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神の社会実験・第27章

甘いタレご飯の効果は覿面だった。食べ終えた彼女はがらりと大人しくなり、器を下げに来た大将に礼まで言える様になっていた。

「ありがとう、大将。本当に美味しかった。食べ物に感銘を受ける事なんて、久しぶり。野蛮だなんて言って、ごめんなさい。」

大将は舐めた様に綺麗に空になった器を満足そうに片付けた。

「こちらこそ、ありがとう。何億光年もの彼方から地球に来たかいがあったよ。」

そこで彼女は大将が宇宙人だと気付いたらしい。驚きの眼差しを僕と大将交互に向けると、

「知っていたの?」

と、僕に問いかけた。僕は頷いて、そして思いついた。

「そうだ、君は島の外で活躍したいみたいだけど、島の宇宙飛行士になればいいんじゃない?そうすれば、罰を受けずに島を出られるし、人類に大きな貢献ができるよ。」

プルーは初めて少し恥ずかしそうに目を伏せた。

「宇宙は怖いの。スペースセンターでバーチャル宇宙旅行を体験した時に死ぬほど怖かった。」

「でも、記憶や全てを無くして、知らない世界に放り出されるのは怖くないの?君みたいにきれいな人を見たら外の悪党は絶対に放っておかないし、君の翼は凝っているから、はぎ取られた痕だって相当注目を受けるだろう。ひょっとしたら、肩甲骨をそっくりもぎ取られて、生きてはいけなくなるかも知れないよ。」

「それは、いいの。すぐに死ぬのも、怖くない。当たって砕けろ、って言う感じ。でも、私、もし島の外に出られたとしても、歌う事しかできなくて。だから誰かの助けが必要なの。」

そう言って上目づかいに僕を見つめるプルーは信じられない位可愛かった。でも、その愛らしさに対する熱い気持ちを打ち消すくらい冷たい認識が、同時に湧き上がっていた。この子は、その言葉に反してどうしてもやりたいことを心に決めている訳ではない。ただ捨て鉢な気分なだけで、使命感に駆られて何でもやってやろうって志を持っている訳でもない。大人っぽい顔立ちだしお酒も飲んでいたけど、きっとまだティーンエイジャー。ただ単に恐ろしく未熟で、体を駆け巡るホルモンの影響で感情的になっているだけだ。そんな子のために自分は冷や冷やさせられていたかと思うと、ちょっとだけ憎らしくなって大人げなく意地悪したくなった。

「ふーん。つまり君は、自分が不愉快なのを他人にどうにかさせようとしているんだ。自分には何の考えもなく、全て丸投げ。しかも、自分が死ぬ覚悟だから、その人も命を捨てて当たり前?それこそ、人としてどうなの?」

僕はなるべく穏やかな口調で言ったのだけど、プルーはたちまちひっぱたかれた様な顔をした。さっきまでの威勢はどこへやら、涙目にさえなっていた。

「そ、そんな…私はただ…」

俯いて花弁の様な唇を震わせている彼女を見て、僕は確信した。やっぱりそうだ。これは、この島のシステムの弊害だ。僕の意地悪に憤慨しなかったのは、彼女が図星をつかれたと理解したから。プルーは決してバカではない。ただ、極度に世間知らずなだけ。そして、病気も理不尽も喪失も、本当に辛い事は何一つ経験したことがない彼女には、血みどろの歴史でねじ曲がった外の世界の人間の考え方など露ほども理解できないのだ。勿論、それは彼女のせいではないのだけれど。職業病で、僕の頭の中には一つのルポルタージュが構成されていた。美しい彼女は、時間にも金銭にも縛られない豊かな場所で、文字通り何一つ不自由せずに育った。可能性に満ちた自由の島に生まれ、心穏やかな人々に囲まれ、欲しい物は瞬時に手に入り、当たり前の様に天職についた。しかも歌手と言う職種柄、感情を全開する事に専念してきた。それだけに外の世界でどんなにひどい事が起きているかを聞いた時に、自分が訴えれば直ぐにどうにかできると思い込んだ。そして、その問題がこの島では唯一タブーな物だと教えられた時に、どうしても溜飲を下げることができずにいた。敗北や疑う事、どうしようもない事など一切知らない彼女が考えた末、島に来て日が浅い人なら外の苦しみを覚えているから、一緒にどうにかしようとしてくれるに違いないと思った…という所だろうか。さて、どうしよう。

「ごめん、プルー。君が、僕に自分のために死ねと言うつもりではない事は分かっていた。でも、君のお願いは結果的にはそう言う事を意味しているのだという事は、分かって欲しい。そして、僕には神様との約束以外にもここに託してくれた両親に対してこの島で幸せに暮らすという義務があるから、君の手助けはできない。

でも、話を聞くくらいならできる。そう言えば、僕は君の事は名前以外何一つ知らないね。どうしてそこまで思い詰めてしまったのか、良かったら聞かせてくれないか。」

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