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越境しあうインフラガバナンスへ向けて

 多々納 裕一
論説委員
京都大学


少子高齢化に伴う労働人口の減少は、インフラ部門においても人材不足を招きつつある。一方、情報通信技術やIoTの発達により、仕事の仕方そのものを見直すインフラDXの流れも進みつつある。人材が減少してくれば、従来に比べて少人数でより広い範囲の対象を管理することが必要となる。これをIoTの力を借りて達成しようというわけである。

このような管理の対象は、インフラ管理の個別領域の中での対象領域の広域化・広範化という形で表れてくることになる。市区町村単位から、都道府県単位、さらには、地方単位など担当区域の広域化と、従来設定されていた権限を越えた管理単位の統合、調整(広範化)が求められることになる。すなわち、越境しあうインフラガバナンスが求められることになるのである。

過疎地域の公共交通の問題を考えよう。古くはポストバスなど、人のみならず荷物も併せて配送することで需要の集中化を図り、バスという資源の有効活用が図られてきた。これがIoTによって、より一層の変化を遂げる可能性を有しているわけである。薬や日常生活用品などの配送、病院等への移動、バス・タクシーのみにとらわれない、カーシェアリングなどを組み合わせ、旧来の意味での交通需要が少なくても実際には交通サービスを成り立たせる仕組みづくりが求められ、推進されつつある。

管理単位の統合や調整が必然の流れでない場合においても、越境しあうガバナンスが望ましい局面もある。防災は非日常の問題を取り扱う。まちづくりを防災の視点のみで取り扱おうとすると、「滅多に起きないことのために日常を犠牲にするのか」といった批判を受けることがある。まちづくりに防災の視点を反映するといった控えめでかつ相互の目的の達成を可能とするようなすり合わせ・調整が必要となる。

津波避難タワーを考えてほしい。通常の津波避難タワーは津波の襲来時に周辺の人々が津波から逃れるために利用される施設であり、非常時のみに役に立つ施設である。収容避難所でもないので、トイレや水、食料等の備えられていない避難タワーすら珍しくない。(実際に津波が来襲し、タワーの周囲ががれきに囲まれれば、タワーから降りて近くの避難所まで安全に移動できるようになるまでにそれなりの時間が必要であろう。)タワーへの階段にカギがかけられ、平常時の利用が困難な施設も多い。なぜこんなことになってしまうのか?それは、避難は防災部局の担当であり災害対応の範囲であるのに対し、観光や地域振興は別のセクションの責任範囲だからである。それぞれの担当が、自分の分掌を超えた介入をしなければ、それぞれの分掌範囲内でベストを尽くしても、平常時には使えない津波避難タワーが出来上がることになる。

伊豆市では、ビーチからの避難に最も適したビーチの横公園の海側に、物産販売店やレストラン等の日常利用可能な施設を有する避難ビル(タワー)の建設を進めている。災害時の避難場所の確保と観光の推進という二つの目的が共存する施設である。

これは、関係部局が協力し、互いに分掌を越境しあって成し遂げた成果である。公的支援を受けてこのような施設を設置、運営しようとする場合複数の監督官庁の許可が必要となる。それぞれの官庁には公的支援を実施するための個別の論理があり、それがガイドラインとして描かれている。複合的な避難所という単一の施設に複数の支援を用いるには、ガイドライン相互間の矛盾点等を丁寧に取り除き、省庁間の合意を導くという調整が必要になる。そのための労力を惜しまず、実現にこぎつけられた成果が2024年春には施設の開業という形で実現する。

越境するインフラガバナンスが必要となる場面はこのように少なくはない。しかしながら、それを実現するにはIoTなどの情報通信技術やデータなどの基盤技術的側面に加えて、失敗を許容する、むしろ、小さな失敗を意図的に作り出しながら、成功をもたらそうとする組織文化や犯人探しに汲々としない社会風土が求められる。さらには、越境によって生まれる小さな問題点を記録し、その改善に取り組んだ事例を共有化し、より効率的で豊かな内容を持ったインフラサービスの提供体制の構築に生かす。このための記録の収集や保管、共有化の仕組み、それを実現するためのリーダーシップが求められている。あえてリスクをとって越境する、そしてそのことが評価される。失敗や成功の事例も共有され、共有知として実践に生かされる、そのような文化をはぐくむことができる、そんなインフラガバナンスの実現が求められている。

土木学会 第187回論説・オピニオン(2022年12月)



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