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地域のインフラメンテナンスは産学官民の総力戦で

岩城 一郎
論説委員
日本大学 教授


近年、高度経済成長期に集中整備された橋をはじめとするインフラの老朽化が社会問題となっている。2012年12月2日、建設から30年以上が経っていた笹子トンネルで天井板落下事故が発生した。この事故を受けて、政府は2013年をメンテナンス元年と位置付け、インフラの長寿命化を国の重点施策とした。さらに、国土交通省では2014年に全国に約70万ある橋に対し、国が定める統一的な基準により、5年に1回、近接目視点検を行うことを基本とする省令を制定した。橋のメンテナンスに関する問題は地方の市町村ほど深刻と言われている。その理由は道路橋の約7割が市区町村で管理されており、こうした自治体では概して予算や技術力が不足しているためである。

このまま放置しておくと、橋の老朽化がますます進み、将来通行止めなどにより、住み慣れた土地を離れなければならないことも予想される。

本稿では地域の橋に焦点を当て、その現状とともに、老朽化を食い止める方策について考える。

土木学会では2020年度にそれまで分離独立していたメンテナンスに関する委員会をインフラメンテナンス総合委員会として集約し、時の土木学会会長が委員長を務めることとした。その中にアクティビティ部会を設け、著者が部会長を務め、「インフラメンテナンスの意義を広く市民に伝え、身近なインフラに関心や愛着を持ってもらい、市民との協働によるインフラメンテナンスを実現するための方策を深く考え全国に展開する。」ことを目的に活動を開始した。

本部会が中心となり、2021年3月に第1回インフラメンテナンスシンポジウムが開催され、その中で自治体職員が橋のメンテナンスに関する現状と課題を議論する橋守サミット2022も行われた。

また、2020年度より、自治体職員やメンテナンスに従事する地方の技術者向けに、全4-5回シリーズのオンラインセミナーを開講し、毎回1000名を超える受講者を集めている。

一方、2022年には国土交通省インフラメンテナンス国民会議の下にインフラメンテナンスに高い関心を持つ市区町村長が自ら構成員となる「インフラメンテナンス市区町村長会議」が設立された。2023年5月26日には第1回全国大会が開催され、その場で土木学会との間で協定が締結された。本会議は現在1741ある市区町村の約55%にあたる941の自治体が加入しており、今後土木学会と連携することで、首長からトップダウンでインフラメンテナンスに関する適切な施策が職員内に浸透するものと期待される。

橋の多くは水の作用によって劣化する。予算をかけずに橋の劣化を防ぐには、水の影響を極力防ぐことが重要である。例えば、排水桝をきれいにしておく、橋の上にたまった土砂を取り除く、橋の欄干を塗装するなどである。こうした行為は虫歯に例えると、医療行為ではなく、日々の歯磨きに相当する。医療行為は医師が施すが、歯磨きであれば住民でも行うことが可能である。こうして、住民が橋の簡易なメンテナンスに関わってもらうことで、橋は確実に長持ちするし、住民のインフラに対する無関心を、関心、そして愛着へと変える効果も期待される。著者の研究室では、福島県石川郡平田村を舞台に、10年間にわたり住民との協働による橋守活動を実践してきた。①住民でも橋の簡易な点検が可能なチェックシートを考案し、住民自らが身近な橋の点検を行う。②得られた結果を大学で5段階評価し、電子地図上に色分けして見える化する(橋マップ)。③橋マップに基づき、週末に住民が上述した橋の歯磨き活動を行うというものである。これを「橋のセルフメンテナンス」と呼び、現在全国の25市区町村に展開されている。

地域の橋をはじめとするインフラは住民の生活を支えるまさに基盤であり、これが廃れては地方創生など成り立つはずもない。一方、地域には都会にはない強み、「地域力」がある。住民と役場職員、あるいは住民同士が結束し、そこに地域の大学の助言や、地元企業の技術指導を得て「地域のインフラはみんなで守る」を合言葉に、長持ちさせるための活動を行えば、まだまだインフラも地域も廃れることはない。そればかりか、住民のインフラに対する当事者意識が芽生え、将来、橋の老朽化が顕在化し、廃止・撤去を議論することになっても、住民がその意思決定に主体的に関わり、適切な合意形成が果たせることが期待される。

土木学会 第194回論説・オピニオン(2023年7月)



国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/