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オンライン国際ハッカソンを成功させるために必要な10のこと、あるいはCOVID19 Virtual BioHackathonはどのようにして成立したのか

大田達郎
ライフサイエンス統合データベースセンター(DBCLS)

ハッカソンのオンライン化

 COVID19の感染拡大により、2020年は多くの人が行動の変化を強制された年であった。集会の開催が困難になったことで、研究会やセミナーが全面的にオンライン化したことは、アカデミアにとって特に大きな変化であったと思う。

 筆者が所属するDBCLSでは、BioHackathon(以下BH)という合宿形式の国際会議を年に一度、10年以上に渡って開催している。BHでは世界各国から集まった研究者や開発者が同じ会場に宿泊し、7日間に渡ってグループでの議論や開発を行う。特殊な会議の形態であるため、BHにはこれまでの開催経験を活かした様々な運営上の工夫がある[1]。筆者は8年ほど前から参加を続けており、メールでのやりとりや国際ビデオ会議、発表が主体の国際会議と比較して、人的ネットワークの構築の容易さや、個々の参加者が抱える問題解決の効率の高さという点において、BHは非常に有意義な会であると感じている。

 しかし現状では従来型のBH、すなわち世界中の研究者を集めて合宿をするという形式は、その他の国際会議と同様に、COVID19感染拡大防止の観点から実現が非常に困難となっている。では国際会議がオンラインに移行したように、ハッカソンもオンライン化が可能なのだろうか。オンラインで開催するハッカソンは、対面での開催と比較して、参加者が得られるメリットをどこまで再現できるのか、あるいは異なるメリットを生み出せるのか。ハッカソンの意義が対面でのコミュニケーションに基づいたものであるとすれば、これらは興味深い問いである。本稿では、筆者がオンラインハッカソンCOVID19 Virtual Bio­Hackathon 2020(以下vBH)のオーガナイザーを務めた際に得た経験を振り返り、この問いに答えることを試みる。

使用ツールと開催規模

 vBHの開催レポートはNBDCブログにおいて既に公開されている。そのため会の内容の詳細はそちらに譲り、ここではまずオンライン開催に用いたソフトウェアツールを示す。

 会期中の参加者同士のチャットコミュニケーションにはSlackを利用した。COVID19に関連する非営利・学術目的の会合であることをSlack社に伝え交渉したところ、有償版を期間限定で無償提供してくださった。メッセージの上限や通話人数の制限が解除され、大変感謝している。参加者全員が参加する進捗報告のセッションには、Zoomのセミナー機能を利用した。オーガナイザーの1名が有償アカウントを既に利用していたため、人数制限などの影響は受けなかった。連絡や進捗報告の記録と公開にはGoogle Slideの共同編集機能を利用し、プログラムやドキュメント、小規模なデータのストレージにはGitHub repositoryとGitHub wikiを利用した。これら複数のツールを組み合わせて採用した背景には、vBHがBHコミュニティの有志により企画されたもので、組織的な予算がなかったという事情があった。しかしこれらのツールは参加者の多くが既に使い慣れたものであったため混乱が少なく、サポートの必要が少なかったことは、結果的に利点となった。vBHのSlackワークスペースに参加した人数は約550人であったが、期間中に3回行われた全体セッションの参加者は平均して約100人ほどであった。おそらく、アナウンスに興味を持ちSlackには参加したものの、プロジェクトへの加入はしなかったという人が多かったのだろうと推測している。その原因は各々の自主性に任せるというBHの運営方法をオンラインでも踏襲した結果であると考えており、むしろオンラインでもアクティブに開発に貢献した参加者が全世界で100人以上いたということを嬉しく思っている。

会の進行

 開催のアナウンスは会期3週間前にBHのMailing List(以下ML)で行い、同時にハッカソン中に実施するプロジェクトとリーダーを募集したところ、24のプロジェクト提案があった。リーダーにはプロジェクトの概要と作業内容をGitHub上で公開するよう求め、参加者には会期中に参加するプロジェクトを事前に決めておくようアナウンスを行った。会期中の開発の進め方は各プロジェクトのリーダーに一任し、ハッカソン初日の日曜と中間の水曜、最終日の土曜に計3回行ったセッションでの報告を求めた。セッションでは、事前に主催側で準備したテンプレートに沿ってスライドを作成してもらった。テンプレートはスライド1枚、課題・実施事項・次の目標の3点に絞って簡潔に書くことを求め、これによって必要以上にセッションに時間をかけないことを徹底した。これらのスライドは今も公開されており、誰でも閲覧することができる。

 対面でのハッカソンと比較して最も大きな会期中の変化は、異なるグループのメンバーとの交流の頻度であった。対面であれば、朝昼晩の食事の席、コーヒースペース、夕食後の交流会など、共にプロジェクトを進めるメンバー以外の参加者と話をする場所や機会が多くある。そのような機会にお互いの目的や課題を話す中で、思わぬヒントを得られたり協力のきっかけができたりすることは多く、それがハッカソンの醍醐味でもあるのだが、オンラインではプロジェクトごとにコミュニケーションのチャンネルが分かれているため、わざわざ出かけて行かない限り、他のプロジェクトで何が起きているかはほぼ分からない。これはハッカソンのオンライン開催の最も大きなデメリットであろう。セッションでの発表スライドを1つにまとめ、全員が同じファイルに共同編集で書き込むことは、スライド切り替えを排してセッションの時間短縮を図るためだけでなく、他グループの様子を少しでも目にする機会を作るという意味で重要であった。

行動規範

 MLやSNSでのイベント情報の拡散によって参加希望者が増えたことで、開催前にはMLで多くの議論が飛び交った。その際に、メールのやり取りを見たことで精神的にダメージを負ったと申し出た参加者があった。欧州各国では一斉にロックダウンが始まっていた時期であり、多くの人にとって先が見えず不安な状況であったため、このようなケースには一層適切に対処する必要があった。そこでオーガナイザーを正式に組織し、Code of Conduct(行動規範、以下CoC)を定め、それに反した言動を目にした場合に相談を受ける窓口を作ることで対応を行った。日本国内の学術集会でもCoCと相談窓口を作ることが徐々に一般的になっているが、対面と比べて言葉足らずになりがちなオンラインであるからこそCoCなどの整備が重要であると感じた一件であった。

オンライン化によるメリットとデメリット

 参加者として最もメリットを感じたのは、時差のおかげで24時間常に誰かが作業を行う交代制を敷いてプロジェクトを進められたことだ。筆者が携わったプロジェクトではCOVID19関連のデータ解析ワークフローを各種ワークフロー言語やフレームワークを用いて整備するという作業を行っていた。このプロジェクトではメンバーが日本・欧州・米国東海岸・米国西海岸に散っていたため、それぞれが交代で作業し、多くの成果物が得られた。だがこれは裏を返せば常に誰かが何かしらの問題を抱えるということであり、オーガナイザーの気の休まる時はないということでもあった。

 時差によるメリットは国際イベントならではであるが、オンライン化によって参加に伴う移動がなくなったことは最も大きなメリットであった。参加者は渡航の時間と費用が不要になり、長距離移動による健康への弊害もない。ビザの制限により移動自体ができないという心配も必要ない。7日間という日程は通常の国際学会よりも長いため、それ故に物理的に移動する必要がないことはハッカソンにとっても大きな利点となった。今回のvBHでも、普段はあまり見られない中東やアフリカからの参加者が多かったことは、このメリットが働いた結果であるように思う。また、普段の生活とリズムを変えることなく参加でき、家族への負担、あるいは日々の習慣への影響を最小限にできることから、これまでより広い参加者に門戸を開くことができたと考えている。多様な人材が集うことでその意義を高める性質がハッカソンにあることからも、初めての参加者が多かったことは1つの成果であった。

 一方で、国際ハッカソンをオンライン化することによるデメリットは「小さなコミュニケーションの不在」によるものが大きい。ここでいう小さなコミュニケーションとは、挨拶、仕事に関係のない雑談、ちょっとした仕事の相談などを指している。具体的な問題として、初対面の相手とのコミュニケーションの難しさ、同じプロジェクトのメンバー以外の参加者との交流の少なさ、期間中のプロジェクトへのモチベーションの維持の難しさ、などが挙げられる。ハッカソンの目的が参加者同士の深い交流や議論であることを考えると、コミュニケーションの質が下がることは致命的な問題だ。

 オンラインでのコミュニケーションは対面でのコミュニケーションと比較して、どの程度真意が伝わっているのか、あるいは理解できているのかを測りかねる難しさがある。時差により集まるタイミングの難しさもある。そのため、チャットや通話で積極的に発言し、貢献する意思があることを参加者個々人が表明する必要がある。また、発信内容が連絡や報告ばかりになってしまうと、些細なことで話しかけたり相談したりするハードルが上がってしまうため、適度に雑談することも実は重要である。

 整理すると、オンラインで開催するハッカソンのメリットは参加障壁の低さ、デメリットはコミュニケーションの質と頻度の低さとなる。ハッカソンにおけるコミュニティビルディングや、グループ間での議論や交流、情報共有という点では、オンラインでのハッカソンは対面でのハッカソンの代替とはなり得ないだろう。しかし、既にビジョンや目標が共有できている場合には、期間内での生産性が高いオンラインでのハッカソンは有益なコラボレーションの機会となるだろう。オンラインと対面のハッカソンは補完的な関係にあるものと考え、対面のハッカソンでの質の高いコミュニケーションと深い議論によって構築されたコミュニティを維持し、継続的に成果を出す「拡張」としてオンラインハッカソンを捉えることが、現状での最適な役割分担ではないかと考えている。

Ten simple rules to run a successful *virtual* BioHackathon

 まとめに代えて、以下vBHでの経験から得られた教訓をPLOS恒例のTen Simple Rulesに倣って示す。

  1. 会議ツールは参加者の多くが慣れたものを組み合わせること。ユーザサポートのコストは規模と共にスケールし主催のリソースを削る。

  2. 進行は参加者の自主性に任せること。最低限の約束事と全員が集まる日程だけを予め決めておく。

  3. プロジェクトリーダーは期間中の作業内容を事前に具体的に決めておくこと。対面とは異なり始まってから目標を議論することは難しい。

  4. 進捗報告は1つの共同編集スライドに集約すること。でなければ他の参加者が何をしているか全くわからない。

  5. 適切なCodeofConductを定めておくこと。CoCに反した振る舞いを通報する窓口を設置し、通報があった場合の対応も決めておくこと。オンラインでは誤解が起きやすい。

  6. 会議に関わる全ての情報をオープンにし、参加障壁を下げること。誰でも気軽に入れるオンラインのメリットを失ってはいけない。

  7. 初参加の人や困っている人でも気軽に発言できる場所と雰囲気を作ること。ユーモアを忘れないこと。

  8. オンラインは対面の代替であると考えないこと。両者は補完的な関係にある。

  9. オーガナイザーが運営しつつプロジェクトにもコミットしたければ、相応の消耗を覚悟すること。

  10. 関わる全ての人をリスペクトして、ハッカソンを楽しむこと。

 これからオンラインハッカソン、あるいは類似のオンラインイベントを開催しようとする人の参考になれば幸いである。

Reference

  1. Garcia L, Antezana E, Garcia A, Bolton E, Jimenez R, Prins P, et al. (2020) Ten simple rules to run a successful BioHackathon. PLoS Comput Biol 16(5): e1007808. https://doi.org/10.1371/journal.pcbi.1007808

本記事は日本バイオインフォマティクス学会ニュースレター第39号(2021年3月発行)に掲載されたものです。
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