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健全な水循環・水環境に向けて

古米 弘明
論説委員会委員長
中央大学研究開発機構


健全な水循環の確保は、国土保全や水資源・水利用において省庁を超えた重要な施策課題である。その施策検討を横断的に始めるきっかけは、第5次全国総合開発計画「21世紀の国土のグランドデザイン」の閣議決定(1998年3月)であろう。

そのなかで、流域圏における健全な水循環の保全、再生や国土の管理水準の向上に向けて、横断的な組織を軸として地域間や行政機関相互の連携を図ること、対策を充実することが謳われた。そして、1998年8月に設置された健全な水循環系構築に関する関係省庁連絡会議で、健全な水循環系の定義が「流域を中心とした一連の水の流れの過程において、人間社会の営みと環境の保全に果たす水の機能が、適切なバランスの下にともに確保されている状態」と示された。そして、健全な水循環系の確保に向けた様々な施策が実施されてきている。

あらためて、水循環と人間社会の営みや環境保全との関係を考えてみたい。安全を確保しながら人間社会の活動を支えるには、災害防止や被害軽減のため水を制する治水、様々な用水を安定的に確保するための利水、生態系に配慮した水環境の保全・整備が求められる。治水や利水においては、水循環に少なからず影響を与える土木施設が建設整備される。ダムは洪水調節、発電、灌漑用水、水道・工業用水など多目的に機能しているが、自然な水の流れを大きく改変させることに変わりない。河川においては、河道掘削や堤防・護岸の整備などによる改修、取水堰や河口堰の建設などが行われる。

施設の建設整備だけでなく水利用に伴う影響もある。水道用水や工業用水では、必然的にその利用を通じて水質劣化が発生する。したがって、下廃水処理などの水再生を施したとしても水域に排水・還元することによる水質影響がある。また、都市開発や住宅地開発では土地利用を大きく変化させ、保水機能の低下等をもたらす。近年では、開発に伴う雨水調整池の整備だけでなくグリーンインフラなどの導入努力はなされているが、その流出抑制効果の定量化にはまだ課題が残されている。

すなわち、これまでの我が国における都市域の拡大や社会・産業活動の増大により、浸透面の減少、都市河川の排水路化、生活用水の利用や排出汚濁負荷の増加、過疎化や高齢化などに伴う農地や森林の管理水準の低下などが生じ、水循環だけでなく水環境にも大きな負の影響を与えてきている。

このような背景のなか水循環基本法が2014年に制定され、翌年には水循環に関する施策の基本的な方針や総合的かつ計画的に講ずるべき施策を示す水循環基本計画が策定された。そして、2020年6月に初めて計画改定がなされた。改定計画で重点的に取り組む3本柱として、1) 流域マネジメントの更なる展開と質の向上、2) 気候変動や大規模自然災害等によるリスクへの対応、3) 健全な水循環に関する普及啓発、広報及び教育と国際貢献、が示されている。

以下では、普及啓発、広報及び教育への取組を取り上げたい。この取組には、身近に水に触れ、水について学べる機会を創出し、水に関する意識を醸成することが必要である。そして、水循環の健全性や流域マネジメントの取組の効果を見える化する評価指標・評価手法を確立することが期待されている。例えば、河川で設定される維持流量や正常流量は、ある意味流水の健全性を確保するための数値指標と考えられる。しかし、水循環の健全性や施策の取組効果を評価するものではない。

健全な水循環の評価は、流域における人為活動に伴って自然な水収支からどれだけずれているのか、大きく歪んでいないかを調べることで行うことができるものと考える。例えば、どの水の流れが遮られているか、取水や揚水が過剰ではないか、何が水循環を改変させているのかなど、水循環の健康を診断することであろう。その診断を通じて病状を把握し、自然な治癒の可能性も考慮しながら、適切な治療を施すことが求められる。すなわち、水循環に及ぼす人間社会活動の影響が、自然の持つ修復力を超えて水の機能が損なわれていないかどうかも知ることが大事である。また、水循環への影響評価は、水収支や水量だけではなく、水質や水生生物や水辺地などの水環境の構成要素との関連を含めて行うべきである。この課題は困難であるが、若手研究者の挑戦に期待したい。

土木学会 第187回論説・オピニオン(2022年12月)



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