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サステナブル・デジタル田園都市

太田雅文
論説委員
(株)東急総合研究所


政府が旗を振る「デジタル田園都市国家構想」はデジタルを活用することにより豊かさを実感できるサステナブルなまちづくりを進めることを主眼としているが、中でも「地方創生」は大きなテーマとなっている。

従来大都市と地方の関係は、一方が成長するともう一方が衰退するという“or”の関係であった。大都市圏、特に東京への諸機能・人口の集中緩和についての議論の歴史は長い。デジタルへの期待は大都市と地方双方のコミュニケーションを容易にすることで関係・交流人口を拡大させ、共に繫栄することができる“and”の関係へと導くことができるのでは、ということにある。

成長ではなく繁栄を目指すべき、はサステナブルまちづくりの基本理念だ。約2,500年前、中国の思想家老子が説いた「足るを知る」、すなわち満足することを知る者が豊かになる、という考え方、さらには英オックスフォード大ケイト・ラワース提唱(2011年)の、窮乏状況を脱却し環境悪化を起こさない生物界の循環を許す範囲の円内で暮らすべきという「ドーナツ経済学」などはこれに当たる。学校教育にも取り入れられることによりSDGsの認知度は向上しZ世代の多くがこの重要性を認識する。よって第二第三のグレタ・トゥーンベリがわが国から現れる可能性も小さくない。一方で人々の欲求はマズローによる最高位「自己実現」にまで高まりエシカル市場は拡大傾向にある。古代ギリシャ哲学者アリストテレスによる「幸せ=豊かさ」は、ヘドニア(感覚的なもの)からユーダイモニア(自己実現や生きがい)へと移行している。

ところで、「田園都市」と聞いてまず思い浮かぶのは1987年に大平正芳首相が提唱した「田園都市国家構想」があるが、加えて阪急や東急に代表される鉄道・TOD事業者による沿線開発ではないか。

※ TOD(Transit-Oriented Development: TOD) 公共交通指向型開発

元々19世紀末ロンドンの社会活動家エベネザー・ハワード提唱の“Garden City”に賛同した渋沢栄一が輸入し、既に池田・箕面エリアでこれを実践していた小林一三とともに多摩川台(田園調布)で発展させたことに端を発する。目指すべきは生活の質(QoL)の向上であった。ラワースのドーナツ理論で言う内の空洞(窮乏)から輪の中に入る動きに当たる。

高度成長期の民間TODは、いかにしてワンランク上の生活提案により人や企業を集められるか、ということに主眼が置かれていた。1983年のTVドラマ「金曜日の妻たちへ」により瀟洒な郊外住宅地のブランド価値が飛躍的に高まったことはその好例であるが、一方で効用や期待感の高まりは費用の増加も招き、その差=余剰である価値がじり貧化していくことも忘れてはならない。事実、リクルート社公表の住みたい街ランキングにおいて2010年は上位20位中9つが東急沿線であったが、2022年には5つしか入っていない。高級化により価値創出を図るいわば「ジェントリフィケーション金妻モデル」とでも言えるまちづくりは終わった、と見ていいだろう。

代わりに費用対効果が高い北千住、船橋、流山おおたかの森といった東京東部の街が台頭してきた。吉祥寺の強さが際立つが、ここには百貨店やオシャレなエリアもありながらハモニカ横丁のような猥雑感のある一角や井の頭公園の大自然がコンパクトに集まり、多様性のあるウォーカブルなまちづくりとなっている。サステナブル指向層に遡及する新しい街のブランディングを考える上での示唆的な事例ではないか。実際、多くの企業で環境への貢献と地域社会との共生・持続的発展、をマテリアリティとして掲げ、統合報告書等において公表しており、サステナブルに向けた取り組みが「選ばれる」ために必要不可欠な、いわば慈善事業ではなく、戦略の根幹になっていることを意味している。

また、沿線まちづくり、となると物理的につながっている連坦したエリアをイメージするが、DXの活用により離れた場所とも連携できることにも着目すべきだろう。地方創生に向け、大都市と地方双方のリソースをまちづくりプラットホーム上で組合せ、新たな価値を創ることを考える。大都市に拠点を据える企業の目からも地方には都会にはない“small & strong(小さくて強いもの)”があるのでは?と期待できる。たとえばホテルなど鉄道・TOD事業者が地方で展開する拠点を活用することにより、離れていても一体的なまちづくりができる。いわばバーチャルな沿線が延びていく「サステナブル・デジタル田園都市」が創られていく。そしてこれを支えるのはメタバース、NFTといったデジタル基盤に加え、プレイス、モビリティといったリアルな社会基盤・インフラであることは言うまでもない。

土木学会 第182回 論説・オピニオン(2022年7月版)



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