書いた後、ある大学の3年生による橋梁デザイン演習最終講評会に立ち会うことができた。一人一人の作成した図面と模型を見ながらプレゼンテーションを聞いたが、どれも独創的でコンセプトの明確な作品であった。このような授業が大学で実施されているのだから、橋梁設計の未来は明るいと感じた。彼らの育成が就職後の企業や発注者に引き継がれることを期待したい。
土木学会 第166回 論説・オピニオン(2021年3月版)
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