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魔法なんて使えない私たちだから #noteリレー

「ハレーションって知ってる?」

「どうしたの、突然」

通路を通り過ぎた親子連れを目で追う。父のうしろをピョンピョン飛び跳ねながらついて歩く小さな男の子。スプラトゥーン柄のリュックにはピンク、オレンジ、イエロー、グリーン、ブルー、パープルのイカが散らばって、ところどころ重なってプリントされている。鮮やかなネオンカラーに他のテーブルの大人たちも一瞬 目を奪われる。

「昔の職場にいた上司の口癖。『ハレーション起こすな。目が疲れる!』ってよく言ってたんだ。思い出しちゃった」

「えっ?あぁ、色。数年前とはだいぶ変わったよね。確かに疲れる。でもかわいい」

私の視線の先を確認して彼女が答えたちょうどその時、日替わりパスタプレートが届けられてこの話は打ち切りになった。ランチを食べ終えたら、来週の体験レッスンの打ち合わせをすることになっている。クラスの人数で給料にも差が出てしまう講師の仕事。生徒募集の大事な1時間は、子供たちに受けのいい「科学で遊ぼう」のカリキュラムを実施することまでは決まっているんだけど。

渡された教本からどのテーマを選ぶかは講師に任されている。男の子が多ければバネの力を利用した車を作ってみたり、女の子が多ければ色水で人形の服をデザインしてみたり。寒い時期には塩を使った雪のお絵かきも人気と聞く。年齢によって理解度が違うから楽しみ方も様々、どのテーマを選んで何を教えるのか、講師の力量が問われる授業だ。もちろん経験の浅い私たちには、どれが参加親子のハートをつかめるかなどわかるはずもない。今日は作戦会議という名目のランチ会だった。

まずは腹ごしらえと笑った彼女は先ほどからペスカトーレのアサリに苦戦している。遅れをとらないように私もフォークを手に取った。


「なんか元気ないね」

キッチンでコーヒーバッグの封を開けながら彼が言う。目を合わせないのは、話をあまり深刻にしないようにという配慮だろう。今思えば、いつもはドリッパーにフィルターをセットしてゆっくりハンドドリップしてくれる彼が、保険でストックしてある個包装のコーヒーを使ったのは急いでリビングに戻ろうとしていたからなのかもしれない。入社して1年ほど過ぎたあの日、初めて1人で作ることを許された小さなチラシ。たった10数点しか掲載しないアイスクリーム企画のデザインに私は苦戦していた。

「背景に使う色、ブルーで指定しちゃったんだ。涼しげでいいだろうと思って。売価を赤で載せること忘れちゃったんだよね。うっかりしてたの。ほら、売価は毎度のことだから指定を省いても現場でやってくれるでしょ。だからそのまま入稿しちゃって。で、色校正紙が今日上がってきたんだけど…」

「青い紙面に真っ赤なプライス、おまけにアイスのパッケージもカラフルで紙面はガチャガチャ?」

テーブルに2つカップを並べて今度は私の目を見ながら彼が笑う。

「そう、サイアク…『ハレーション起こすな。目が疲れる!』って大目玉」

「まぁ、いろんなことが起きる。デビュー戦でコケたこともそのうち笑えるよ。あっ、俺タバコ切らしたからちょっとコンビニ行ってくるわ。先に飲んでて」

薄色デニムの細い足が視界を横切る。後ろ姿を見送ってあたたかなコーヒーを口に含んだらホッとしたのだろうか。座ったまま、暫くうとうとしていたらしい。頬に冷たいものが触れたような気がして目を開くと、彼がちょうどテーブルにお皿を置くところだった。

スプーンで大雑把に掬った山盛りのバニラアイスに、くし切りのオレンジが添えられたガラスの器。


なんでアイス?
このタイミングでアイス?


思わず口を開けてしまった私の頭上には、ポカーンという文字が浮かんでいたに違いない。もし漫画のひとコマだったら間違いなく。


「イヤな記憶はすり替えちゃえばいいんだって。アイスはあまい、オレンジはうまい。はい、食べる!」

真面目な顔で言うから思わず吹き出してしまった。

「その方が似合ってる。おまえはいつも笑ってろよ」


この真っ直ぐなやさしさに何度救われただろう。時に、正直すぎる言葉に心をえぐられることがあったとしても、やはりこれが彼の大きな魅力だったのだと思う。

それでもあの頃は、ストレートな言葉が私を傷つけ、まわりくどい言葉が彼を苛立たせた。それだけはどうしてもすり替えることのできない事実だった。

頼まれたモーニングコール、「頑張ってね」と言葉を添えたら、しゃべり方がイライラすると電話を切られたこともある。余裕のない時はそのままの自分をぶつけてきた人。誰にも弱みを見せられない彼にとって精一杯の甘え方だったのかもしれない。でも私にはそれがわからなかった。何度も大きなケンカをして、何度もひどく泣いた。

仕事が終わって駅に向かう途中、通り過ぎようとした喫茶店から彼が出てきたことがある。「ゴメン」を伝えるためだけに、何時に終わるかわからない私を待っていてくれたのだ。どのくらい待ったの?と聞くと、ハードカバーを見せながら「これくらい」と笑った顔がほんの少し不安そうで、あぁこの人はとてもさみしがりやなんだと思った。

ひとり暮らしの冷蔵庫にいつも入っていた鮮やかなフルーツたち。入れておかないと落ち着かないと言っていた。冬の晴れた空みたいにキリッと潔いのに、本当はあたたかな日差しに守られたいと望んでいた人。


桜の季節を何度も通り過ぎ、お互いの両親にも会った。それでも結ばれない恋もある。言い争いのたびに手からこぼれ落ちそうになる好きの気持ち。必死に繋ぎとめていた接着剤は気づかないうちに劣化して、とうとう2人はバラバラになった。




「ねぇ、さっきのテーマどう思う?
 ねーえ 、もう、ちゃんと聞いてた?」

もちろん聞いていた。『青空を描こう』にしない?なんて言うから思い出してしまった。デニムの似合うあの人のこと。

「ごめん、ごめん、聞いてたって。空のお絵かき、いいね。春から年少の子たちでしょ、喜ぶと思う。最後にみんなの絵を繋げて大きな空にしたら結構インパクトあるし」

そう、一緒にいるのは無理だったんだ。
空色とオレンジはハレーションを起こす組み合わせ。

ずっと昔に置いてきた思いがまだ温度を保っていたことに驚きながら、彼女が開いた教本に視線を落とした。


「でしょ!絵の具は服が汚れるってイヤがるお母さんもいそうだからクレヨンにしてさ。あっ、ちょうどいい、リーダーが言ってた新教材…」

「あったね、口に入れても大丈夫なクレヨン!冴えてる、きっと褒められるよ。早速、買ってもらえるかもしれないし」

「うん、じゃぁ決まりね。で、科学のお話の部分は何にする?空が青いのはなぜ、かな、やっぱり」

うーん、と言って私は口をつぐんだ。教本通りに進めるなら光の散乱の説明になるけれど、果たして幼児にどれだけ伝わるのか。太陽には7色の光があって、一番波長の短い青を大気中の分子がつかまえてどんどん放り出すから空は青く見えるんだよ、なんて言われても。

「あのさ、私、オレンジに塗った空を子供たちに見せてみようかな」

「ん?もしかして夕焼け?」


皿に残ったパスタソースがヒントをくれた。『空』と言われて夕焼けを描く人もいるんだと知ること、自分と違う絵をどう思ったかをみんなと話し合うこと、これって結構いい学びになるのではないだろうか。光の散乱はおまけでいい。太陽の光の中では青より赤の方が長いから、日が沈む時に太陽が遠くに行っても赤く残って見えるんだね。夕日ってキレイだね。今はこれだけ伝えればきっと十分。


「ねぇ、いつも思うんだけど…教本通りにやるの嫌いでしょ」

ほら、図星だと言いながら、彼女はいたずらっ子みたいにふふっと笑った。

せっかくだから写真も見せてあげようとフリー画像を探していたら、幻想的な空が目に飛び込んできた。スクロールする手を止めた私に気づいて彼女が声を上げる。

「うわー、キレイ」

青い空に沈む夕日、グラデーションでつながっていく空色とオレンジ。日の入りの直前、数十分だけしか見ることのできない美しい景色が心を揺さぶる。


もしもあの時、マジックアワーがあれば変わっていたのだろうか。

そうかもしれない、と思う。
でも多分、一緒に見たかった景色は儚く消える美しさではない。



私たちは魔法なんて使えない。

だからずいぶん長くかかってしまった。
お互いの幸せを心から願えるようになるまでに。

それでよかった、と思う。
時を超えてつながった空は、これからも変わらず美しい。




「よーし終わった!ご褒美にデザート食べない?」

「ご褒美って、授業これからだけど?」

笑いながら同意する私にメニューを見せながら、彼女は生クリームたっぷりのシフォンケーキを指さした。

「私はこっちにしようかな」

「うわ、珍しい、コーヒーゼリーじゃないんだ」

落ち着いた人だと思い違いをしている彼女の手前、迷うふりをしたけれど、本当は目にした瞬間から決めていた。頼むのはフルーツの乗った小さなパフェ。


「では、体験レッスンの成功を祈って」

「うん、がんばろうね」

パフェグラスにさしてあったオレンジをほおばったら、口いっぱいに果汁が広がった。こぼさないようにモゴモゴ食べる。

アイスはあまい、オレンジはうまい。

ねぇ、私 今日もちゃんと笑ってるよ。



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sakuさんの、こちらの企画に参加させていただきました。

生まれ変わったら何になりたい?と聞かれたら、迷わず「リレーの選手」と答えるほど縁遠かった「リレー」。まさかこのような形でバトンに触れることができるなんて思ってもみませんでした。大げさではなく、震えるほど嬉しかったです。


そんな素敵な舞台に引き上げてくださったのはsiv@xxxxさん
いただいたお題は「空が青いのはなぜ?」です。

sivさん(と呼ばせていただきます)は、私がnoteを始めた頃から繋がってくれている憧れの方です。noteおすすめ記事に何度もピックアップされている実力派なのでご存知の方も多いはず。私がコメントするなんてとても大それたことなのですが、この場をお借りして好きな作品をいくつか紹介させていただきます。

さよならがへたなひとでした」はおそらく、初めてスキを押させてもらった作品だったと思います。この方の書くものをもっと読みたい、そう強く思った出会いでした。

そしてこちらは、大人の女性の切なさを更に感じるもの


全く雰囲気の違うこちらもとても好き



sivさんの文章はどんな文体で描く物語の中にも優しさがあって、読み終えた後に心があたたまるのを感じます。涙の出るもの、クスッと笑えるもの、深く考えさせられるもの、どの作品もとても丁寧です。お会いしたことはないのですが、きっとお人柄なのだろうと思います。今回、過去記事を再度 拝見したところ、いただいたお題と同じ「空の青」をテーマにした作品を見つけました。自分の書いたものとは全く違うそれは…ため息が出るほど素敵でした。

出会う前の作品で未読のものもまだたくさん。これから少しずつ読ませていただこうと思います。
sivさん、大事なバトンを本当にありがとうございました。


そして次にバトンをお渡しするのは桃子さんです。

えっ?と思った方が多いのではないでしょうか。そうなんです。桃子さんはちょうど投稿を控えていらっしゃるタイミングでした。多くの方が復帰を望みつつ、でもそっと待つという大人の対応をされる中、無謀にも私はリレー参加のお願いをしました。時々飛び出す自分にも予測できない謎の行動力…

そんな不躾なお願いを桃子さんは快く引き受けてくださいました。

私にとって桃子さんは特別な方です。1年ほど前、noteの街でうつむきながら書いた初めての記事、最初にスキを押してくれたのが桃子さんでした。同時にフォローまでしてくれた優しさに、嬉しくて、ホッとして、涙が出たあの日のことはずっと忘れません。おかげで前を向くことができました。

たった1年、短い期間ではありますが、出会った作品の中から好きなものを3つここに置かせていただきます。一度下書きに戻されたことでスキの数が正しく表示されていないようですが、どれも多くの方の心に残っている作品ではないかと思います。


どうしても、もう一度読みたかった物語


ブレることのない決意の言葉たち


激しく、切なく、美しい…


桃子さんの文章は、描くものによってそのトーンがガラッと変わるのも魅力です。でも、どの作品も桃子さんだなぁと思う。芯の通った女性が浮かび上がってくるようで目が離せません。次はどんな作品が飛び出すんだろう、そのワクワクをまた味わえるのかと思うと本当に楽しみです。

バトンを受け取っていただきありがとうございました。

今回お願いしたいお題は「もう一度」です。
読ませていただける日を楽しみにお待ちしています。


最後になりましたが、企画を立ち上げてくださったsaku さん、
貴重な経験をさせていただき、ありがとうございました。
素敵な企画がますます盛り上がりますように。


2021.1.15 suzuco


※ひとつ前の記事(子供の頃のsivさんが出てきます♪)





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