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フェーズフリーなインフラマネジメント

土橋 浩
論説委員
一般財団法人首都高速道路
技術センター 副理事長

近年、構造物の高齢化にともなう劣化・損傷の増大に加え、少子・高齢化にともなう生産年齢人口の減少による担い手不足の懸念など、インフラを取り巻く環境は厳しさを増してきている。一方で、近年頻発する激甚災害、首都直下地震や南海・東南海トラフ地震などに対する防災・安全対策も重要な課題である。こうした状況のなか、インフラの維持管理では平常時と災害時の境界がなくなり、平常時の管理から災害時の対応までをシームレスに行うことが日常化してきている。すなわち、平常時と災害時を別々のフェーズで扱うのではなく、時間的かつ空間的に限定された現象である災害時と平常時を分けることなく、対応することが求められる。本稿では、災害時は平常時と隣り合わせにあることを認識し、災害時を含めた平常時から様々な備えをするフェーズフリーなインフラマネジメント、災害対策について考えたい。

「フェーズフリー」とは、普段から使用しているモノやサービス、すなわちハード(構造物)やソフト(システム)を、フェーズ(社会の状態)に関わらず障害なく活用できるように準備、整備しておき、生活の質を確保しようとする概念である。

例えば、フェールセーフ機構の装備などの各種のハード対策に加え、日常使用しているシステムを災害時にそのまま使用できるシステム作りが必要である。普段使いなれていないシステムを災害時になって急にマニュアルに従ってオペレーションしようとしても、迅速に適切な対応ができるか疑問である。また、災害時は、マニュアルどおりには進まないことも多く、臨機応変な対応が求められる。日ごろから災害時の対応を想定し、シミュレーションすることにより想像力(イマジネーション)を高め、準備・訓練等の実施に加え、なによりも普段から使用していることが重要である。このようなインフラマネジメントを実施するためには、常にマルチな視点でかつフェーズフリーを意識した取り組みが求められる。

また、フェーズフリーなマネジメントや災害対策の実現には、デジタル技術の活用が有効な手段の一つと考える。これまで、国や自治体、企業などがそれぞれに持つ情報は、一元化されていなかったため、災害の発生時に状況を迅速かつ正確に把握することは限定的であった。しかし、デジタル技術の活用により、多様なフェーズにおける様々な情報を収集・統合し、データプラットフォームなどで一元管理することが容易となる。また、気象情報やSNSの投稿情報など公開されている情報をプラットフォームに取り込むことで、災害対応に必要な状況把握の迅速化やリスク分析・評価の精度向上に役立つものと考える。さらに、ビッグデータをAIや解析ソフトを用いて、想定されるケースについてサイバー空間上でシミュレーションすることにより、具体的な対策や措置などの最適解を得ることが期待できる。この結果をリアル空間のインフラやヒト、社会にフィードバックすることにより適時・適切な対応が可能となり、現地での作業をはじめバックオフィスでの作業の効率化や生産性の向上が図られる。すなわち、データ駆動型マネジメントによるデジタルツイン・インフラマネジメントが実現する。加えて、国や自治体、鉄道、道路、ライフライン事業者間でAPI(Application Programming Interface)で連携することによりデータの有効活用が可能となる。すなわちデジタル技術によって、データやシステム、様々なプラットフォームを相互につなげ、フェーズフリーでシームレスな活用ができるようになると期待される。なお、このためには一定のルールのもとで、データをオープン化することが重要である。

頻発する自然災害を避けられない日本にとって、レジリエンスのある国土保全の実現、災害に備えるためには、フェーズフリーで考えるという意識改革が必要である。災害時のためだけに活用できるモノやサービスへの投資ではなく、平常時の投資が災害時にそのまま有効活用できるフェーズフリーな災害対策を実施することにより、レジリエンスの強化につなげられるものと考える。すなわち「平常時」、「災害時」という“フェーズ“を取り払って、両フェーズで連続的に利用することにより、平常時の価値と災害時の価値を同時に高めることが可能となる。また、災害時の投資を単体のフェーズで考えるのではなく、平常時の便益に加え、多様な効果を評価するとともに回避される事故や復興の費用なども便益として、B/C(費用便益比)を評価することが必要ではないか。防災をコストではなく投資として捉え、社会のバリュー(価値)を向上させるものと考えるべきである。こうしたバリューを軸にしたフェーズフリーなインフラの整備、維持管理、防災・安全の取り組みを進める必要があるのではないか。

第201回論説・オピニオン(2024年2月)



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