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2050年に向けて、長持ちする土木構造物を建設する意義を考える

岩城 一郎
論説委員
日本大学 教授


総務省によると、2050年におけるわが国の人口は1億人にまで減少するとされている。労働生産人口は約5000万人となり、65歳以上の高齢者人口は4000万人近くに上るとのことである。また、地震調査研究推進本部地震調査委員会では、南海トラフ地震について、30年以内の発生確率が70~80%、首都直下型地震について、30年以内の発生確率が70%程度(いずれも2020年1月24日時点)と予測している。

さらに、2020年10月に菅義偉元総理大臣は「日本は、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言した。

以上より、2050年に向けて、人口減少・少子高齢化が加速する中、激甚災害やインフラの老朽化に直面しつつ、カーボンニュートラルを志向するという、いまだかつてない、複雑かつ多様な課題を突き付けられている。

激動の時代に備え、われわれ土木技術者は「長持ちする土木構造物」を造ることに今一度立ち返る必要があると考えている。「長持ちする土木構造物」は、構造物の一生(ライフサイクル)にわたるあらゆる作用を想定し、要求性能を満足するものを設計した上で、品質の高い構造物を施工し、適切に維持管理することにより実現する。本稿では、そのような考え方の一例として、著者らが2011年の東日本大震災以降進めてきた、耐久性の高いコンクリート構造物を実現するための取り組みを紹介し、2050年に向けた建設産業のあり方を考える。

東日本大震災における未曾有の津波により、東日本太平洋沿岸の社会インフラは壊滅的な被害を受けた。その後、国土交通省東北地方整備局では著者らと共にこの地の復興に資する道路構造物を高耐久化するための取り組みに乗り出した。凍結防止剤散布により早期劣化が顕在化するコンクリート床版に対する負の連鎖を断ち切り、長持ちするものを後世に残すプロジェクトである。具体的には山口県における先進事例である構造物の品質確保システムを一部導入するとともに、既存の枠組みにとらわれない、コンクリート構造物の材料・配合・施工方法を取り入れ、高耐久化を図るものである。ここで、山口県における品質確保システムとは、「施工状況把握チェックシート」を活用し、コンクリート構造物の施工を行い、出来上がった構造物の品質を評価し、結果をデータベースに保管・活用することで、改善点を次の施工にフィードバックするというものである。一方、耐久性の確保にあたっては、当時あまり使われていなかった石炭火力発電所から排出されるフライアッシュや、膨張材を活用するとともに、樹脂塗装鉄筋を併用するなどの多重防御網を構成し、早期劣化に抵抗しようというものである。提案する高耐久コンクリート床版の実装にあたっては「ロハスの橋」と呼ばれる実物大のモデルを用いた実験・計測とマルチスケール解析によるシミュレーションを行い、設計耐用期間100年を満足することを確認した。一方、このような床版は、初期建設コストにおいて25%程度割高となるものの、従来の床版が30年程度で抜け落ちに至る場合があることに鑑みると、ライフサイクルコストの視点で十分に成立すると考えられる。現在、こうした高耐久コンクリート床版は、国土交通省のみならず、NEXCO東日本、福島県でも採用され、標準化に向けた検討が進められている。

このような取り組みを進めている最中に前述の「2050年脱炭素社会の実現」が宣言された。以来、カーボンニュートラルの実現に向けて、建設業界では各社がこぞって、構造物の建設に伴うCO2の分離・回収、吸収の技術開発を進めている。一方、著者は構造物を長持ちさせることこそ、カーボンニュートラル社会の実現に向けた処方箋になり得ると考えている。以下にその考えを示す。

コンクリート構造物の建設は地場産業の定着や輸送コストの削減といった観点から地産地消が原則である。加えて、時代の要請から、社会インフラの高耐久化とこれに伴う廃棄物の減量化、エネルギー消費の削減が喫緊の課題となっている。そこで、フライアッシュのような産業副産物を含む地産地消材料を利活用し、品質変動が大きくなるなどの短所を新技術の導入により補い、コンクリート構造物の高耐久化を実現することこそが、地に足のついた持続可能な建設産業のあり方ではないかと考えている。電力・鉄鋼・セメント・コンクリートの生産におけるカーボンニュートラルもさることながら、コンクリート構造物の高耐久化や廃棄問題にも取り組み、その総和により来るべき2050年に備える必要があるのではなかろうか。

土木学会 第188回論説・オピニオン(2023年1月)



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