はにわどぐう

散歩したり、写真をとったり、気になったことを調べたりしています。

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最近の記事

キムチと明太子

博多を旅すると、なんとなく異国感があり、韓国を感じるときがあります。 例えば、博多名物 辛子明太子 そのルーツは、韓国のキムチにあります。 下の写真は、韓国食品店で買ってきた鱈の子のキムチです。 ほぼ辛子明太子ですよね また、韓国の代表的な家庭料理として、わかめスープがあります。 朝にわかめスープを飲むそうです。 これは、朝に味噌汁を飲む日本人と共通している文化のように思われます。 このように、日本人と韓国人は、食文化がよく似ています。 さらに、韓国と日本の食文化で

      • 雑記3

        古事記 序文   古事記の序文を読み直していました。 なにか大事なことが書いてあるような気がして… まずは、三柱の神が創造の初めとして現れます。 ①天之御中主神 ②高御産巣日神 ③神産巣日神 そして、陰と陽とが別れて、④伊耶那岐、⑤伊耶那美のニ柱がすべてのものの祖となったと書いています。 ⑥天照大御神、⑦須佐之男命と続き、誓約(うけい)の話、国譲りの話があり、⑧瓊瓊杵尊、⑨神武天皇(日向から大和への東征)の話が出てきます。 その後の天皇としては、⑩崇神、⑪仁徳、⑫

        • 雑記2

          弥生時代についてのメモです 近畿の弥生時代の集落遺跡をいくつか見て回った個人的な感想です。 ・池上曽根遺跡 ・唐古鍵遺跡 ・伊勢遺跡 ・下之郷遺跡 稲作を中心とした集落が形成され、近畿、近江、尾張、吉備、北部九州との物流を確認することができます。 特に唐古鍵遺跡は物流が盛んで青銅器作製の技術も発達しており、さながら計画的に作られた都市といった印象を受けます。システマチックで、とても豊かな印象を受けます。 また、池上曽根遺跡からは、鯛の骨や蛸壺などが出土しており、豊か

          弥生時代の地震

          弥生時代の大規模地震の跡@香川県 松林遺跡 震度6以上の地震が発生したとのことです。 この地震で河川が埋まり、香川県には多数の池が形成されたそうです。 紀元-1/+1年頃でしょうか? おそらく南海トラフ地震だと思うのですが、よくわからず、確証がありません。 どなたか、年代をご存知であれば、教えて下さい。

          弥生時代の地震

          雑記1

          弥生時代を考察する際に気になったことを雑記として残しておきます。 ① 魏志 東夷伝 倭人条に記載されている倭人は、顔に入れ墨をしている海洋民であり、邪馬台国(原文:邪馬壹國(やまい))は奈良(大和)から発展したとは考えにくい そもそも、原文:邪馬壹(やまい)を邪馬台(やまたい、やまと)と記載することに問題がある ② 魏志 東夷伝 倭人条に記載されている邪馬壹國は、考察の結果、以下の円の範囲内にあり、広形銅矛の分布と重なっているように見える ③ 三遠式銅鐸の分布から、近江

          大阪の縄文~弥生時代

          大阪は河口に位置する街ですので、縄文時代の地層にたどり着くまでには3m以上掘らなければならず、縄文時代の遺跡は極端に少ないものとなっています。 ですが、大阪のど真ん中に縄文時代の遺跡があります。 年に数日、展示室を開放して一般公開しています。 縄文時代の人骨がほぼ完全に残っていることは、とても珍しいそうです。 これだけ深いと、そうそう発掘調査はできそうにないですね~ 汽水~淡水の貝が確認されていることから、このあたりは、海から湖(河内湖)に変遷していったことが実証されて

          大阪の縄文~弥生時代

          古代のまとめ

          古代史の素人ながら、これまで調べたこと、特に弥生時代について、中国大陸、韓半島とともに年表にしてまとめてみました。 韓半島については、まだ調べ切れていないので、189-236年の公孫氏についてだけ記載しています。 弥生時代中期から弥生時代後期にかけて-100~+100年)、「寒冷・湿潤化」が進行していたようです。このとき、低地から高地への集落の移動が九州から近畿地方にかけて見られたようです。高地集落化は、主に雨(梅雨)などの湿潤化が原因だと考えられていますが、それだけが原

          古代のまとめ

          弥生後期のはじまりをさぐる

          大阪府立弥生文化博物館 令和5年度 冬期特別展 第1回 土器から読み解く弥生時代後期の列島西半部の地域間の関係 川上洋一さん 奈良県橿原考古学研究所 副所長 「弥生後期前葉には、無紋化、粗雑化した土器(独自性が弱まる)が流通し、中部瀬戸内地域の土器が北部九州地域(遠賀川以西地域)や近畿地域の土器に影響を与える」という興味深い話を伺いました。つまり、弥生後期前葉には、土器の共通性が高まるとのことでした。  北部九州地域(遠賀川以西地域)←中部瀬戸内地域→近畿地域 また

          弥生後期のはじまりをさぐる

          閑話休題

          大阪歴史博物館の10階にある最初の展示物は、縄文土器でした。 近くの森ノ宮遺跡から出土した4000年前のものです。 壁厚が薄く、造形がとても美しいです。 鹿児島県の上野原縄文の森から出土した縄文土器です。 こちらも、現代のアートのように美しいです。 歴史博物館の10階に展示されていた女官 現在のK-pop アイドルみたいですね~ オーディションとかあったのでしょうか? オシャレなオイシイ カクテルのお店 メニューは、コーヒー、ジュース、カクテル、ぜんざい 気になっ

          南海トラフ地震について

          今日の散歩 大阪市 大正区 大正橋東詰に「大地震両川口津浪記」の石碑があります。 この石碑には以下の2つの地震について記載されています。 ①嘉永七年(1854年)6月14日の地震 ②宝永四年(1707年)10月4日の地震 いずれも南海トラフ地震であったと思われます。 石碑の記載については、大正区のHPから引用しました。 (上記の看板の内容と同じです) 嘉永七年(一八五四年)六月十四日午前零時ごろに大きな地震が発生した。  大阪の町の人々は驚き、川のほとりにたたずみ

          南海トラフ地震について

          建国記念日

          ウキペディアによると、2月11は、「神武天皇(日本神話の登場人物であり、古事記や日本書紀で初代天皇とされる)の日本書紀における即位日(旧暦1月1日)の月日を、明治時代にグレゴリオ暦での具体的な日付として推定したものである」とのことです。 神武天皇といえば、「東征」ですが、個人的には、ある程度、史実に基づいていると考えています。 特に、東征にまつわる「浪速」、「白肩」、「南方」などの地名が残っていることや、河内湖の存在などから、神武東征は、かなりのリアリティのある記載になっ

          韓国考古学

          文献史学の限界に達しましたので、韓国の考古学を勉強してみることにしました。日本語で読める韓国考古学会の本は、これだけだと思われます。 つまり、この本に書いてあることは、少なくとも韓国考古学会が認めているということなので、歴史認識の問題になることはないと思われます。 さて、この本から日本の歴史について、何か新たにわかることはあるのでしょうか? また、『三国史記』(朝鮮半島に現存する最古の歴史書)や日本の歴史書(日本書紀)との関係も気になるところです。 ちなみに、日本書紀は

          文献史学の限界

          漢書 地理誌の「倭奴國」は、金印の「漢委奴國王」の「委奴國」と同じだと考えるように至りました。 「委奴國」は、大国である漢から金印を授けられたのですから、ある程度の規模を有する国、つまり複数の国をまためたような国であったと考えます。 ここで、「倭奴國」や「委奴國」の「奴」は、人をさす言葉であったとのことです。つまり、「倭奴國」や「委奴國」は、「倭奴」や「委奴」が住む国という意味だったのではないのでしょうか? 甲骨文字を研究している「張 莉」さん(立命館大学)によると、「

          文献史学の限界

          倭国乱や邪馬台国の東遷と火山を一緒に考える理由

          突然ですが、以下の土器①と②を比べてみて下さい。 ①の方がデザイン的に優れていて, 美しいと思いませんか? ①、②は、いずれも鹿児島県 上野原縄文の森に展示されている縄文時代の土器です。 同じ地域から出土していますが、明らかに製作者のセンスが違っているように思えますし、全く別の民族が作ったように見えます。 ①の土器は、四角形のものもあり、壁厚が薄く、現代でも通じるデザインです。一方、②は、丸形で壁が厚く、全体的にぼてっとしています。 それもそのはず、①と②との間には

          倭国乱や邪馬台国の東遷と火山を一緒に考える理由

          九重山

          九重山の噴火についても気象庁のHPで調べてみました。 西暦300年~400年に噴火があったようです。 火山爆発指数 Volcanic Explosivity Index, VEI=5で、非常に大規模な噴火だったようです。 ここで、卑弥呼の死が247年とも248年とも言われていますので、その後の壹與(いよ)の時代だったのでしょうか? 前回、前々回の話と関連させると、2000年前(紀元)あたりに南海トラフ地震が発生し、阿蘇山の噴火が200年頃まで続き、倭国乱→卑弥呼共立、