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山岳トンネル工事における女性技能者活躍の可能性

阿部 友美
論説委員
株式会社奥村組 東北支店土木部

女性の坑内労働は、1947年に制定された労働基準法で全面禁止となったが、1985年の同法改正で、医療や取材、高度の自然科学研究業務について、臨時的な入坑が認められるようになり、2006年には、技術上の管理業務および指導監督の業務について、就業制限の範囲から除外された。こうした法改正の経緯について、さほどの知識も持っていなかった私が、2013年、山岳トンネル工事の現場に配属されることとなる。これまで現場監督としてトンネル工事に従事した経験から、未だ就業が制限されている「女性技能者」の活躍の可能性について考えてみた。

働く女性を取り巻く環境は、男女雇用機会均等法の制定以来、大きな変化を遂げている。経済社会構造や女性自身の意識も変わり、さまざまな分野で女性が活躍するようになり、かつては女性が就業することがほとんどなかった分野への進出も増えている。我が国の経済社会が活力を持ち続けるためにも、女性の活躍はますます期待されている。斯く言う私も、ドボク屋として駆け出してから、四半世紀が経過しようとしているところである。

「トンネル」という言葉からは、暗くて見通しが悪い、息苦しい、などといったマイナスイメージが先行しがちである。しかし、現在の坑内は遵守すべき環境管理基準値や推奨値を常時確保するべく、照度を確保、換気機器類も稼働させ、坑内環境を管理している。坑内労働に伴うリスクは、地質等の自然条件による落石・落盤、異常出水等が挙げられるが、これに遭遇するリスクに男女差はない。法規制の充実や施工技術の進歩等に伴い、作業環境および作業態様の双方において、安全衛生が確保されるようになってきており、女性の坑内労働を一律に排除しなければならない事情は乏しくなってきている、と言ってよいだろう。

しかしながら、坑夫の作業のすべてが、重機操作や監視業務にシフトしたわけではない。鋼製支保工等の重量物の移動・据え付けは、移動式クレーンやエレクターを使用するものの、ロックボルトの挿入やナットの締付け、金網の取付け、防水シートの張り付け、アーチ鉄筋の設置、セントルのコンクリート配管の切替え等、いわゆる「肉体労働」と言われる作業が多いことも事実である。また、管理業務においても、ロックボルト引抜試験は「肉体労働」と言っても過言ではなかった。従来の試験器具自体の総重量は30kgと重く、試験場所への持ち運びや、狭い高所作業車上での測定には、多大な労力を要しており、1人が手動油圧ポンプを用いてロックボルトに人力で荷重をかけつつ、もう1人が変位量を読み取って記録するという、2人1組での作業が基本であった。このような態様下で、「女性技能者」が坑内で活躍できる場面は、さて、どれほどあるだろうか。トンネル工事における一連の作業工程を現場監督として管理してきた私が、自分が技能者なら何がしたいか、何ができるか考えてみたとき、回答に詰まる、というのが本音である。

近年、山岳トンネル工事においても、各工程における施工の自動化が進められている。切羽においては、フルオートコンピュータジャンボが開発・導入されており、覆工においては、セントルセットや打設中の挙動監視を統合管理するシステムが開発されていて、いずれも省人化が期待されている。熟練した坑夫の中には、最新機器を扱う者を「坑夫じゃなくオペレーターだ」と揶揄し嘆く者もいるが、彼自身、手掘りでトンネルを掘ってきた世代というわけではない。

前述のロックボルト引抜試験は、現在では試験器具の軽量化とコンパクト化、油圧ポンプの電動化、測定結果の自動記録等、改善が進められている。私1人でも引抜試験が可能であるのだから興味深い。使用する資機材の軽量化は、それを扱うのが男性(坑夫)であっても、大いに歓迎されているはずだ。

このように、トンネル工事における技術革新は進んでおり、さらに法改正による規制緩和がなされれば、女性技能者活躍の可能性は大いに高まるだろう。しかしながら、男性女性に関わらず、坑内労働に魅力を感じる人はどれだけいるだろうか。このことは坑内労働に限らず、深刻な技能者不足に悩む土木業界全体の問題であると考えている。

土木学会には、労働環境改善に向けた課題を洗い出し、業界諸団体や官公庁と連携して標準示方書を改定するなど、誰もが働きやすい環境整備に取り組むのはもちろんのこと、この業界の魅力や働きがいをこれまで以上に発信していく役割を期待している。

土木学会 第162回 論説・オピニオン(2020年11月版)

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